いちばんの宝物・完【ルディオン視点】
『ずっと大切にして』と望んだくせに、いつしか僕のほうが他のいくつもの大切な想い出に埋もれるように、その約束を忘れていた。
僕がそれを思い出したのは、娘のクレアが生まれてから五年後。反対属性は子を授かりにくいとのことだったが、幸い僕たちはあれから男の子にも恵まれた。
生まれたばかりの子にこんなことを望むのは悪いが、万が一僕が死んだらエミとクレア、女性だけをこの世に残すことになる。そうなればまた公爵の座目当てに、嘘吐きどもが群がってくるだろう。
だから僕以外に彼女たちを護る男手が増えてよかった。流石に子どものうちは容赦するが、一般的な初等教育がはじまる六歳になったら、あらゆる問題に対処できるように文武と魔法を叩き込もう。
そんなある日のこと。
「ずいぶん楽しそうですね。何を話していたんですか?」
仕事の息抜きにエミの顔を見に行くと、クレアと楽しそうに何か話していた。そのすぐ傍ではまだ一歳の息子が、ベビーベッドでスヤスヤと昼寝をしている。
眠っている弟を起こさないようにか、クレアが弾けるような笑みに反して小声で答える。
「あっ、お父様。今ね、お母様に宝物を見せてもらっていたんです」
「宝物?」
「あなたが毎年、私の誕生日に作ってくれる木彫りのプレゼントよ。『他にどんなものがあるの?』ってクレアに聞かれて見せていたの」
そう言ってエミは木彫りのアクセサリーケースを見せた。そこには僕が、あれから毎年エミに贈った木彫りのアクセサリーが収められている。
僕たちはあの年だけでなく、それ以降もずっと手作りの品を贈り合っていた。エミは手編みの防寒具を、僕は木彫りの装飾品や小物を。
重ねた回数だけ僕たちの腕前は上達し、今では二人ともプロ顔負けだ。
でも木彫りは、どこまでいっても木彫り。生まれながらに高貴な女性が身に着けるには素朴すぎる。
貴族の社交場では流石に使わないが、家では僕への気遣いからか、必ず一つは木彫りのアクセサリーを身に着けてくれることが、かえって申し訳なかった。
だから公爵になって正当な報酬を得るようになった時に、こう申し出た。
「これからは木彫りじゃなくて、ちゃんとしたアクセサリーを贈ります。姉上はどんな宝石やデザインが好きですか?」
ところがやっとマトモな贈り物ができるようになった僕に、彼女は困り顔でこう言った。
「あの、忙しいなら仕方ないんだけど、できればこれまで通り木彫りのアクセサリーをもらえないかしら?」
「どうして? こんな粗末なものより、ちゃんとした宝石のほうがいいでしょう?」
「粗末なんかじゃないわ。これはあなたが一つ一つ心を込めて作ってくれた大切な宝物だもの。どんな宝石より綺麗だし、私にとっては何より価値があるわ」
エミは少しムキになって返したのも束の間、アタフタと言い直した。
「あの、でも忙しくて大変になったならいいの。ルディが楽なほうで」
無欲な彼女は本気で宝石より木彫りがいいらしく、僕が手間を惜しんでやめたがっていると誤解したようだ。
「……別にこんなの大した手間じゃありません。むしろ相手があなたなら大変なほどいいです」
「どういう意味?」
不思議そうに首を傾げるエミに、当時は伝えられなかった。
大変なほどいいのは、そのぶん心が籠もるからで、もっといっぱいの愛情を、あなたに贈りたいからだと。
僕は卑怯で醜い自分が嫌いだから、こんな男に好かれて彼女が喜ぶとはどうしても思えなかった。
僕が過去の償いという口実を取り下げて、ただの男女として純粋に愛し合いたいと願えば、彼女の顔は綻ぶどころか嫌悪に引きつるのではないかと。
そんな恐れに蓋をされたように「好き」や「愛している」とは言えなかった。
だからエミへの贈り物は、やはり大変なほど良かった。口にできないせいで、かえって苦しいくらいに胸の内に溢れた想いを少しは昇華できたから。
そんな僕の贈り物の数々を、娘に見せていたそうだ。クレアがその中の一つを僕に見せる。
「ちなみに、これがお母様のいちばんの宝物だそうです」
「これは……」
驚きに目を見張る僕に、エミが横から告げる。
「あなたが初めて私にくれた木彫り。もう十五年くらい前のことだから、流石に覚えてないかもしれないけど」
他の作品がずいぶんマシになったからこそ、初めて作った木彫りの白百合は古さと拙さが際立っていた。けれど彼女はそれを、いちばんの宝物として取っておいてくれた。
『姉上が忘れた頃にまだ持っているか確認して、紛失していたら「何が一生の宝物だ」と罵ります』
実際は受け取ってもらえただけで満足して、一度も確認などしなかったのに。
『あなたが忘れても、ずっと大切にする』
奇しくも、そう誓った通りに。
その感動に久しぶりに涙が込み上げそうになる。しかし愛する妻子の前で格好悪い姿は見せられないと、なんとか平静を装って言う。
「……いえ、覚えています。あなたに言われるまで、すっかり忘れていましたけど、約束を覚えていてくれたんですね」
ところが僕の発言に、
「約束?」
とエミはキョトンとした。
ああ、そうか。彼女はこれが僕の初めてのプレゼントであることは覚えていても、約束のほうは忘れてしまったのか。
けれど僕はその事実に落胆するどころか、より強く心を打たれた。
それは彼女が『ルディに言われたから』という義理ではなく、僕の贈り物を心から大切に想ってくれていた証拠だから。
彼女はどれだけ深くまで僕を落とせば気が済むのだろう? いっそう苦しいくらいにエミが愛おしくなるのを感じながら、
「……いえ、なんでもありません。大切にしていてくれて嬉しいです」
と子どもたちの前なので、ただ言葉だけで感謝を示した。
すると会話の空白を突いて、クレアがもじもじとねだる。
「お父様の木彫り、すごく素敵だからクレアも欲しいんですけど、お母様は大切なものだから、こんなにあっても一つもくださらないって。だから今度クレアにも何か彫ってください。お母様みたいなお花もいいですけど、クマとかウサギとか可愛いのを」
僕は子どもたちを愛しているし、その要求も微笑ましく感じた。が、それとエミへの特別なプレゼントをあげるかは別だ。
「残念ですが、これはお母様へだけの特別なプレゼントなので。他の誰にもあげられません」
キッパリ断ると、クレアは「ええ~っ!?」と涙目で叫んだ。幸い弟は大声を気にせず、健やかに眠っている。
すぐにエミが慌てたように、娘のフォローに入る。
「ル、ルディ。そんなことを言わないでクレアにも作ってあげて? 私にもあなたにも断られるなんて流石に可哀想よ」
優しい彼女がよく娘のおねだりを拒めたなと思ったら、クレア用の木彫りを僕が作れば済むと考えていたらしい。
ちなみにエミは子どもたちに、それぞれ赤子の頃から毛糸の靴下や帽子を編んでやっていた。それに対し『手編みの品は僕だけの特別の印のはずなのに』などと悪感情を持ったことはない。エミが僕にしてくれたように子どもたちにも愛情を注いでくれるのは、むしろ嬉しい。
しかしエミが子どもたちに手編みや手料理をするのは構わないが、
「お言葉ですが、人には一生にただ一つの特別な愛というものがあって、それはたとえ大切な我が子にでも分け与えられるものではありません」
と僕は断固として拒否する。
エミへの愛情の印である木彫りだけは、全て彼女にのみ捧げたい。それが今まで彼女が僕に与えてくれた温もりに対してできる唯一の返礼だから。
ただエミを愛するあまり、娘を悲しませていいとは思っていない。
だから僕は涙目のクレアを抱き上げて、こんな言葉を贈る。
「その代わりクレアにも、いつかきっとそういう特別な愛情を捧げてくれる人が現れます」
「本当ですか? お父様がお母様を愛するくらい特別に?」
期待に目を輝かせる娘に、僕は「ええ」と微笑んで続ける。
「クレアがお母様のような素敵な女性になれば、僕のように自分の命すら喜んで捧げる狂信者が必ず現れますよ」
「きょーしんしゃ? お父様のように奥さんをいっぱい愛する人は、きょーしんしゃって言うんですか?」
無垢な瞳で問う娘に、エミが青い顔で震えながら訂正を試みる。
「違うわ、クレア。お父様のように奥様想いの一途な男性のことは愛妻家って言うのよ。狂信者じゃないわ」
エミは否定するが、僕が彼女に抱く感情は、愛なんて綺麗すぎる言葉では生ぬるいほど重くて狂おしいものだ。
大袈裟ではなくエミは僕にとって、この世の美しいもの全てで、神よりも慕わしく、決して裏切れないもの。他の全てを奪われたとしても、この人だけは失ったらとても生きられない。
だから失くさないように強く抱き締める。この世の何より愛しい人と、かけがえのない今を。




