恋の自覚
周囲の反応は気になるものの、ルディの意向で卒業記念の夜会に出席した。
普段は下ろしている前髪を上げて、次期公爵に相応しい正装をしたルディの姿に会場中の女性が釘付けになった。
彼の姉も『傾国の美貌』と謳われるほどの美女だったけど、ルディは単に見目が麗しいだけじゃない。
前当主を暗殺し、一人娘の私を篭絡して公爵家を乗っ取ったという黒い噂。普段の冷静さからは想像もできない狂気と紙一重の激情。それらは人が他者に求める安心感や善良さとはかけ離れた要素だが、闇は時に光よりも強烈に人を魅了する。
その危うい雰囲気がルディの美しさや有能さと相まって、その他の貴公子たちを霞ませるほど圧倒的な存在感となっていた。
そんな彼と違って、外見内面ともに特筆すべきところのない私には、
「利害による結婚は貴族にとって当たり前だけど……」
「それにしたって、あまりにも……」
「本人は何も思わないのかしら……?」
要するに「ルディとは不釣り合いだ」という視線と感想が突き刺さった。
普通はめいっぱい着飾るべき場面だけど、肌荒れしやすい体質なのでメイクはできなかった。
あまり華美な服装にすると顔だけ浮いてしまうので、あえて控えめな装いを選んだものの、公爵令嬢として恥になるほどではない。
ただ、それは他に比べるものがなければの話。私一人なら、或いは他の男性がパートナーなら、ここまで悪目立ちはしなかっただろう。それがルディというとびきりの美男子の隣だと、地味を通り越してみすぼらしく見えるらしい。
後でどれだけ肌が荒れたって、今日だけはメイクをするべきだったと深く後悔する。
周囲の視線がチクチク刺さって、恥ずかしくて居た堪れなくて逃げたかった。
けれどダンス中、私の顔色に気づいてか、ルディが耳元で囁く。
「周りの声なんて聞かないで。僕だけ見てください」
しかし、それは余裕ゆえの助言ではないようで、
「見目のせいで姉上に疎まれたくありません」
予想外の言葉にハッと顔を上げると、アクアマリンのような瞳が不安に揺れていた。
実のお姉さんに捨てられたルディは、私にも同じ仕打ちを受けるんじゃないかと酷く恐れている。
私が居心地悪そうにしていたら不安になって当たり前だ。
それに気づいた私は、繋いだ手に力を込めて断言する。
「ルディを疎むはずないわ。あなたはいつだって私のいちばんの自慢よ」
なんで他人の思惑なんて気にしていたのだろう。私が気にかけるべきは目の前の彼なのに。
私は内心で自分の弱さを叱ると、改めてルディに目を向ける。
「その正装もとても似合っていて、まるで王子様みたい。こんなに素敵な人が私の婚約者でエスコートしてもらえるなんて、夢みたいに幸せだわ」
明るく笑いかけると、彼は安堵したのか頬を緩めた。
「……あなただってドレスが似合っていて、まるでお姫様みたいに素敵ですよ」
「それは流石に、お世辞がすぎるわ」
赤くなって否定するも、ルディは珍しく澄んだ微笑みで告げる。
「僕の目は形ではなく本質を見るので。僕の目にはいつもあなたの笑顔が、いちばん眩しく映るんです」
その言葉がその場限りのお世辞ではなかったことを、私は一年後に知る。それはルディが十八になって、すぐに挙げた結婚式でのこと。
これから誓いの儀式をしに、招待客の待つ式場に入る前。扉の前でルディの花婿姿を見た私は、そのあまりの麗しさに息を呑むと同時に一気に自信を失った。
「……ゴメンね。あなたはそんなに素敵なのに、私はあんまり綺麗じゃなくて」
純白の婚礼衣装に身を包んだルディは、乙女が思い描く理想の王子様そのものだった。
対する私は卒業記念の夜会での後悔から、『後で肌荒れしてもいいから今日だけは』と、いつもはしないメイクを施してもらった。
侍女さんたちと相談して、これが最良だと決めたドレスに髪型にメイク。今日の私は多分、この肉体で望めるいちばん美しい姿をしている。
それでもルディの隣に立てば、メイクでは誤魔化し切れない粗が目立つ。けっきょく私は不釣り合いで、彼に恥をかかせてしまうと申し訳なかった。
ところが自分を卑下する私に、ルディは不機嫌に返す。
「人の花嫁を侮辱しないでくれますか? いくら姉上でも僕の趣味にケチをつけるのは許しません」
「ル、ルディの趣味にケチをつけたつもりは……」
弁解する私に、彼は尚も怒る。
「前に言ったでしょう。僕にはあなたがいちばん美しく見えると。それを綺麗じゃないと言うなら僕の感性に対する否定です」
「ほ、本気で言っているの? 私がいちばん綺麗だなんて」
髪や肌や体型に最大限気をつけても、私は普通止まりなので、きっとお世辞だと受け止めていた。
ところが彼は真剣な顔で、
「正直姿かたちだけなら、あなたより整った人はいくらでもいるでしょう。でも目に映る姿なんて僕にはどうだっていい」
そう強く言い切ると、私の胸元に手を当てて続ける。
「この中にある綺麗な光が内側から溢れるみたいに、僕にはあなたがとても美しく見えるんです」
「笑っていると特に」と。お世辞や口説き文句ではなく、ただ本当に感じたままを述べるように言った。
その一言は、いつも彼の思わせぶりな言動を真に受けてはいけないと言い聞かせていた私の心を、真っすぐに貫いた。
「なんで泣くんですか?」
「ゴメンなさい。すごく嬉しくて」
堪え切れず涙する私を、ルディは静かに見下ろして再び口を開く。
「恐らく周りは一生、僕が公爵の座欲しさに姉上と結婚したと見るでしょうけど、あなただけは信じないでください」
そして私の頬に手を添えて顔を上げさせると、奥底にあるものを覗き込もうとするようにジッと瞳を見つめながら、
「僕が欲しいのはあなたの中にある、この美しい光だけです」
この時、公爵家のデボラではない本当の私を、ルディが見つけてくれた気がした。
それと同時に彼を本の中の悲劇の主人公でも守るべき子どもでもなく、一人の異性として愛している自分に気づいた。




