黒い噂
父が殺された後、私は分家の人たちの勧めでルディと婚約した。
貴族のスキャンダルに詳しい者は、彼の姉が父を裏切って逃げたことを知っている。
そのルディが公爵の死後、一人娘の私と婚約した。
分家の人たちが父の暗殺を疑ったように、周囲は私たちの婚約に何か裏があるんじゃないかと怪しんでいる様子だ。
普通なら世間の注目を浴びないように、なるべく身を慎んでいるべきところ、ルディはこんな提案をした。
「えっ、卒業記念の夜会に出たいの?」
「はい。義弟ではなく婚約者として、姉上と夜会に出たいです」
王立学園では卒業祝いに、卒業生を中心としたダンスパーティーが開かれる。
いちおう参加は自由だけど、こういう大きな催しに参加しないと、
『社交性がない』
『ドレスや正装を用意できないほど貧しい』
『パートナーが見つからないほど魅力がない』
などのマイナスイメージを持たれる。
逆に言えば、自慢の婚約者やら衣装やらを見せつけたい人はノリノリで参加するようだ。よって婚約者や恋人のいる生徒は、ほぼ百パーセント参加する行事ではあるらしい。
でも普通のカップルとはいえない私たちは、それに当てはまらない。
「なんでそんな関係を誇示するようなことを。ただでさえ、あなたは私と婚約してから周囲に白い目で見られているのに。きっと居心地の悪い思いをするわ」
「他人にどう思われようと構いません」
そう言い切る彼は無表情で本当にへっちゃらそうだ。
しかし私は心配に顔を曇らせて説得を続ける。
「私はあなたが父を暗殺したんじゃないかとか、公爵の座欲しさに身売りしたとか思われるのは悲しいわ」
これまでルディは異性にとても人気だった。けれど私と婚約してからは、
『超然としたところに憧れていましたのに、公爵の座目当てに好きでもない女性と結婚するなんて、意外と俗っぽい方でしたのね』
などと憧れが大きかった分、幻滅されている。
ところが本人はそれもどうでもいいらしく、冷静に指摘する。
「ですが、夜会に参加しなかったらしなかったで『後ろ暗いところがあるから人前に出なかった』と勘ぐられる可能性もあるのでは?」
「うぅ。どっちを選んでも地獄」
頭を抱える私に、ルディはマイペースにおねだりを続ける。
「どちらも地獄なら、僕はせめて姉上と踊りたいです」
「そんなにダンスが好きなの?」
「あなたのパートナーとして踊れるなら」
彼は蠱惑的に微笑みながら、私の髪をさらりと掬った。ただの姉にはしない明らかに誘惑的な仕草。
私は彼の媚態に赤くなってアワアワしながら注意する。
「ル、ルディ。こんなところ、もし人に見られたら、あなたが私を誑かしていると思われるわ」
ところがルディは笑みを深めると、逆に身を寄せてくる。
「じゃあ、もっとくっつかないと。僕が疑われるのは構いませんが、姉上が悪く思われるのは不愉快ですから」
父の死後。義弟から婚約者になったルディは、こうして前にもまして私にくっつき、意味深に迫るようになった。
それは二人きりの時だけでなく人目のある場所でも。手を繋いで指を絡めたり、髪を撫でたり、密やかに耳に囁いたり。公共の場でもギリ咎められない甘やかな戯れを、まるで周囲に見せつけるようにしてくる。
滴るような彼の色香に、私だけでなく通りすがりの女子生徒も「はわわ」と赤くなる。
そんなルディの振る舞いによって、この婚約は私が彼に無理強いしたのではなく、彼が私を誑かした結果だと思われていた。
私は金と権力でルディを無理やりものにした悪女ではなく、世間知らずの愚かなお嬢様。
父の暗殺についても、やったとしたら私ではなくルディだろうと噂されていた。
彼は私を悪いイメージから守ろうとして、こんなにくっついてくるのかな?
だとしたら無理しないで欲しかったが、私の懸念に彼はこう答える。
「僕はただ姉上と特別な関係であることを周囲に知らしめたいだけなので、深刻に取らないでください」
「な、なんでそんなことを知らしめたいの?」
戸惑う私に、彼は蕩けそうな微笑みで告げる。
「自分でもうまく説明できませんが、僕はあなたのもので、あなたは僕のものであることを、世界中が知ればいいと思うんです」
「ぴぇ……」
私は一生を捧げてもいいと思うほど、ルディを愛している。だからこそ日ごとに増していく甘さが恥ずかしくて、たまに逃げたくなってしまう。




