最終話・私を見つけてくれたあなたと
「……あなたは本当に愚かだ」
ルディは表情を隠すように手で顔を覆いながら、さらに続ける。
「いつも人のことばかりで、自分のことはろくに護らないで。本当はなんの罪も無かったのに、僕にいいように穢されて、子どもまで産まされて、馬鹿じゃないですか?」
掠れた声には罪悪感が滲んでいた。
彼は優しいから、無実の人間を加害者として責めてしまったことを悔やんでいるのかもしれない。
「私は馬鹿かもしれないけど、あなたを幸せにできなかったかもしれないけど、あなたの妻になってクレアを産んだことは少しも後悔してない」
それを彼が喜ぶかはともかく『結婚させられた。産まされた』と、こうなった自分を人のせいにするのは嫌だから。
「あなたが好きだから、あなたの妻になれて、ずっと幸せだった」
クレアを産んだことも、私にとっては間違いじゃないと分かって欲しい。
祈るように言葉を紡ぐと、ルディは苦しげに問い返す。
「……僕が好きって本当ですか? こんな卑怯な男のどこがいいんですか?」
眉根を寄せて、こちらを見返す彼の目は涙で濡れていた。
「ルディが卑怯って?」
「だって卑怯でしょう? 綺麗で優しいあなたと違って、僕はすごく汚くて嫌な人間だから。正攻法では愛されないだろうと、あなたの弱みに付け込んだんです」
正攻法では愛されない。デボラの父に、昔何度か言われた言葉。
デボラの場合は外見の醜さのせいだった。でもルディは彼女とは反対に内面の問題によって、愛されるはずがないと思いつめていたのか。
「本当はただ、あなたが好きで欲しかっただけなのに。被害者ぶって言いなりにして、なんの罪も無いあなたにとても酷いことを……」
彼は罪の意識に沈み込むように再び顔を覆った。
私はなぜか彼の発言を「そんなことない」と否定するのではなく、
「愛しているわ。あなたが嫌いな弱さも醜さも全部」
気づけば、そう言ってルディを抱き締めていた。だけど、これは紛れもなく私の本心。
もしなんの不幸もなく真っすぐに育つことができていたらと願う一方で、心に負った傷や歪みを含めて彼の全てが愛おしい。
そう思う人間が、この世に一人はいることを知って欲しかった。
だけど、すぐにハッと我に返る。
クロエじゃないけど、また勝手にルディを理解した気になっていたかも。しかも本当の私は、彼より十一歳も年上なのに。
「こんな見た目が若いだけのおばさんに、愛しているなんて言われても気持ち悪いだけかもしれないけど……」
我が身を振り返った結果、色々と恥ずかしくてソロソロと離れようとすると、
「離れないでください。僕を愛しているなら」
ルディは自分から私を引き寄せると、そのまま強く抱き締めて告げる。
「あなたが引け目に感じる部分も全部、僕も愛しているから」
まるで私が先ほど贈ったありったけの愛情を、そのまま返すような言葉。
同じ気持ちだとしたら、それは――
「あ、愛しているの? 私を?」
ソワソワと赤くなる私に、ルディはジト目で呆れる。
「結婚して子どもまで産まされておいて、今さら何が意外なんですか?」
「や、だって。最近は素っ気なかったから」
そもそもルディの私への感情は執着と性欲が合わさったものかと思っていた。
しかしルディは私を避けていた件について、こう説明する。
「僕があなたを避けていたのはクロエを警戒してのことです。どうもあの女は学生時代から、僕とあなたのやり取りを盗み見ていたようなので」
「そうなの? でも、どうして盗み見なんて?」
「あなたの言動を真似て、なり替わろうとしていたようですよ。実際にあなたが過去に僕に言ったことを、不自然な流れで言ってきたことがあったので」
ルディによれば「姿よりも心が美しく見える、あなたの目は素敵ね」みたいな台詞を、クロエも言ってきたらしい。
彼女の目的はルディに愛されることだった。だから単純に私の言動を真似れば、気に入られると思ったのかもしれない。
加えてクロエが用意した遺書には、学生時代の不可解な事件や父の暗殺は私の指示だと書いてあった。もちろんクロエにやらせたのではなく、彼女以外の闇魔法使いを密かに雇ったことにして。その嘘の告白によってルディを幻滅させると同時に、私の言動を真似て妻の座を奪うつもりだったようだ。
てっきり偽デボラという異物を消せば自然と自分を好きになるという楽観から、今回の凶行に及んだのかと思っていたのに。元祖『悪役令嬢連続殺人事件』の作者もビックリの計画的犯行。
その頭脳と行動力を正しい方向に活かせたら、それこそ周りが放っておかないような異世界ヒロインになれていたんじゃないかな……と彼女の才能を惜しみつつ、
「確かその話をしたのって学生の頃よね? そんなに昔からクロエは隠れて私たちを見ていたってこと?」
私の質問に、ルディは忌々しそうに答える。
「だからクロエと再会してからは、あなたに近づかなくなったんです。個人的なやり取りもそうですが、特にあなたと愛し合っているところを、あの女に見られたらと思うと最悪なので」
確かに愛する人との特別なやり取りを勝手に覗かれるなんて、ルディじゃなくてもとても嫌だ。
「そ、そうだったの。私はてっきり、あなたに飽きられたのかと」
ホッとする私に、ルディは怖い顔で不満を述べる。
「飽きるどころか、あの女のせいで一年近く我慢させられて欲求不満で死にそうでしたが?」
傍目にもピリピリしていたのは欲求不満だったからなのかと、予想外の真相に恥ずかしくなった。
「ゴ、ゴメンね? そうとも知らずに、あなたを疑ってしまって」
私は学生時代からルディが警戒する人物を屋敷に招き入れ、彼一人に対処させながら、
『最近彼の様子がおかしい。飽きられちゃったのかも』
とか思い悩んでいたのだ。クロエの言うとおり、とんだ馬鹿女である。
ルディに申し訳なくて小さくなりながら謝ると、彼はこう返事した。
「……ただでは許しません」
「ど、どうしたらいい?」
オロオロと尋ねると、ルディはボソッと要求を言う。
「本当の名前を教えてくれたら許します」
「本当の名前?」
キョトンとする私に、ルディはこう説明する。
「デボラとはなるべく口にしたくなかったので、夫婦になってからもずっと姉上で通していましたけど、あなた自身の名前があるなら、これからは名前で呼びたいです」
その申し出に、胸がくすぐったくなる。
自分の本当の名で呼ばれる。それもいちばん大切な人に呼んでもらえるなんて、デボラになってからは考えたこともなかった。
ルディに本名を伝えると、彼は首を傾げながら問う。
「エミって言うんですか。意味は?」
「え、笑顔が美しいって……」
漢字がどうのと言っても分からないだろうと意味だけを教える。
ルディの反応が無いので、自分からアワアワと話し出す。
「や、やっぱり似合わないわよね? 私は前世でも美人とは言い難かったし」
前世も今も平凡な自分が『笑顔が美しい』なんて名前で恥ずかしいと赤くなると、
「いえ。あまりにも、あなたにピッタリで驚いただけです」
ルディはふっと表情を緩めて、私の頬に手を添えると
「はじめて出会った頃からずっと、あなたの……エミの優しい笑顔が美しくて、とても好きでした」
はじめて名指しで向けられた、愛しそうな眼差しと言葉に私は――
「どうして泣くんですか?」
ルディの言うとおり、私はなぜか泣いていた。
最初は自分でも、どうしてか分からなかったけど、
「だってエミは死んだはずの人間だから。もう誰も知るはずのない私を、あなたが見つけてくれたのが嬉しくて」
この世界に来てからデボラを自分だと思えたことはない。だからたまにデボラとして褒められても、あまり自分のこととして感じられなかった。ルディとのあれこれだって良くも悪くも全て、私ではなくデボラに向けられたものだと思っていた。それが自分で思っていたより、本当は寂しかったみたいだ。
だけどルディが、
「名前を知らなかっただけで僕が見ていたのは、はじめからずっとあなたですよ」
本当はずっと前から、デボラの中にいる名前も知らない私を見ていてくれて、
「死者だろうが別の世界の住人だろうが、僕が愛するのはエミだけです。償いじゃなくて、ただどうしようもなく好きだから。これからも、ずっと傍にいてくれますか?」
加害者と被害者ではなく、一人の異性として私を求めてくれた。
その奇跡のような幸いに「はい」と涙目で笑うと、すぐに最愛の人の温かな腕に包まれる。
二人がともに在る限り、この幸福が揺らぐことは無いだろう。
捻じれた繋がりは解けて、真っすぐな心で結ばれたから。




