もう一つの結末・中編
私がルディのお姉さんの住所を聞いたのは一度きり。しかも万一にも父の目に触れないように、あえてメモも取らなかった。
けれどルディには共有してあったし、父の死後に改めて住所をメモした。父の死を喜ぶわけではないけど、ルディのお姉さんを裁く者がいなくなったなら、それがいちばん確実だから。
私たちはそのメモを頼りに、お姉さんに会いに行くことにした。ただし犯罪者であるお姉さんと会うことを、他の人に知られるのはマズい。
だから私たちは周囲には「家族水入らずで旅行したい」と言って、屋敷と領地の管理は信頼できる人たちに任せて、せっかくだからお姉さんに見てもらおうと、まだ赤ちゃんのクレアだけを連れて旅に出た。
「侍女をつけられないせいで、あなたには不便をかけてしまいますが」とルディは心配していたが、私はもともと庶民なので多少の不便は慣れっこだ。
クレアのお世話なら普段からしているし、旅行中は安全のために平民風の簡素な格好にしたので着替えも楽。さらに大きな荷物はルディが持ってくれたので、大変なことはほとんどなかった。
むしろ家族だけで遠出できるなんて普通の夫婦みたいで、ルディには悪いが密かにワクワクしたくらいだった。
無事にお姉さんが暮らす街に到着する。彼女はご主人と小さな食堂を営んでいた。私も前世は祖父母の大衆食堂で働いていたので少し親近感だ。
お店に入るとエプロンを着けたお姉さんが、
「いらっしゃいませ。お席にどうぞ」
と明るく出迎えてくれる。
最後に二人が会ってから、さらに時は過ぎてルディはすっかり大人の男性になった。しかも今は自衛のために、夫婦ともども平民の格好をしている。
それでもお姉さんはすぐに「あ、あなたは……!」とルディに気づいた。さらに両手で口を覆いながら、
「ルディ……ルディオンなの?」
愛称で呼ぶなと言われたのを覚えていたのだろう。律儀にも途中で言葉を切って問い直した。
そんなお姉さんに、ルディは少し決まり悪そうに挨拶する。
「……ご無沙汰しています、姉さん」
それからお姉さんは、お店をご主人に任せて、私たちを自宅に招いた。
決して裕福な暮らしではないのだろう。こじんまりした家にはリビングや応接間に当たる場所はないようで、私とルディは台所兼ダイニングのテーブルに着いた。
「狭いところでゴメンなさいね。デボラ様にも、ろくなおもてなしができず申し訳ありません」
お姉さんは少し恥ずかしそうに、私たちにお茶を出してくれた。
「いいえ、そんなこと。綺麗で温かみのある素敵なお家ですね」
お姉さんが家族と暮らすこの家はどこもよく手入れが行き届いており、家人の趣味が窺える小物がほどよく置いてある。住む人の温かな暮らしぶりが感じられる、とても居心地のいい素敵な家だ。
お世辞ではなく本心だと伝わったのか、
「あ、ありがとうございます」
お姉さんはホッとしたように少し肩の力を抜いた。
「それで今日は、どのようなご用件ですか?」
私たちの対面に着席し用件を尋ねるお姉さんに、ルディが意を決したように切り出す。
「……謝りに来たんです」
「謝りに来たって……」
「昔、わざわざ会いに来てくれたあなたに酷いことを言ったこと。ここに住んでいると知りながら、今日まで会いに来なかったこと。あなたも辛かったのに、一方的に悪者にしてしまったこと……」
自分の罪を並べ立てるルディを、お姉さんは驚いたように止める。
「そんな、謝らないで。一方的に悪者にも何も、事実、私はあなたに許されないことをしたんだから」
お姉さんの言葉に、ルディはしばし沈黙した。こうして会いに来たといっても『あなたは何も悪くない』とまでは言えないほど、ルディの負った傷はやはり深い。
その代わりルディは、こう話す。
「正直あなたが去ってしばらくは本当に辛くて、自分がこんな目に遭うのはあなたのせいだと心底恨みました。けれど彼女のおかげでその苦しみが少しずつ癒えて、今では幸せ過ぎて申し訳ないくらいになりました」
「申し訳ないって……」
お姉さんも戸惑っているけど、私もルディの言う『申し訳ない』の意味が分からなかった。彼はむしろ今まで不当に幸せを奪われていた。それがようやく幸せになって何が悪いのかと。
しかし続くルディの発言で、私は彼の真意を知った。
「あなたに」
彼の言う『あなた』とは目の前にいるお姉さんで、
「あなたをあんな風に責めながら、自分はこんなに溢れるくらい幸せになったのが、本当に申し訳なかった……」
とルディは声を震わせて泣いた。
その深い後悔と罪悪感に呼応するように、お姉さんは「……私も」と呟くと、
「私もずっと幸せなほど、あなたに申し訳なかった」
と耐えかねたように泣きだした。
お姉さんは席に着いたまま手だけをルディのほうへ伸ばして、
「本当にゴメンなさい、ルディオン。あなたを酷く傷つけて」
それは以前は届かなかった謝罪と手。ルディは再び差し出されたお姉さんの手を、
「……僕もゴメンなさい。姉さん」
今度は迷わずに取って和解した。
それから早めに店を閉めた旦那さんと、外で友だちと遊んでいた娘さんや息子さんも帰ってきて、私たちは共に夕食を囲んだ。
両親だけでなく初めて会う子どもたちも、
「お母さんにも弟がいたんだね!」
「赤ちゃん、可愛い! 名前はなんですか?」
と私たち夫婦とクレアの訪問を心から歓迎してくれた。
楽しいひと時を過ごした後。
「すみません。本当は家に泊まっていただきたかったんですが」
しゅんとして謝るお姉さん。彼女の家は手入れは行き届いているもののゲストルームのようなものはなく、雑魚寝させるのも悪いからと、ここでお別れになった。
「いいえ。こちらが突然押しかけたんですから、気になさらないでください。夕食もとても美味しかったです。ご馳走様でした」
気を遣わせないように笑顔で感謝を示すと、お姉さんは少し顔を明るくした。しかしそれも束の間、再び不安に顔を曇らせて、
「ルディオン……あの……」
と何かを言いかけて、やめた。
すっかり仲直りしたようだけど、まだルディに遠慮があるようだ。
するとルディのほうから、
「……ルディでいいです」
その一言に驚くお姉さんに、彼はさらに「あなたは僕の姉なんですから」と不器用に告げた。
それはルディから彼女に贈る完全な許しだった。
お姉さんはその反応に勇気をもらうように「あ、ありがとう」と言うと、
「あの、手紙を書いてもいいかしら? それといつか、また会いに来てくれる? こんな遠くまで会いに来てなんて図々しいけど、こちらからは行けないから……」
と先ほどは飲み込んだ願いを口にした。
お姉さんを裏切り者として直接憎む父は亡くなった。けれど父がいなくとも結婚という名の契約を破り、金品まで持ち去ったお姉さんは、私たちの国ではやはり犯罪者として扱われる。だからお姉さん側から堂々とルディに会いに来ることはできない。
そんなお姉さんの頼みにルディは、
「……じゃあ、年に一度あなたの誕生日には家族を連れてまた来ます」
その言葉に、お姉さんは「あっ……」と声を漏らすと、
「ありがとう……。ありがとう……」
感極まったように繰り返して「最高のプレゼントだわ」と泣きながら笑った。




