いちばんの宝物・2【ルディオン視点】
それから姉上は編み物の先生を呼んで、僕のマフラーを編み始めた。「あなたの瞳と同じ色がいいと思って」と、わざわざ職人に頼んで染めさせた上質な毛糸玉を使って。
初心者の姉上は自分で言っていたとおり下手で、何度も編んでは解いてやり直すから一向に作業が進まない。
「その調子じゃ誕生日までに完成しなさそうですね」
「うっ」
姉上はグサッときている様子だが、嫌味を言いたかったわけじゃなくて、
「……遅れてもいいから丁寧にやってください。無理やり間に合わせようとして雑にされるほうが嫌なので」
口にした後で、偉そうだったかと不安になる。養い子の分際で心を込めてくれと願える立場かと。
しかし僕の不器用な要求を、
「分かった。妥協しないで、ちゃんと丁寧にやるわね」
姉上はにこやかに受け入れて、事実そのとおりにしてくれた。
けれど、それは作業のペースを落とすということではなかった。
姉上はゆっくり丁寧に編む代わりに、作業の時間を増やした。一度僕とベッドに入った後、コッソリ起き出して、ランプの小さな灯りを頼りに夜なべして編む。
この人は内緒のつもりらしいが、睡魔と戦いながら真剣に編み続ける姿を僕はベッドから見ていた。
『夜更かししてまでやらなくていいです』
よほどそう声をかけようかと思ったけど、僕のためにがんばってくれるのが嬉しくて、ただジッと盗み見ていた。
睡眠を犠牲にした甲斐があって、マフラーは僕の誕生日に間に合ったが、
「……ゴメンなさい。自分なりに頑張ったんだけど、やっぱりちょっと不格好かも」
姉上はしゅんと肩を落として謝った。本人の言うとおり、職人が作ったものと比べれば、確かに編み目が不揃いで粗が目立つ。
「いくら誕生日に間に合っても、これじゃダメよね? ゴメンね。当日のプレゼントは無しになっちゃうけど、なるべく早く、もっとちゃんとしたものを編んで贈るから……」
今にも引っ込められそうな手編みのマフラーを僕はスッと奪って言う。
「じゃあ、それは来年ください。今年はこれをもらうので」
「い、いいの? そんな不格好なので」
「手抜きと稚拙は違います。拙くても姉上が頑張って編んでくれたものなら構いません」
自分で首に巻いたマフラーは温かいけど、少しゴワゴワしてお世辞にも着け心地がいいとは言えない。
それでも本当は泣きそうなくらい嬉しくて、僕は潤んだ目を見られないように俯くと、
「……マフラー、ありがとうございます」
と、ぶっきらぼうに感謝を告げた。
それに「良かった」と返す姉上の声はとても温かくて、きっとまたあの眩しい笑顔を浮かべていることが見なくても分かった。
その冬はずっと、朝から晩までどころか寝ている間も、姉上が編んでくれたマフラーを放さなかった。
「そんなに気に入ってくれたの?」
嬉しそうに問う姉上に、そうだと答えるのが恥ずかしくて、
「別にマフラーが気に入ったわけじゃなくて、姉上の努力に報いているだけです」
と、また可愛くないことを言ってしまう。
けれど姉上もまたいつもどおりに、
「そう。ありがとう。マフラーを大事にしてくれて」
と優しい笑顔で僕の頭を撫でてくれた。
嬉しくて嬉しくて、僕は慕わしさを堪え切れず、今は自分よりも大きな彼女に抱きついてしまう。もう異性に甘えていいような年頃ではないのに、姉上は少し驚いただけで、後は愛しそうに微笑んで僕を抱き締め返してくれた。
心の中が好きと多幸感でいっぱいになる。
この優しくて温かい人をかつてのデボラと同一視することは、今や完全に不可能になっていた。
かと言って過去にされたことを思えば、何事も無かったように慕うのも難しくて、僕はやはり素直じゃない態度を取り続けた。
しかしそんな僕でも自分が祝ってもらったからには、姉上の誕生日に何かお返しがしたい。
と言っても姉上の温情で養われている身で贈り物なんてしても、それは公爵家のお金で買ったもので、僕があげたことにはならない。
でも姉上のように手作りの品なら。お金は出せなくても手間と時間ならいくらでもかけられる。
もう十三歳の僕が贈るには絵は子どもっぽすぎるし、編み物は女々しい感じがする。そもそも姉上の誕生日は夏だから、時季的にも合わない。
あれこれ考える内に、ふと今はいない庭師のおじいさんを思い出す。
それは本当の姉が公爵を裏切る前、僕がこの屋敷の正式な子どもとして扱われていた頃。
庭師のおじいさんが仕事の休憩中に、よく手のひらサイズの木彫りを彫っていた。
全くの我流らしいが、花や動物をモチーフにした作品はとても見事で感心したのを覚えている。
あれを姉上に作ってあげたら、きっととても喜んでくれる。
想像したら胸が熱くなって、居ても立ってもいられなくなり、僕はすぐに姉上に相談した。
「まぁ、彫刻に興味があるの? いいわね。じゃあ、すぐに道具と先生を手配するわね」
「いえ、道具と教本だけでいいです。プロを目指す訳でもないのに、人にあれこれ言われたくないので」
下手に教師などつけられたら基礎から教えられて、姉上の誕生日に間に合わない。この場合は頭の中の贈り物を再現するために必要な技術だけ、自分で学ぶのが早いと考えた。




