いちばんの宝物・3【ルディオン視点】
後日。姉上が用意してくれた教本と道具を使って、さっそく作業を開始した。
しかし硬い木材を鋭利な刃物で削るのは意外と難しく、力加減を間違えると勢い余って手を切ってしまう。
早く上手くなりたいと躍起になるほど、僕の手は傷だらけになった。
彼女を義理の姉と認めてから、僕の手当ては姉上の仕事だ。
姉上は僕の手の傷に薬を塗り包帯を巻きながら、泣きそうな顔で問う。
「あなたに趣味ができたのは良かったけど、こんなに傷だらけで痛くない?」
「見た目ほど痛くありませんから、気にしないでください」
「気にするなと言われても……」
姉上に手当てしてもらうのは、大事にされている気がして嬉しい。でも今みたいに辛そうな顔をされると心が苦しくなる。
ただプレゼントができるまで彫刻をやめるわけにはいかないから、
「……見るのが辛いなら、他の人に手当てしてもらいます」
そう言って立ち去ろうとする。傷を見せなければ、姉上が胸を痛めることはないだろうと。
しかし姉上は「待って」と僕を引き止めると、包むように僕の手を取る。
「心配し過ぎてゴメンね。でもあなたの手当ては私にさせて。自己満足かもしれないけど、せめて大事にしたいから」
謙虚な姉上は僕のためにこれほど心を砕いても、それは大して意味の無いことだと思っているようだ。
「本当はあなたが大好きだ」って。「いつも優しくしてくれて、とても嬉しいんだ」と言えたらいいけど、それはできないから、
「これくらいの怪我、本当に痛くありません。姉上は手当てが上手いから、あなたが診てくれたら、もう痛くないんです」
と本音の一部を伝える。
本当は姉上が労わってくれたら、薬も包帯も要らないくらいだった。僕の場合、怪我した時に痛いのは、いつも体より心だったから。だから姉上が「痛かったでしょう?」と泣きそうな顔で心配してくれるだけで、嘘みたいに痛みが引いてしまう。
そこまでの気持ちを、あの素っ気ない台詞から読み取れるはずはないけど、
「じゃあ、これからも怪我をした時は私に見せに来てね」
と姉上は、やっぱり優しく微笑んでくれた。
余暇は可能な限り制作に費やしたおかげで、姉上の誕生日までにはなんとかそれなりのものができた。かつて見た庭師のおじいさんの作品には及ばないけど、今の自分にできる最高のものが。
姉上は喜んでくれるだろうか?
しかし誕生日プレゼントなのに、剥き出しのまま贈るのはよくない。メイドに贈答用の綺麗な袋やリボンがないか聞いてみよう。
そう考えてメイドを探すと、庭で洗濯物を取り込んでいるのが見えた。声をかけようと近づくと、メイド同士の雑談が耳に入る。
「この間うちの姪っ子が誕生日だからって、手作りの首飾りをくれてさぁ」
「可愛いじゃない。何が不満なの?」
作業しながら不思議そうに問う仲間に、メイドは苦笑いで答える。
「気持ちはもちろん嬉しいんだけど、子どもの手作りって正直大人にはガラクタじゃない? その場で受け取るだけならいいけど、大事に取っておかなきゃいけないのが負担だなって」
「ああ。確かにいつ捨てたらいいか扱いに困るわよね」
仲間の相槌に、メイドは傍に僕が居るのも気づかず話を続ける。
「と言うか子どもに限らず手作り自体が微妙。『気持ちが~』とか言ってないで、本当に大切なら記念日くらい高価なものを寄越しなさいよって話よね」
今度は恋人の愚痴だろうか? とにかく普通の人にとって、他人の手作りなんて処分に困るガラクタらしい。
僕は姉上のマフラーがとても嬉しかったけど、それは僕が酷く愛情に飢えているからで、多分普通の人はそうじゃない。
加工の仕方が分からなくて、髪飾りにもブローチにもできなかった手のひらサイズのただの木彫りの白百合。
十歳以下の子どもの作なら、まだ微笑ましく受け取れるかもしれないが、僕はもう十三歳。自己満足のガラクタを贈って喜ばれる年齢じゃない。
けっきょく姉上の誕生日に、僕は何もしなかった。
姉上はあんなに手間暇かけてマフラーを編んでくれたのに。こちらは儀礼的に「おめでとうございます」と言っただけで、何も贈らなかった。
それでも僕に嫌われていると思っている姉上は、文句も言わないどころか「ありがとう」と花が咲くみたいに笑った。
その顔を見て、やっぱり何かあげたかったと後悔する。でも孤児の僕には何もあげられるものが無くて、とても情けなかった。
姉上の誕生日から半月後。
「ルディ。ちょっと手を見てもいい?」
最近は手当てを頼まないから心配したのだろうか? 姉上は僕の手を取って確認すると、ホッと顔を和ませる。
「最近は道具の扱いが上手くなったのね。怪我しなくなって良かった」
「……上手くなったわけじゃなくて、単に彫刻をやめただけです」
「そうなの? あんなに熱中していたのに」
不思議そうな顔の姉上から、僕は居心地の悪さに目を背けて答える。
「熱中していたわけじゃなくて、どうしても作りたいものがあっただけです。でも完成したら思っていたほど価値のあるものじゃなかったので、時間の無駄だからやめました」
しかし僕の説明に、姉上は思いがけない反応をした。
「じゃあ、ルディが作りたかったもの、ちゃんと完成したのね。良かったら見てみたいわ。あなたが嫌じゃなければだけど」
贈り物としてあげる勇気は無いけど、あれを見て姉上がどう思うのかは気になった。
僕は姉上を連れて自室に戻ると、あげられないのに捨てられなかった木彫りの白百合を見せた。
姉上は木彫りを手に取って見ると、パッと顔を輝かせて、
「すごく素敵! とっても上手に彫れているわ!」
と感動に声を弾ませた。
その反応に、暗かった心が一瞬で鮮やかな喜色に染まる。でもお世辞を真に受けるなんて愚かだと、すぐに冷静に言い返す。
「他人事だからそう思うんです。もしこれが自分への誕生日プレゼントだったら『こんな粗末なものを寄越して』とガッカリするでしょう?」
趣味の工作としてなら褒められても、公爵令嬢である姉上へのプレゼントとしては明らかに粗末な品だ。メイドでさえ嫌がるガラクタを、最高級の品に囲まれた姉上が欲しがるはずがない。
ところが実際の反応はこうだった。
「もしあなたがあんなにがんばって作っていた作品が私への誕生日プレゼントだったら、こんなに嬉しい贈り物はないわ。一生の宝物にする」
迷いなく言い切る彼女の笑顔はとても澄んでいて、お世辞にも綺麗ごとにも聞こえなかった。
「……じゃあ、姉上にあげます。この間の誕生日、何も贈りませんでしたから」
「いいの? 大切なものなんじゃ」
「その代わり、さっきの言葉が本当かどうか定期的に確認します」
「確認って?」
無防備に首を傾げる姉上に、僕は咄嗟の思い付きを述べる。
「姉上が忘れた頃にまだ持っているか確認して、紛失していたら『何が一生の宝物だ』と罵ります」
それは『一生懸命作ったものだから大切にして欲しい』とは頼めない僕の苦しい言い訳だった。こういう言い回しをするほど疎まれるんじゃないかとも思うけど、あのメイドたちの話を聞いた後ではやっぱり素直に言えなかった。
僕のひねくれた発言に、姉上は苦笑いしながらも、
「そんなに脅さなくても……。あなたがどれだけがんばって、これを作ったか知っているから、絶対に粗末になんてしないわ。あなたが忘れても、ずっと大切にする」
と木彫りの白百合を大事そうに胸に抱き締めた。




