できる限りの約束
ともかく私が十五歳、ルディが十四歳になっても一緒に寝ているのは、流石に距離が近すぎる。
けれどそんな日々も、もうすぐ終わるはずだ。
なぜなら私を含む上流階級の子たちは、勉強と人脈作りを兼ねて王立学園に通うので。
王立学園は王都にあるので私は三年間、故郷を離れて学園の寮に入る。
春夏冬の長期休暇には家に戻るけど、ルディとはほとんど会わなくなるだろう。
不可解な交流に困惑しているだけで、ルディのことはむしろ可愛くて仕方ないので、離れるのは寂しい。
でもこの年頃の姉弟に相応しい距離感を取り直すにはいい機会だ。
と思っていたのだけど、ここでも彼はまさかの反応をする。
「僕も姉上と王立学園に行きます」
まるで幼児が『僕もお姉ちゃんと小学校に行く』みたいなことを真顔で言い出す義弟に、私は遠慮がちに注意する。
「ル、ルディ。王立学園に行くのはもちろんいいけど、あなたの入学は私の翌年よ?」
けれど、ルディは闇雲にワガママを言っているわけではなかった。
「王立学園に入るのは十六歳になる年からというのは、目安であって絶対じゃありません。十分な学力と体力があれば、それ以下の年齢でも入れるそうです」
彼の言うとおり、家の事情や本人の意向で飛び級する子も稀にいるそうだ。
実際に原作ではデボラのワガママで、ルディオンは彼女と一緒に入学した。
「それはそうだけど……一年早く入学すれば、その分卒業も早くなるわ。お父様は恐らく卒業したら家を出ろと言うでしょうし、先を急ぐのはあなたに不利じゃない?」
ところが心配する私を、彼はジト目で疑う。
「そうやって理由を付けて、僕を置き去りにしたいんですか?」
「ただ学校に行くだけよ!? 長期休暇には戻って来るし、今までと何も変わらないわ!」
正直強引にでも距離を取ったほうがいいんじゃないかと思っているので、つい声を荒げてしまう。
「長期休暇しか戻らないのに、今までと何も変わらないはずがありません」
ルディは冷静に私を論破すると、怖い顔でこう続ける。
「それに学園はただ勉学に励むだけでなく、将来の伴侶を見つける社交場でもあると聞きました。もしくは結婚して身を固める前に、火遊びを楽しむ場所だと。姉上も僕の目を盗んで男を漁りに行く気でしょう?」
「普通に勉強のためよ!? いったいどんな噂を聞いたの!?」
勢いで否定したけど、原作には確かに王立学園について『学び舎であると同時に貴族の社交場でもある』と書いてあった。
普通に友人や同志を作る他、ルディの言うとおり、将来の伴侶やその場限りの恋人を見つける場でもあると。
それでも大半の生徒は家名に恥じぬよう、真面目に通っているはずだし、私もそうするつもりだ。
でもルディはなんだか暗い目で、ますます私への疑惑を深めていく。
「子どもの頃あれだけ男好きだった姉上が、年頃になって浮つかないはずがない。学園には裕福な者だけじゃなく、平民や名ばかりの貴族も混ざっているそうだから、きっと金に物を言わせて男を侍らせるんだ」
どこからそんな発想が湧いたの? あなたには私がどう見えているの?
色々と言いたいことはあるけど、原作のデボラは絵に描いたような色狂いに成長し、ルディ以外の男子にも手を出していたらしい。
私自身は前世から筋金入りの恋愛逃げ腰人間だけど、この体はデボラのものだから彼女のイメージが強いのかな?
だとしても男好きだと誤解され続けるのは切ないし、彼も不安になるようなので、なんとか誤解を解こうとする。
「ゴメンね。確かにあなたの苦境に付け込んだ前科はあるけど、もうそういうことはしないから。現にあなたともこの二年間ずっと一緒に寝ていたけど、一度も変なことはしなかったでしょう?」
むしろルディのほうが私の体(主にそばかすと歯並び)を弄んできた。
しかしどうにか言い聞かせようとする私に、ルディはどこか寒気のするような微笑みで返す。
「……僕にはもう飽きただけじゃないですか? だからたまに頭を撫でたり背に触れたりするだけで、キスもしなくなったんじゃないですか?」
「飽きたんじゃなくて私はただ、あなたのいい姉になりたいだけなのよ……?」
逆にキスされたいんかと思いながら諭すと、彼はさっさと話を戻す。
「だったら学園でも、僕のいい姉であるところを見せてください。決して公爵家の富と権力を使って、他の男たちを侍らせたりしないと」
「わ、分かったわ。ルディがそうして欲しいなら」
考えてみれば、ルディを屋敷に残していくのも心配だ。私がいるからイジメられないけど、お父様は彼を疎んでいる。
私がいなくなれば一部の使用人は当主の意を汲んで、ルディを冷遇する可能性もある。
ちょっと過保護な気もするけど、一緒に学園に行くのが私にとっても安心かもしれない。
納得した矢先、ルディは唐突に真顔でねだる。
「それとキスしてください」
「なんで!?」
進路とは全く無関係の要求に、つい強めにツッコむ。
けれどルディは当然のように説明する。
「いい姉なら弟を優しく抱き締めたりキスしたりするはずです。少なくともいい姉だった頃のあの人はしてくれました」
「……お姉さんが恋しい?」
ルディはお姉さん恋しさから、私に変な絡み方をするのだろうか?
「あんな人、もう顔も見たくない。向こうだって二度と僕に会う気は無いでしょうけど」
そんなことない。お姉さんはいつかあなたを迎えに来る。でも疑い深いルディに言ったところで今は信じられないだろう。
だから私は慰めの代わりに、彼の頬に口づけて優しく抱き寄せる。
「愛しているわ、ルディ。あなたが幸せになるまで、私が傍にいるわ」
本当のお姉さんが迎えに来るまで、今は私がこの子を愛し護ろう。
そんな意図で口にした誓いに、彼はまた思いがけない返事をする。
「だったら、それは一生ですね」
「えっ?」
反射的にルディを見ると、彼は宝石のような瞳をうっとりと蕩けさせて繰り返す。
「僕は姉上のせいで一生幸せにはなれませんから。あなたは死ぬまで僕といないといけませんね」
自分を不幸にした相手を、なぜ永遠に縛り付けようとするのだろう?
私は不可解に思いながらも、
「……うん。まぁ、その時はうん……あなたがいいと言うまで傍にいるわ……」
やや遠い目で、できる限りの約束をした。




