いちばんの宝物・1【ルディオン視点】
僕は一年で最も寒い季節に生まれた。ただ誕生日というものは、祝ってくれる人がいなければ意味がない。
僕の存在を唯一祝福してくれていた姉は男と逃げて、それからしばらくは、とても生まれて来たことを喜べるような日々ではなかった。
そんな僕が自分の誕生日を思い出したのは、姉上がきっかけだった。
ある日を境に別人のようになってから、姉上は僕が勉強していると「少し休憩したら?」と自分でお茶とお菓子を持って来てくれる。
今日はそのついでに、こんな質問をされた。
「少し早いけど、ルディは誕生日に何が欲しい?」
「誕生日を祝ってくれるんですか?」
意外な申し出に目を丸くする僕に、姉上はすまなそうに微笑んで続ける。
「お父様の手前、あまり盛大に祝うことはできないけど、あなたが生まれた特別な日だから。何か贈り物をしたいと思って」
多分この人にはなんの他意も無いのだろうけど、『あなたが生まれた特別な日』という何気ない一言が、今の僕にはやけに響いて、それだけで胸がいっぱいになった。
だけど、それはきっと僕が寂しさのあまり姉上の言葉を特別なものとして感じすぎているだけだ。
また自分が愛されているなんて自惚れて、期待を裏切られるなんて惨めだから、
「別に何も要りません」
と表向きは何も感じていないかのように素っ気なく断った。
「遠慮しなくても、なんでも言ってくれていいのよ?」
姉上は遠慮だと思っているようだが、
「遠慮しているわけじゃなくて、本当に何も思いつかないだけです」
そう返したのは嘘じゃなくて、多分心も胃袋と同じで何も無い状態が続くと縮んでいく。
何も無いどころか虐げられることが当たり前だった僕の心はすっかり萎縮して、嬉しい言葉だけでいっぱいになり、欲しいものなんて聞かれても思いつかない。
そんな僕に、姉上は自分から提案する。
「じゃあ、手編みのマフラーはどうかしら?」
「手編みのマフラーって……もしかして姉上が編んでくれるんですか?」
刺繍や手編みなどの手芸は淑女として一般的な趣味だ。しかし僕を虐げていた頃の姉上は、そんな優しげな趣味は一切持っていなかった。
けれど今のおっとりした姉上は、やったことがないはずの料理や裁縫をサラッとこなす。だとすると編み物も得意なのだろうか?
というのは僕の思い違いのようで、
「ええ。でも実は編み物はしたことがなくて。やるとしたら一から覚えることになってしまうんだけど」
苦笑いで答える姉上に、僕は思わず呆れてしまう。
「なんで経験の無いことを、あえてしようとするんですか?」
趣味として始めるならいいが、人へのプレゼントにするのは明らかに無謀だ。
言外の指摘を汲み取った姉上は「そ、そうよね。確かに変かもしれないけど……」と恥ずかしそうに顔を赤くしながら、
「あなたは前に、お金より手間をかけて欲しいみたいなことを言っていたでしょう? だからお金で買った何かより、手間暇かけて作ったもののほうがいいのかなって。寒い時季だし、手編みのものを贈ったらどうかしらと思ったの」
と真意を説明した。
それは確かに以前この人に話した、憎まれ口に見せかけた本心。
公爵令嬢であるこの人はあまりに裕福だから、金で買えるものには大して価値がない。だから命の断片である時間を割いて欲しかった。それを僕にどれだけ注いでくれるのか知りたくて。
求められるほうからすれば煩わしいだけの要求。けれど姉上はしっかり覚えていて、自ら差し出してくれた。
「ただ本当に編み物は初めてだから絶対に下手だし、そもそも私が作ったものを身に着けるのは嫌かもしれないから、本人の意見を聞いたほうがいいだろうって。嫌なら他のものを考えるから、気にせず断ってね」
姉上がくれようとしているものが、本当は喉から手が出るほど欲しいけど、それは僕の飢えを知らせることだ。
渇望を悟られるのは惨めだから、僕はここでも平静を装って、
「……いえ。別にマフラーでいいです。姉上のおっしゃるとおり、僕はお金で買えるものより、あなた自身に負担がかかることのほうが嬉しいので」
と、つい可愛くないことを言う。
それなのに姉上はホッと顔を和ませて、
「じゃあ、うんとがんばってマフラーを編むわね」
とニコニコと快諾した。




