なぜ毒を盛られたか?
それからルディが呼んだ衛兵が、公爵夫妻である私たちへの殺人未遂でクロエを正式に逮捕した。
この国では犯人が貴族でない限り、王家の判断を仰ぐ必要はなく、その犯罪が起きた土地で裁かれる。
ちょっとした揉め事なら衛兵が、もう少し複雑な事件なら判事が処罰を決めるが、極刑の可能性がある重犯罪は、その土地の領主が裁く。
よってクロエの量刑を決めるために、ルディも取り調べに同行した。
後日、私は帰宅したルディから取り調べの報告を受けた。
まず彼女は闇魔法で逃げられないように、特殊なアイテムで魔力を抜かれたそうだ。
生命力でもある魔力を大量に奪われたクロエは酷く消耗しながらも、
『酷いです、ルディオン様。計画が失敗したからって全ての罪を私に着せるなんて。デボラ様のお父様の暗殺だって、あなたが指示したことじゃないですか』
驚いたことに、この期に及んで嘘の証言でルディを道連れにしようとした。
しかも犯人不明のまま処理された父の暗殺も、自分の仕業だったとわざわざ明かして。
一見すると愚行のようだが、公爵夫妻を殺そうとしただけで、平民であるクロエの極刑はほぼ決まったようなもの。どうせ助からないなら、ルディも破滅させてやろうと考えたのかもしれない。
クロエの狙いどおり、取り調べの担当者たちは一瞬ルディを疑いかけたが、彼はすぐにこう指示したそうだ。
『彼女はとんでもない嘘吐きなので、自白剤を使ったほうがいいですよ。先ほどの証言どおり、彼女が先代を暗殺した犯人なら私と妻への殺人未遂と合わせて、どうせ死刑です。人権も後遺症も気にする必要はありません』
もともと重罪を犯したクロエの量刑を決めるのは、領主であるルディの仕事。さらに彼の言うとおり、平民である彼女が公爵家の人間である私や彼を害そうとしたばかりか、先代である父を暗殺したのだとしたら、もはや死刑は不可避だ。
それなら後遺症が出るかもしれない自白剤を用いても、真実を明らかにするべきだと他の担当者たちも同意した。
けれど、その後。自白剤を使われたクロエが語った動機は想像を絶していた。
『私が前世を思い出したのは、ちょうど学園に入学した日でした。自分が『悪役令嬢連続殺人事件』の世界に転生したと気づいた時は流石に驚いたな。しかも主人公のクロエ・シーカーなんて。ヒロインと見せかけて、全ての罪を着せられてルディオンに殺される役ですからね……』
彼女も私と同じ現代人であることは、あの夜の時点で気づいていた。
ルディは学生の頃からモテていたから、普通の女性でも理性を失うほどの一方的な執着を抱くことはあり得る。
ただクロエは、あの夜こう言った。
『あなたは私が欲しかったルディオンじゃない。死んでください。偽デボラと一緒に』
本物のデボラを知らなければ、どれだけ私に悪意があろうと『偽デボラ』とは呼ばない。
つまりクロエは私と同様、この世界の本来の形を知っていたのだ。ただ普通の人なら自分を殺すかもしれない相手とは、なるべく関わらないようにするだろう。
ところがクロエは、こう考えたらしい。
『でもすぐに気づいたんです。ああ、これって「死亡フラグ回避からの溺愛もの」だって。私はどこにでもいる普通の人間なんかじゃなくて、この異世界恋愛のヒロインとして作られたキャラだったんだって』
彼女の証言にまたも驚く。私は仕組みは分からないまでも、どちらの世界も現実として捉えていた。しかし彼女は逆だった。
クロエはこの世界だけでなく、自分が元いた世界も一連の創作物だと考えた。
つまり彼女にとって、この世界は『悪役令嬢連続殺人事件』をもとにした『異世界恋愛もの』。
そして自分を『死亡フラグを回避したら、なぜか犯人から溺愛されるタイプのヒロイン』だと思い込んだらしい。
『そういう意味では私、悪魔のような知恵と美貌で完全犯罪を成し遂げた原作のルディオンに痺れていましたから。多少の危険があっても、最終的に彼に愛されるなら美味しいなと思ったんです』
けれどクロエはすぐに気づいた。デボラの皮を被った私という原作にはない異物に。
『それなのにあの女は私より先にルディオンと出会って、薄っぺらな優しさと能天気な笑顔で彼を洗脳してしまったんですよ! 本当は私こそが可哀想な彼の唯一の光になるはずだったのに!』
クロエは私を憎悪しながらも、まずは状況を確かめるために偶然を装って近づいた。
けれどクロエが見たところ、ルディの洗脳は根深く、下手に私の印象を下げようとしたら、自分が嫌われるかもと思い直したそうだ。
『あの馬鹿な令嬢たちをこらしめてやったのも単なる意趣返しじゃなく、それとなくデボラに疑惑を向けて過去の悪評を再燃させるためでした。ところが当のルディオンは少しも疑わなかった。これはもうデボラがいる限り、彼を手に入れることは難しいだろう。それであの女を殺そうと思ったんです』
クロエはルディを手に入れるために、私を殺すつもりだった。
だったら、どうして父を殺したのだろう?
そのせいで私とルディは結婚してしまったのに。
その疑問に対する彼女の答えは――
『本当はすぐにでもデボラを排除したかったんですけど、ふと閃いたんですよね。現時点で二人がデキているなら、いっそ結婚させて子どもを作らせれば、ルディオンはただのハイスぺイケメンじゃなく、イヴルハイド公爵になるんだな。それから奪ったほうがお得だなって』
ルディから伝え聞いた彼女の発想に心底ゾッとした。
私を狙うだけなら、まだ嫉妬ゆえの殺意だと分かる。
でもルディを公爵にするために、なんの恨みもない父を殺したなんて。少しも躊躇いは感じなかったのだろうかと、信じられない気持ちだった。
取り調べの担当者たちも、私と同様の疑問を持ち、彼女に問いただしたそうだ。
けれどクロエは少しの罪悪感も見せずに、こう答えたと言う。
『あなたたちには分からないでしょうけど、デボラも公爵も原作で死ぬキャラなんですよ。死ぬために生まれたキャラを殺したところで、別に悪くなくないですか?』
ルディから彼女の証言を聞いた私は、恐怖に震えながら問い返す。
「ク、クロエは本当にそんなことを言ったの? お父様は原作でも死ぬキャラだから殺しても構わないって?」
「姉上には信じがたいでしょうが、彼女には普通の人間のような良心や罪悪感は無いようですよ。だからこれから死にゆくあなたにも、最後まで嘘という名の毒を注ぎ込んだ」
嘘という名の毒とは『ルディと結婚する』とか『彼は私を疎んでいた』などのことらしい。
どうして彼女が後は死ぬだけの人間に、そんな嘘をついたのかというと、
『だって気に入らなかったんです、あの女。そばかす面の無能のくせに、いつもヒロイン気取りで。自分がいちばんルディオンを分かっているみたいな顔をして。だから最後に徹底的に絶望させてやりたかったんです。それにあの時は本気で彼と一緒になるつもりでしたから』
と万が一のためにルディを黒幕に見せかけるとかじゃなく、本当にただ私を傷つけるためだけに、そんな嘘をついたそうだ。
普通なら私を殺したところで、ルディがクロエを好きになるとは限らない。けれど彼女は、この世界を本来は自分がヒロインの異世界恋愛ものだと思い込んでいた。だから私という異物を消せば、彼は自然に自分を愛するようになると考えたのかもしれない。




