オマケ・あなたの良き妻として
それは結婚式の夜のこと。
結婚式に関する諸々の用事を済ませた私とルディは、婚礼衣装から少しラフな格好に着替えて、主寝室のベッドに並んで腰かけていた。
この主寝室は父がかつて殺された現場ではなく、私たち夫婦のために新しく用意されたもので、ベッドも最初から二人で寝ることを想定した豪華なキングサイズだ。
一般的な貴族の男女と違って、私とルディは結婚する前から一緒に寝ていたし、体の関係もあった。
けれど今日は夫婦になって初めての夜。いわゆる初夜なので、なんだか特別な感じがして、妙に緊張してしまう。
そう感じているのは私だけではないようで、ルディは隣から嬉しそうにジッとこちらを見つめて言う。
「これで今日からは姉弟じゃなくて夫婦ですね」
「そ、そうね」
「これからあなたは一生僕の妻なんだと思うと気分がいいです」
彼は言葉どおり、うっとりした瞳で私の頬を撫でた。
いつ何が始まってもおかしくない空気に、私は弾かれたように声を上げる。
「あ、あのっ」
「なんですか?」
「あなたの言うとおり、今日から夫婦になるなら一つ聞いておきたいんだけど……」
それはルディとの結婚が決まってから、ずっと聞きたかったこと。
ただ少し気まずい内容なので、きっかけが掴めないでいたことを今、思い切って尋ねてみる。
「あなたは、その……今後私と離婚したり、他に女の人を作ったりはしない? ずっと私だけ?」
もっとうまく切り出せたら良かったのだが、なんだか自惚れた確認になってしまった。
しかし疎まれないか心配しながら問う私にルディは――
「ルディ?」
奇妙に制止した花婿に声をかけると、彼は先ほどまでの甘やかな態度から一転、背筋が寒くなるような微笑みで答える。
「……いえ、少し驚いてしまって。まさかよりにもよって新婚初夜に、そんなことを聞かれるとは思わなかったので」
「えっ?」
結婚したばかりの妻が「ずっと自分だけの夫でいてくれる?」と確認するのは、そんなにおかしなことかな?
確かに自分の誠実さを疑われているようで気分がよくないかもしれないけど、幸せだからこそ不安で、つい尋ねてしまう女性も多い気がする。
ところがルディは私の意図とは全く別の受け取り方をしていた。
「流石に結婚すれば二度と、あなたから他の女を勧められることはないだろうと思っていたのに。あなたは僕の妻になってさえ、まだ逃げ道を探しているんですか?」
「ち、違……」
なぜか私が新婚早々、離婚や不倫をして欲しがっていると解釈したルディは、
「でも残念ながら僕には天地が引っ繰り返ったって、あなたと別れる気も他の女を作る気もありませんから」
そう断言すると、まるで手錠で繋ぐように私の手首をグッと掴んで、
「どれだけ嫌でも、あなたがただ一人の妻として、一生僕に尽くすんですよ」
と怖い顔で迫った。
このまま彼の唯一にして生涯の妻であることを夜通し教え込まれそうな気配に、私は慌てて弁解する。
「あの、本当に違うの! ルディが嫌なんてことはないから!」
その言葉に彼は手の力を緩めたものの、怪訝そうに眉をひそめる。
「じゃあ、さっきの言葉は、どういう意味なんですか?」
改めて問われて顔が熱くなる。それは最近ずっと考えていたこと。
私は長年、彼が愛する女性と結ばれて幸せになることを望んでいた。でもルディはその可能性を放棄して、妻の座に私を据えてしまった。
「あの、あなたと別れたいとか他に行って欲しいとかじゃなくて……あなたにとって、こういうことをする相手が一生私だけなら、もっと頑張ったほうがいいのかなって確認したかったの」
「頑張ったほうがいいって……」
「……今までずっと受け身だったから、あなたが喜ぶことを教えてもらって、私からも何かしたほうがいいのかなって……」
内容の恥ずかしさから顔を真っ赤にしてボソボソと返す私に、ルディはやや硬い声で確認する。
「……つまりただ受け入れるだけじゃなく、あなたも僕を喜ばせてくれると?」
「そう……全然自信は無いんだけど、奥さんになったからにはルディのこと、たくさん幸せにしたいから……」
安直な考えかもしれないけど、異性と愛し合うことは大きな幸せの一つだろう。特にルディは結構そういうことが好きみたいだし。
私が彼の唯一の相手になるなら、うまくできる自信は全くないけど、頑張って彼を喜ばせたかった。
でも口にすると、とても安易かつ自惚れた発想に思えて、すごく恥ずかしくなってしまった。
沈黙に絞め殺されそうになる私に、ルディが静かに口を開く。
「……前にも言いましたけど、あなたが僕を幸せにするなんて恐ろしく簡単ですよ」
「そ、そう? よくは知らないけど、男の人を喜ばせるって、すごく技術が必要なんじゃない?」
自分から提案してみたものの、どう考えても私はそういうのが下手なタイプだ。だからこそルディの希望を聞いて、できないなりに努力したかったんだけど、肝心の彼の答えはこうだった。
「そんな手管を覚えなくても、あなたはただ僕の背に腕を回して『もっと』とねだるだけでいいです」
「えっ? そ、それだけ?」
思わず目を丸くする私に、ルディは再び少し怖い微笑みで詰る。
「それだけのことも今までは無かったわけですが?」
「や、だって私の立場で、そういうことをねだるのは……」
今は正式な夫婦になったからいいけど、今までは義弟としても学生としても間違った関係だと思っていた。だからそれを助長するような言動はできなかった。
そんな私の態度をルディは、
「妻らしく振る舞ってくれるなら、これからはあなたからも僕を求めてください。たとえ嘘でも『ダメ』や『待って』よりは『好き』や『嬉しい』と言われたいですから」
私の頬に触れながら乞う顔は優しかったけど、眼差しは少し切なげだった。
「たとえ嘘でも」って、彼は私が自分を愛していないと思っているのだろうか?
「ゴ、ゴメンね? あなたを拒絶したつもりはなくて……」
私はオロオロと謝ると、自分から彼の手に触れて、
「今までは『私よりもっといい人がいるのに』と思っていたから気を引くようなことは言えなくて……でもあなたが本当に私だけなら、これからはちゃんと言うから……」
やっぱり少し恥ずかしくて、俯きながらゴニョゴニョと続ける。
「あなたが構ってくれるの、本当は嬉しいって……。嘘じゃなくて心から……」
本当は自分も特別な戯れが嬉しいのだと告げると、ルディはハッとした顔で問い返す。
「本当に? あなたも嬉しいんですか? 夫婦になったから、喜ばせで言っているわけじゃなくて?」
「喜ばせたいのはあるけど、そう思うのは夫婦としての義務や過去の償いじゃなくて、あなたが好きだからよ?」
決して同情ではないと分かって欲しくて、真っすぐに彼を見て真剣に伝えると、
「ル、ルディ?」
突然ギュッと抱き締められて戸惑う。彼はそのまま私をベッドに優しく押し倒すと、
「じゃあ、今日からさっそく実践してください。もう『ダメ』や『待って』とは言わないで。あなたも僕が欲しいんだって、嘘じゃなくて本当の気持ちで、たくさん感じさせてください」
甘やかな微笑みで見下ろされて心臓が高く跳ねる。
こういう時、未だにどう振る舞えばいいか分からなくて、私は熱くなった顔を両手で覆いながら、
「ひゃ、ひゃい。がんばります……」
少し上擦った声で答えると、やがて降ってきた熱い口づけを受け入れた。
完結まで見届けてくださり、ありがとうございました。連載中にいただいた『いいね』も、とても嬉しかったです。
もしお話を気に入っていただけましたら、作品下部にある評価ボタンで評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の励みになります。
改めまして、たくさんの作品の中からこのお話を見つけて、大切なお時間を割いて最後までお付き合いくださったこと、本当にありがとうございました。
今後もコツコツ活動していきますので、またどこかでお会いできましたら幸いです。




