あなたを手放すくらいなら
私はルディの未来を諦められずに説得を試みる。
「それで私と結婚したとして、あなたは本当にいいの? 自分自身がやりたいことや、もっと心から愛せる人と結ばれるかもしれない未来をふいにして」
もし私が彼なら公爵家にも過去の因縁にも縛られたくない。ルディには大きな才能があり、いくらでも自由に羽ばたき、なんでも得られるのだから。
自分自身の夢と心から愛せる人を見つけて、日の当たる世界で幸福に生きる。そんな未来がルディにはあるはずで、私はそれを選んで欲しかった。
けれど彼自身は少しも迷わずに、
「何度言わせれば気が済むんですか? 僕には姉上が言うような輝かしい未来はありません。仮にそんな可能性があったとしても、あなたを手放すくらいならどんな未来も要らない」
痛いくらいに私の手首を掴むと、怖い顔で言い切った。
「な、なんでそこまで……」
激情に圧されて怯む私に、ルディは表情を隠すように俯いて呟く。
「……だって僕をグチャグチャにした責任を一生取ってくれる約束じゃないですか。僕はその約束以外、何も欲しくないんです」
そして顔を上げると刺すような目で、また決断を迫る。
「ですから、この場で改めて誓ってください。一生僕といるか、本当は一生なんて嘘だ。無責任な約束だったと正直に認めるか」
全て嘘だったなんて本当は聞きたくないくせに。
潔癖な彼は偽りを許せなくて、それが自分の心をバラバラにするとしても、真実を求めてしまう。
それが分かったから、
「あなたが幸せになるまで、傍にいると誓ったのは嘘じゃないわ」
自分から彼に近づくと、そっと抱き寄せて再び約束する。
「私はあなたに幸せになって欲しかったけど、それができないなら、せめて一生あなたの望むとおりにするわ」
ルディは大人しく私に抱かれながら掠れた声で呟く。
「……僕を宥めようと調子を合わせているだけなら、やめたほうがいいですよ。僕の一生は、本当に一生ですから。僕は死ぬまで、あなたを離さないから」
脅しのつもりなのだろうか? ルディにいちばんの幸福をあげられなかったことに少し悔いは残るけど、覚悟を決めた私にとって、もう一生の約束は少しも怖くない。
「それで構わないわ。いちばんの幸せじゃなくても、せめてあなたを孤独にしないで済むなら」
心からの笑顔で答える私を、ルディはジッと見つめた末にポツリと切り出す。
「……姉上は運がいいですね」
「えっ?」
キョトンとする私を、彼は穏やかな微笑みで見下ろして、ある事実を告げる。
「僕はずっと離れて姉上の様子を窺っていたんです。あなたがあの日の約束を、ちゃんと果たしてくれるのか、僕が離れたのをいいことに僕の不幸を無視して、公爵の言いなりに結婚するのかと」
そして秘密を打ち明けるように私の耳に唇を寄せる。
「他の男と結婚して僕を捨てるなら、殺してやろうと思っていました。あなたを殺して、僕も死のうと」
単に失望して離れたのではなく、彼は私を試していたそうだ。裏切ったら即心中するつもりで。
とんでもないネタばらしを食らって凍りつく私に、ルディはニコッとして言う。
「だから良かったですね、公爵が死んで問題が簡単になって。じゃなきゃ今ごろ僕たち、きっとどちらも死んでいますから」
内容の重さとは真逆に、彼の物言いは軽かった。まるで自分はそれでも構わなかったとでも言うように。
最後にルディは満ち足りた顔で、きつく私を抱き締める。
「これでようやく全部僕のものだ。後で嫌だと言っても、もう絶対に離しませんから」
彼が私を殺すつもりだったと聞いてヒヤッとした反面、不思議な安堵を覚えていた。
なぜなら、その場合は私だけじゃなく彼も死んでいたのだから。どんな未来だって死よりはまだ希望が持てる。
『あなたを手放すくらいならどんな未来も要らない』
『僕はその約束以外、何も欲しくないんです』
どう考えても彼の望みは暗く歪んでいて健全ではない。
それでも彼自身がどんな幸せより、ただ約束が果たされることを望むなら、二度とルディに裏切りを味わわせない。それだけのために、ずっと傍にいようと決意した。




