デボラの容姿について
この世界で目覚めてから一年。デボラとしての生活にもすっかり慣れた。
デボラが私になったことで、使用人さんたちは『いつお嬢様が癇癪を起こすか?』というハラハラから解放されたらしく、屋敷の空気は平和だ。
ただルディとの距離感だけは、未だに掴みかねている。
例えば今日も、こんなことがあった。
「どうしたの? そんなにジッと見て。私の顔に何かついている?」
猫のように感情の読めない顔でジッと見つめてくるルディに尋ねると、彼は「いえ」と切り出す。
「この一年で言動どころか見た目まで、すっかり別人になったなと」
「そ、そう? そんなに変わったかしら?」
頬に手を当てて問う私に、ルディはこう続ける。
「化け物みたいなメイクとけばけばしい衣装をやめただけでもだいぶ別人でしたけど、今は髪や肌も綺麗になって痩せましたから」
さんざんな言われようだけど、以前のデボラは事実そのとおりの少女だった。
自分は醜いと思うあまり、それを隠そうと過度に飾り立てていた。加えてストレスによる過食と偏食でブクブクに太り、髪も顔も脂ぎっていた。
それに比べれば今は荒れやすい肌に負担をかけないノーメイクに、良家のお嬢様らしい清楚かつ上品な服装。
前世の知識を生かしてバランスのいい食事に適度な運動と睡眠を心がけているので、肌や髪は健やかに整い、適正体重になっていた。
むしろ火属性のデボラは脂肪を燃焼しやすいようで前世よりも痩せやすく、ダイエットが楽しかった。
胸のボリュームは残しつつ、引き締めたいところだけ引き締められて密かに嬉しい。
「あ、ありがとう。痩せたと言っても、ようやく肥満じゃなくなった程度だけど、自分なりに気を付けていたから嬉しいわ」
使用人さんたちも「痩せてスッキリなさいましたね」と言ってくれるが、辛口のルディに褒めてもらえると達成感がある。
しかし喜んだのも束の間、ルディはジト目で釘を刺す。
「……でも普通に近づいただけで美人になったわけじゃないですから。もし姉上に綺麗だとか可愛いとか言ってくる男がいても、それは詐欺ですから気を付けてください」
「だ、大丈夫。そもそも私に綺麗とか可愛いなんて言う人はいないわ。あなたの言うとおり少しはマシになっただけで、私の容姿はだいぶマズいし」
本来のデボラと比べれば格段に良くなったが、もとが醜悪令嬢として設計された体だ。ちょっと痩せたくらいで綺麗にはなれないし、メイクで誤魔化そうとすれば余計に肌荒れして醜くなってしまう。
それでも前世よりスタイルだけはよくなれそうなのだ。ボディメイクだけを楽しみに、そばかすや歯並びについては諦めようと思っていた。
「は? あなたの容姿のどこがマズいんですか?」
自分でブスだと言っておきながら、なぜかキレるルディに怯みつつ、
「だってそばかすはあるし、歯並びはガタガタだし。その割に髪や目の色は派手でアンバランスだなって……」
手で口元を隠しながら外見の不具合を並べると、ルディは珍しく好奇心に目を輝かせる。
「歯並びガタガタなんですか? 見せてください」
「な、なんで? 嫌よ」
変なことに興味を持つルディを、なんとか拒もうとしたものの僅か三分後。
「うぅ……」
私は歯医者さんみたいに、義弟に向かって口を開けさせられた。ルディは珍しそうに私の口内に見入りながら感想を述べる。
「本当にガタガタだ。知らなかった」
「酷い……」
顔を背けるだけじゃ足りなくて、手で口元を押さえながらプルプルと震える。
ルディは私から身を離すと真顔で言う。
「姉上が気にするほど人の歯並びなんて印象に残りません。そもそも貴族は歯が見えるほど大笑いするなと教えられますし」
「それはそうだけど……」
微笑程度の笑い方でも上の歯くらいは見えるものだ。すきっ歯ではないが、大きかったり小さかったり、前に出っ張っていたり、後ろに引っ込んでいたり、いわゆる乱杭歯なのが恥ずかしかった。
絶対に人前では大口を開けないようにしなきゃと改めて決意する私に、ルディはなぜか嬉しそうに笑う。
「だから僕だけですね。姉上のガタガタの歯並びを見られるのは」
「ルディもダメよ!? 二度と見せないから!」
しゅばっと飛び退きながら拒否すると、彼は目を丸くした。
「姉上が嫌がるなんて珍しい。他に気になっているところは無いんですか?」
「どうして?」
キョトンとする私に、ルディはまたも興味津々の顔で迫る。
「姉上の恥ずかしいところ、もっと見たいです」
「なんで……? やめて、そんな嫌がらせ……」
たじたじになりながら拒否するも、その日の夜――
「よく見たらそばかす、顔だけじゃなく肩や胸元にまでありますね」
橙色のランプの明かりを頼りに、白いネグリジェから覗く私の肩を見ながらルディが呟く。
私は隣で横になるルディに背を向けたまま懇願する。
「ルディ、お願い……。恥ずかしいから、そんなに見ないで……?」
「恥ずかしいから姉上は、いつも襟のある服を着ているんですか? 体のそばかすは見えないように?」
「それもあるし、日に当たると濃くなるらしいから」
ただ夜だけは首の詰まった服だと寝苦しいので、首周りの開いたネグリジェを着ていた。
ルディは私の肩のそばかすに触れながら、嬉しそうに口にする。
「じゃあ、肩と胸元のそばかすを見られるのも僕だけですね」
「ル、ルディ?」
肩に触れた唇に驚いて振り向くと、彼は初めて見る楽しそうな顔で命じる。
「ここと口の中は僕以外に見せちゃダメです。姉上の恥ずかしいところ、見ていいのは僕だけなので」
ルディはすっかり私の欠点を気に入ったようで、その後も――
「ル、ルディ……。なんで、そばかすにキスするの……?」
夜、首周りが開いたネグリジェを着ていると、そばかすの浮いた肌を撫でられたり口づけられたりして戸惑う。
「姉上のそばかす、僕には無いので気になります。ガタガタの歯も触りたくなる」
「ん~……」
口にまで指を突っ込まれて不揃いの歯列をなぞられる。ここは歯医者さんなの?
そばかす弄り防止に襟のあるパジャマを着たこともあった。
しかし私の意図を察したルディは、一瞬不機嫌な顔をすると無言で、
「ルディ~!? それは流石にいけないと思うわ!」
迷いなくパジャマのボタンを外されて焦る。しかし彼は肩と胸元が見えるように、グイグイと服をずらす。
「姉上がそばかすを隠すほうが悪いです」
「人が嫌がることをしちゃダメよ」
そう叱ったこともあるのだが、彼はピクッと顔を歪めると、不穏な声で問い返す。
「姉上がそれを言うんですか?」
デボラは彼にもっと酷いことをした。そのデボラが今は私なのである。
よって私には、被害者であるルディを叱る権利が無かった。
けっきょく謎にそばかすを弄られ、ガタガタの歯列を指で確かめられる日々が続いた。
「ル、ルディ、口の中は……。歯並びの悪さを確認されるのは本当に恥ずかしいから……」
控えめに拒否するも、義弟は真っすぐな目で言い切る。
「でも姉上の色んなところを触りたいです」
あれからさらに時は過ぎて、今のルディは十四歳、異性の体に興味を持つ年頃だ。それにしても不美人な義姉のそばかすと歯並びに熱中するのは、あまりにもマニアックだ。
前に本人が言っていたように、自分には無い部分なので気になるのかもしれないけど。
そばかすどころか毛穴一つ無いツルツル陶器肌と、真珠のような白い歯が整然と並ぶルディが羨ましい……。




