加害者と被害者の不可解な交流
『迂闊に触ると怪我するぜ』なルディオンなので、私から話しかけることはあまりない。
しかし意外にも彼のほうから寄って来ては、真顔で唐突な提案をする。
「あなたは僕のために、もっと苦労すべきです」
自分にあんな酷いことをしたデボラが、特に裁かれずに生きていると辛いのかな?
「苦労って具体的に何をすればいいの? 一晩外に出ていようか? それともあなたがいいと言うまで食事を抜く?」
ちょっと手緩いかなと思いつつ、自分から苦行の例を出す私に、
「そういう体罰ではなく」
ルディオンは呆れ顔で否定すると、改めて自分の要求を伝えた。
「ご飯を作って欲しい?」
意外な頼みにキョトンとする私に、彼はコクンと頷いて続ける。
「後は剣や体術の稽古で怪我した時に手当てしたり、ボタンが取れたら付けたり」
「お母さんみたいにってこと?」
貴族の母親のイメージではないけど、こちらの世界にも絵本や児童書がある。そういう本の中の母親像は元の世界と同じ。子どものために手ずからあれこれしてくれる人だ。
ところがルディオンは、
「は? 自惚れないでください。普通はメイドがやることを公爵令嬢であるあなたにさせるという嫌がらせです」
私の手を煩わせたいだけだと頑なに主張した。
「別にいいけど。むしろあなたが嫌じゃないなら、いくらでもお世話したいわ」
ただ現代と違って、ここでは料理や裁縫は完全にメイドさんの仕事。ボタン付けや手当てくらいならコッソリできるが、貴族の娘が毎日厨房に立つなんて許されない。
「趣味としてやってみたい」と使用人さんたちを説得して、ようやくたまに作らせてもらえた。
実は前世の私は高校を卒業してから二十三歳で亡くなるまで、祖父母の経営する大衆食堂で働いていた。それ以前にも家の手伝いで、料理はよくしていたので好きだし得意だ。この世界の調理場や調味料は慣れないけど、それなりの料理を作れた。
この世界にあるもので作れて、子どもが好きそうなものと考えて出した料理はこれだった。
「どうかしら? オムライス、口に合う?」
トマトソースと細かく刻んだ野菜で作ったホカホカのチキンライスに、バター薫る半熟とろとろ卵。この国は西洋風の文化で基本はパンやパスタだけど、リゾットやピラフのような料理もあるので、お米も手に入るから助かった。
パスタもいいけど小麦があるなら、そのうち手打ちうどんにもチャレンジしたいな。
ルディオンのおかげで今後の楽しみが増える私の前で、彼はオムライスを食べながら一言。
「……まぁ、意外と悪くありません」
言葉とは裏腹に、ルディオンは食べる手が止まらないようだ。
もしかしたら作らせるだけ作らせて、
『あなたの手料理なんて食べられるはずがないでしょう?』
と目の前で捨てられる昼ドラ展開もあるかと思ったから、普通に食べてもらえて良かった。
それにしても子どもが美味しそうに、ご飯を食べている姿って可愛い。もっと美味しくて栄養のあるものを、いっぱい食べさせてあげたいな。
そんな調子で週に二度ほどルディオンに手料理を振る舞うようになった。
彼は基本的に無愛想で感情が読みづらいけど、私の料理はどうやら気に入ってくれたようだ。
ところが普通なら愛情料理で距離が縮まりそうなところ。
「これからはルディオンと呼ばないでください」
「ど、どうして急に?」
「あなたに名前を呼ばれたくないので」
なぜか逆に距離ができた。ルディオンの反応はつくづく予想外だ。
こっちは日増しに彼が可愛くなっていくので、名前を呼ぶなという強めの拒否にダメージを受ける。けれど嫌だと言うなら相手に合わせるべきだろう。
「そ、そう。じゃあ、これからなんて呼べばいい?」
要望を聞くと、彼は小声でこう答えた。
「……ルディで」
「ル、ルディ? それは愛称じゃない? むしろ馴れ馴れしくなってない?」
こちらの世界での愛称は親しい友人くらいでは使わない。愛称で呼ぶこと自体に『愛しいあなた』のニュアンスがあるからだ。
だから愛称で呼ぶとしたら家族や恋人や伴侶。ただし愛称で呼ぶだけで『私のルディ』くらいの勢いはあるので、相当甘々の関係じゃないと呼ばないし呼ばせない。
私はルディオンのことがそのくらい可愛いから構わないけど、色々あったデボラに猫可愛がりされるなんて普通は嫌じゃないかな?
けれどルディオンは無愛想に意図を説明する。
「愛称じゃなくて略称です。あなたに僕の名前を全て発音されたくないんです。ルディならまだ後半は守れますから」
感じ方は人それぞれだけど、嫌いな相手に名前で呼ばれるより愛称のほうがマシなんてことがあるのかな? と少し呆気に取られつつ、
「すごく不思議なこだわりなのね……? じゃあ、ルディって呼ぶわね?」
素直に従うと、ルディはボソッと宣言する。
「……僕はあなたを姉上と呼びます」
「あ、ありがとう。嬉しいわ」
今までずっと『あなた』だったので、初めて姉上と呼ばれて心がほわっと温かくなる。
少しは気を許してくれたのかと思いきや、ルディオンはすぐさま勘違いを正す。
「姉上と呼ぶのは、前のあなたを思い出すから名前で呼びたくないだけです。かと言って他に人がいる場所では固有名詞が無いと不便なので。単なる消去法ですから、許されたと思わないでください」
自惚れに気づいて苦笑するも、やっぱり喜びのほうが勝るので、私は笑顔で感謝する。
「仕方なくでも嬉しいわ。ありがとう、ルディオン」
「ルディ」
「ルディ!」
それからも厳しいのか甘えたなのか分からないルディと不可解な交流を重ねた。




