結婚後の変化
結婚後しばらくは幸せな時が続いた。彼はやはり好きや愛しているとは言ってくれなかったけど、羞恥で顔が熱くなるほど甘やかな戯れをたくさんしてくれた。
魔力の属性が反対だと子宝に恵まれにくいそうだけど、幸運にも結婚から五年後。顔立ちはルディ似で、瞳と髪の色はデボラ譲りの女の子を授かった。
この体はデボラのものだから、私と血が繋がっているわけではない。でもこの子を身ごもっていた時の体の辛さや産みの痛みは私のものだ。だからやっぱり我が子として例えようもなく愛おしかった。
愛する人の面影を持つ子を授かったことで、ルディとの絆もいっそう強くなった気がした。
彼ももしかしたら、そうだったのだろうか?
生まれたばかりの娘を見たルディは「……すごい」と目に涙を浮かべて、
「僕に家族をくれてありがとう」
掠れた声で感謝を告げると、ベッドに横たわる私の手を強く握って、
「何があっても、あなたとこの子は僕が一生護ります」
それこそ光が溢れるような笑顔で誓ってくれた。
私が相手ではルディの心は一生暗いまま、手放しの幸せは得られないと思っていた。でも娘のクレアが生まれた日、私たちは確かに夢のような眩しい幸福に包まれていた。
私の想像とは違うけど、ルディはようやく幸せになれたのかも。私だけじゃなく彼も幸せなら、結ばれて良かったのかもと。
ようやく彼との関係を肯定できたのも束の間――
「デボラ様。浮かない顔ですけど、大丈夫ですか?」
「ゴメンなさい。暗い顔をしちゃって」
お茶を持って来てくれたクロエに、力なく微笑み返す。
クロエはクレアの妊娠中にイヴルハイド家を訪ねて来て、けっきょくうちで雇うことになった。
クロエの雇用に関してルディは渋い顔だったけど、私は彼女のことがずっと気がかりだった。
原作ではルディオンに殺されたクロエの未来は、よくも悪くも白紙。
異世界恋愛もののヒロインとして幸せになるために生まれたわけじゃない彼女には、闇魔法に天涯孤独と不利な要素が多すぎる。
クロエには安全な環境で、ゆっくり自分の幸せを見つけて欲しい。だから彼女が変な遠慮をしないで私を頼ってくれて、むしろ良かった。
クラシカルなメイド姿が可愛いクロエは、心配に顔を曇らせながら尋ねる。
「もしかしてルディオン様のことですか?」
「ええ。クレアが生まれた後も寝室が別々のままなのは、どうしてかなって。言葉や態度も前より素っ気ない気がして……」
ルディと寝室を別にしたのは妊娠が分かった時。
『ダメだと分かっていても、一緒に寝るとつい手を出してしまいそうなので。出産が無事に終わるまでは寝室を別にしましょう』
そんな理由から別々に寝るようになった。
でもクレアが生まれてから三か月経っても寝室は別のまま。夫婦としての特別な触れ合いどころか、キスやハグなど日常のスキンシップも、あまりしてくれなくなった。
以前のルディはクールな顔に似合わず、くっつきたがりの甘えん坊だったので、落差がとても気になる。
彼はもう私に飽きてしまったのだろうか?
冷静に考えれば、ルディと初めて関係を持ったのは私が十六の時。あれから八年も経ち、間に妊娠と出産も挟んだのだから、飽きられて当然なのかもしれない。
「ルディオンとは長い付き合いだから、もう女としては飽きられてしまったのかもしれないわね」
結婚が早かったので、私はまだ二十四歳でルディは二十三歳だ。
若い内から異性としての関心を失くされるのは寂しいけど、もともと彼は恋愛感情では無いようだった。
今はクレアもいるし、これからは家族として付き合っていこうと思い直そうとした矢先。
「単なる飽きならいいんですけど……」
ボソッと言い出すクロエに、「ど、どういう意味?」と戸惑いながら聞き返す。
すると彼女は少し言いにくそうに、自らの懸念を語った。
「いえ、お嬢様が生まれた途端、態度が変わったのだとしたら少し気になって。デボラ様がルディオン様に愛されていないとは思いたくないですけど、婚約の時にも色々な噂がありましたから。もしかしたら子どもが生まれて立場が盤石になったから態度が……」
彼女の言わんとすることを理解した私は「クロエ」と、あえてその先を遮る。
「彼が私を愛しているかは別として、公爵の座目当てに結婚したというのは誤解よ。現にルディオンは当主になってからも、その権力や財産を私的に利用することはしていないわ」
ルディは申し訳なくなるほど完璧に、領主の仕事を果たしてくれている。
それに反して、あまり物欲は無いのか何も欲しがらない。
領民が苦しむほどの重税を課しての贅沢三昧では困るが、領主だって立派な仕事。報酬はもらってもいいのにと、
『遠慮しないで、あなたが欲しいものをなんでも買っていいのよ?』
と勧めた時も、彼の返事はこうだった。
『僕が領主になったのは、あなたを手に入れるためなので。報酬が必要だと思うなら、姉上が支払ってください』
日常のありとあらゆるやり取りを、そういう方面に持って行かれていた頃を思い出して少し赤くなる。
そういう意味では私が報酬だったらしいのに、今は何を癒しとしているんだろう?
自分から離れた割に、ルディの雰囲気は日ごとにピリついている気がする。私じゃもう癒せないのだとしたら、何かいい気晴らしを見つけてくれればいいけど、ストレスで体を壊さないか心配だ。
つい考え込んでしまう私に、クロエは笑顔で声をかける。
「デボラ様はルディオン様を信じていらっしゃるんですね」
「信じているというか、知っているというか……彼はとても純粋な人だから。仮に誰かを裏切るとしても、それは地位や富のためではないわ」
ずっとデボラに苦しめられてきたルディオンが復讐鬼になったのは、お姉さんが無残に殺されたせい。
自分を迎えに来てくれたお姉さんは再び彼の家族になり、その唯一の繋がりを破壊されたからルディオンは殺人に走った。
クールに見えて並外れて情が深いのだろう。その情の先にいる誰かとの関係が壊れたら狂ってしまうほどに。
その危ういほどの想いの強さが私にはとても純粋に見える。だから彼の人間性が誤解されるのは嫌だった。
私の返答に、クロエはニッコリして言う。
「そうですか。そのデボラ様の愛と信頼が裏切られることが無いように願っています」
「あ、ありがとう?」
この時の彼女の物言いに、少し違和感を覚えた。




