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橙色の旗、風の夢〜親友の脚を守ったら、歴史が塗り変わりそうになってます〜  作者: summer_afternoon


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17/66

西安の藩王を降伏させましょう


 歩きながら、碧は考えていた。


 西安の兵士の数、動員可能な農民の数、別の地域から鎮圧に来る官軍の規模。


 脱獄仲間の1人が連れてきた47人は確かにすごい数に違いない。しかし、西安を陥落するとなると城壁を囲むことになるだろう。高い城壁の上には兵士が弓や銃を構える。大砲もある。西安の兵は約1万人以上と言われている。例えば10人の男達がそれぞれ50人くらいを引っ張ってきても、500人にしかならないのだ。戦のプロの1万人V.S.素人500人。結果は火を見るより明らかである。


 ──ムリゲー。ホントに1万人もいるっけ?


 碧は、かつて茉莉に会いに訪れていた駐屯地を思い浮かべた。茉莉がいたのは西安の駐屯地でも1番大きな兵営だった。それでも800人ほど。どう考えても全ての駐屯地を合わせても1万人になどならない。そして、軍戸という制度を思い出す。老師が言っていた。軍戸は農民なのだ。普段は畑を耕し、戦になれば槍を持つ。その役目は親から子へ受け継がれる。


 ──そっか。軍戸の兵士も合わせて1万人。


 そこで、碧は治世の言葉を思い出す。


『兵士も役人も、本当に大きな反乱になったら、自分ら側』


 もう1つ、重要な言葉があった。


『兵糧の米を作るのも、武器を作る職人も、オレら側』


 碧は可能性を考え始める。それは勝つ可能性だけではない。最も恐るべきは、制圧部隊。関寧鉄騎のようなチートが来たら、戦のド素人集団は殲滅されてしまう。援軍が来る前に陥落させなければならない。


 駐屯地では、兵士の士気が落ちている。滞る俸給。軍戸の重責。貧困へ陥る負担。彼らは世襲の軍戸制度に疲れ切っている。それでも戦になれば、城壁の上に立たなければならない。


 ──どうすれば戦わずに済む?


 ◇


 山道を登るにつれ、豚肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。更に炊き立ての米の甘い香りが混じる。薬と食べ物、紙と筆を携えた碧は、思わず足を速めた。


「こんにちは」


 豚肉に香辛料を振りかけながら、碧に明るく挨拶してきたのは、健康そうな笑顔の18歳くらいの女性だった。


「こんにちは」


 彼女は人懐っこく笑った。小汚い男の集団と思っていたので、碧は少し面食らった。


「王梅蘭です。李碧さんだよね? 迷昏香を作ってくれた子。治世を助けてくれてありがとう」


 ──ライバル? 恋のライバルなの?


 美味しそうに豚肉を焼き、米を炊く女子力に心の中をざわつかせていると、昨日、47人を連れてきた男がやってきた。


「ハニー。李碧さんはすげーんだぜ。医師の卵なんだ」


 と肩を抱く。


「すごーい。ね、ダーリン、野菜スープはできた?」


 などと会話を続けている。


 ──違った。よかった。可愛くて女子力高い子になんて絶対勝てない。


「碧」

「わん!」


 木の枝を小脇に抱え、治世が現れた。昨日までの刑で体力を消耗しているのか、斜面に生えた低木に捕まりながら山を登ってくる。頭には、あの橙色の巾を被っていた。


「治世。え、蘭蘭(ランラン)まで」


 治世の傍では、狼の蘭が嬉しそうに尻尾を振っている。


「こいつさ、オレのこと探してたみたい。駅卒んとき、この山超えてたから、この辺うろついてたんだろーな」

「わん」

「すっごいお利口なんだね。蘭蘭」

「わん」

「さっき、滝壺で遊んで怒られたばっかなんだよな」


 蘭は、耳を垂らし尻尾を揺らすのを止めた。


 滝壺はアジトの貴重な水源。


「あははは。お利口だね。なに喋ってるんか分かるんだ」

「くーん」


 再びゆっくりと尻尾が揺れ始める。

 

「碧、本当にありがとう」

「ううん。自分が助けたかったの」

「すっげぇ感謝してる」


 その言葉に、碧は胸が熱くなる。


「治世」

「ん?」

「その布、使ってくれてたんだね」

「お守りかな。オレの。事事如意(じじにょい)」


 その言葉は、碧が治世に布を渡すときに込めた「全て思い通りに行く」という願いだった。


 

 1番広い、老人の小屋に集い、食事が始まる。小さなテーブルを2つくっつけ、イスはそれぞれが持ち寄った木箱や切り株。座高は様々で、治世など、首から上がかろうじてテーブルの上に見える程度。


 話題は現在の農民の現状を打破すること。そこで碧は大胆な提案をした。


「西安の藩王を降伏させましょう」


 その場が一瞬静まりかえった。しばらくして、口々に、バカなことだと零す。


「娘娘(にゃんにゃん)何言ってんだよ」

「どこの穀物庫を襲おうかって考えてるのにさ」

「治世もたいがい大きなこと言うけど、それ以上だぜ」

「降伏? いやいやいや」


 しかし碧は真剣そのものだった。紙を出し、テーブルの上に置く。そして長方形を描き、「西安」とその中に書く。


「西安は城壁に囲まれています。高さ12m幅14m。入り口部分の城壁は二重。城門の扉は三重。外側には堀。外からの攻撃では勝てません」


 そこまで言うと、皆は具体的な数字に、息を呑んだ。


「まず、囲みます。矢と銃の飛距離の圏外でです。向こうは城門を閉めるでしょう。それが狙いです。西安の人々は、朝市で食料を調達します。それは、みなさんが作った作物を朝市に売りにくるからです。城門を閉まれば飢えます。兵糧攻めです。ただ」


「ただ?」と誰かが先を促す。


「富裕層や藩王の倉庫には穀物があるでしょう。それを出されたら、戦が長引いてしまいます。それと、伝書鳩でどこかへ報告され、軍が来る可能性があります。だからその前に終わらせなければなりません」


 そこで治世が質問する。


「最初に、西安は難攻不落で攻めることは無理って言ったじゃん」


 碧は紙の上に数字を書いた。「一万人」


「西安の軍は全体で1万人以上です。でもこれは、軍戸の兵を含めた数字。実際、西安の城壁内に常駐している兵は、4000人ほどでしょう」


 紙に描かれた長方形、「西安」の文字の下に「四千人」と書く。


「城門を閉めれば、軍戸は召集できません。残り6000人は普段田畑を耕している人達です。仮に、軍戸がこちら側についてくれたら、6000人はこちらの兵力です」


 そこまで説明し、碧は紙に六千と書く。


「「すげっ」」

「「マジか」」


 聞いている男達が驚く。


「でもオレら、字ぃ読めん」


 碧は筆を置いた。文字などなくても皆は理解した。


「4000と6000じゃ、6000の方が多い」

「それに軍戸以外も加わるんだろ?」

「ヤバい。オレらの方がすげぇ」


 碧は説明を続ける。


「6000人全員が味方になるのは、さすがに無理でしょう。仮に0だったとしても、城壁の中は1万人ではなく4000人。ただ、あちら側は訓練を受けていますし、武器が揃っています」


 皆は碧の次の言葉を待つ。もう、箸を動かしている者は誰もいない。


「中から崩すんです。西安を守る兵士達を味方にできれば……」

「あいつらは、もともと味方や」

「そーや。オレとこの隣は軍戸で、幼馴染は西安にいる」

「かわいそうに。タダ働きなんやろ?」

「しゃーない。国に金がない」

「飯だけは出るってさ」

「まあ、心は国から離れとるだろーが。命令されたら、攻撃するしかないって」

「城壁の上の武器が、みんな中に向いたら、びっくりだがな」


 どこかから声が上がる。


「それをさせるんだろ?」


 発言を促され、碧は提案する。


「西安を、兵役や税に苦しまない社会に変えたいとみんなに広めるんです」

「「「「はああああ?!」」」」

「「まず、どうしたら味方になりたいと思えるのか考えましょう。朝廷から離れている心を、がっつり掴むことを」


 ざわざわと「できるのか?」とか「敵は4000人」と声が聞こえてくる。やがて、ぽつりと誰かが言った。


「オレ、役人に取られた田んぼと畑、取り返したい」


 それを皮切りにに次々と意見が出る。


「今年みてぇに日照りで大変でも税が取られるのは、困る」

「そーだそーだ。労役やってるヤツが言ってた。税払っとるのに、俸給が出んって」

「おかしい! 働いて、税納めて、労役や兵役までして、どーして俸給がない」

「それが国や」


 諦めたようにぼそりと呟く声がした。その言葉に、皆が項垂れ静まり返る。


 ガタリ 


 そのとき、治世が切り株から立ち上がった。


「新しい国にしよう」


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