現代では「裏切り者」の呉三魁
何日もかけて荷物を運び、部隊は北方の駐屯地に到着する。そこで呉三魁は、駐屯地の将軍から父である呉将軍への文を託された。
「こちらは友人としての文なのだ。父上にお渡し願いたい」
「はっ。畏まりました」
「はっはっは。頼んだぞ。他にもいろいろと書類を持って行ってくれ。其方達が1番早い」
部隊こそが、最も早いホットラインである。結局、呉三魁は茉莉への文を懐に入れたまま、先輩と同時に西安駐屯地へ帰った。
──勝負だ。どちらが先に九天玄女に辿り着くか。
しかし、まだまだ下っぱの呉三魁には、しなければならない雑事が多い。馬を厩へ届け、報告書、伝票、書類の配布、父親へ託された手紙。その間に、先輩達は風呂に入っていた。
「唐茉莉殿、出発のときはありがとうございました」
呉三魁は先輩より先に声をかけることができ、ほっとする。
「あ、いえ」
と、そのとき。石鹸のいい香りをさせ、旅で薄汚れた服など着替え、これから街へ繰り出すかのように洒落た服に身を包んだ先輩が、颯爽と登場。呉三魁はぎょっとした。先輩にではない。自分の風呂に入っていない臭いとよれよれの服装にである。
「茉莉さん。君、逸材だよ。美しい、俊足、弓も銃も百発百中。オレの心臓もずばーん!」
尊敬していた先輩のナンパな姿に、呉三魁はドン引き。呆気にとられる。気になる茉莉の反応に目をやると、、、
「あははは」
笑っているではないか。
──これが正解なのか?!
呉三魁は驚く。
先輩は更に続ける。
「出発のときは鑑札を届けてくれて、本当にありがとう。でさ、真剣に関寧鉄騎やってみない?って誘ったら、困る? 嬉しい? まず、本人の気持ちを聞いてから、上に話そうと思ってさ。女の将軍だっている。まあ、大抵は武官の家の出だけど。君の腕を埋もれさせるのはもったいない。あ、そうそう。君も知ってるとおり、関寧鉄騎に合格したら、肉、余分に食えるよ」
関寧鉄騎は体を維持するため、一般兵とは別に、食事に魚や肉がつく。
「先輩、何をおっしゃるのですか。彼女は、」
呉三魁は「彼女は私と結婚するのです」と言いそうになり、思わずそこで止まった。心に決めているのは自分だけなのだから、止まってよかったと安堵する。
「やります!」
「えっ?」
が、安堵している場合ではない。
「決ーまり。じゃ、オレ、上に……」
「先輩、待ってください。伝えなければならないことがあります!」
「何だよ?」
「関寧鉄騎は、いずれは北方の最前線に戻ります。救援物資どころか、兵糧も届かないこともあるでしょう。それに、北の国境は寒い。それから、西安の家族や友達と会えなくなります」
呉三魁は茉莉に真剣な目を向ける。
「私、西安の外を見てみたいって思ってたんです」
──外を見るだけなら自分が連れて行く。だから、命を危険に晒すことはやめて。
呉三魁は祈るような気持ちだった。
しかし、茉莉は姿勢を正し、拱手した。拱手は相手に敬意を表す、改まった挨拶である。
「お願いします」
それを見て、先輩は大きく頷き、呉将軍のもとへ向かう。呉三魁は並んで歩く。
「若、ついて来なくていいです」
「行きます」
「軍の話をするので」
「父のところへ行くだけです」
結局、呉三魁は部屋の外へ追い出された。追い出された彼は、茉莉のところへ走った。夕食の片付けをしていたので、一緒に器を洗う。周りのおばちゃん達は「がんばれ!」と心の中で応援していた。
「どうしたのですか?」
「さっきの話のことです」
話しながらも、器は次々と洗われ、拭かれていく。
「勧誘のことですね」
「西安を離れてもいいんですか?」
「寂しさよりも、好奇心の方が勝ります」
「貴方は戦を分かってない。死ぬかもしれないんですよ」
「そうですね。でもそれは、呉さんもですよ?」
「私は、武官の家の長男で、この道しかないんです」
「本当は戦が嫌なのですか?」
「それはありません。ただ、女性は守られるべきだと思っています。そのために我々は戦うんです」
一丁前なセリフだが、彼の初陣は小さな暴徒の鎮圧で、実際には殺傷沙汰すらなかった。
「女って、厄介ですね。男に負担をかけて」
「そんな意味ではありません」
2人で行ったため、すっかり器は片付いた。大鍋まで綺麗に棚に戻されている。
「それは分かっています。私は、広い世界に憧れるんです。小さなころ、纒足をされそうになりました。それは、家の中からほぼ出ないということです。なんとか免れました。家が傾きました。布荘の娘のままだったら、駐屯地での生活など味わえませんでした。もしも輜重兵でなく、兵士になれたら、もっと違う経験ができます」
「戦は殺し合いです。鳩じゃないんですよ」
言ってしまってから、呉三魁は自身の言葉がキツイと思った。
「そうですね。それによって、もっと多くの人が生かされます」
茉莉の眼には迷いがなかった。戦の悲惨さを理解した上での覚悟がある。
真っ直ぐに自分を射る視線から、呉三魁は目をそらすことができない。唾を飲み、ぐっと拳を握りしめる。
「……。もしも、話が通って、関寧鉄騎の入隊試験を受けるなら、練習に付き合います」
「お願いします」
踵を返したとき、呉三魁の目には涙が浮かんでいた。
守ってやるべき少女など、最初からいなかった。実際は自分の方が、戦の意味も、大盟帝国の現実も分かっていないのかもしれないと彼は思った。
自分はこの人の何を見て浮かれていたのだろうか、と浅はかだった自分を恥じた。失恋したわけれはないのに、それより深い痛みを味わう呉三魁だった。
◇
「はあああ?! 関寧鉄騎?」
歴史の試験にも出たことのある超有名部隊に女子が入隊した。当然、碧は驚いた。
その後、更なる驚きがあった。
「そ。で、友達。呉三魁」
「はじめまして」
それは、いつか街で見かけた、神ビジュアルのイケメン。
──呉三魁ですって?!
碧が驚いた理由はビジュアルではない。現代において、その名は歴史に残る名将である。陳円円との運命の恋は、戯曲、ドラマ、映画などで超有名。だが、ネットでは「女のために敵に寝返った裏切り者」と叩かれている人物。
その有名な恋の内容を紹介しよう。
大盟帝国が反乱軍の李治世に滅ぼされた際、国境を守る名将、呉三魁は、李治世に降伏するつもりでいた。しかし王都にいた愛妾、陳円円が反乱軍に略奪されたと知るやブチ切れ。速攻で引き返して国境の山海関を開け、宿敵の北方民族を招き入れて李治世軍をぶっ潰した。結果、北方民族による水青帝国が誕生する。
この話は、水青帝国時代に戯曲として創られたのが最初なので、北方民族の味方をした呉三魁は「主君の仇をとったロマンス英雄」という目線になっている。しかし現代では、呉三魁は「裏切り者」として悪名高い。自分の民族を裏切り、宿敵の北方民族と手を組んだのである。そこまでして取り戻したかったのが、妻ではなく愛妾という点も、一夫一婦制の現代で、乙女心を逆撫でしている。
とにかく碧には、目の前の美丈夫が、李治世の敵、民族の敵、女の敵に見えてしまった。「外見パーフェクトでも人として終わってんな」という辛辣な評価を下していた。もちろん、内心など悟られぬよう、笑顔で、
「いつも茉莉がお世話になっております」
と挨拶する。しかし、呉三魁が退席すると、碧は茉莉の肩に腕を回し、小さな声で忠告。
「あの人、気をつけて」
茉莉はきょとんとしている。
「なんで?」
「うーんと。えっと。ね、莉莉、なんか覚えてることってないの? ほら、歴史とか」
「突然何」
「だよね」
歴史に茉莉の名は残っていない。気にする必要はないのだろうか。
「でね、しばらくしたら、呉将軍と一緒に西安駐屯地から別んとこに行くと思う」
「ええええ。それ、やだよ。どーして」
「ごめん」
応援するべきと分かっていても、正直な気持ちが出てしまう。碧は反省して言い直した。
「私こそ、ごめん。莉莉が決めたんだもんね。頑張って。関寧鉄騎に入るって、すっごいすっごいことだよね。おめでとう」




