突然の凶事
他の生徒たちから遅れること一週間。
ルディと気まずく馬車に揺られて帰省した私たちを待ち受けていたのは、信じられない凶報だった。
「……えっ? い、今なんて言ったの?」
思いもよらない知らせに呆然とする私に、執事のおじいさんは今一度告げる。
「ですから旦那様が三日前に、何者かに襲われてお亡くなりになったのです」
父が殺されたと聞いて思わずルディを見る。
原作では彼が最後に自死に見せかけて父を殺した。しかしルディは今、何日もかけて私と一緒にこの屋敷に着いたばかり。学園からはるか遠くにあるイヴルハイド家にいた父を殺せるはずがない。
「何者かに襲われたって、この屋敷で? むざむざ当主を殺されるなんて、警備は何をしていたんですか?」
ルディの質問で、使用人さんたちから犯行時の詳しい状況を聞かされる。
父が殺されたのは三日前の夜。主寝室から恐ろしい断末魔が聞こえた。
警備の人間が慌てて主寝室に向かう。部屋は内側から鍵がかけられていたが、外から呼び掛けても返事が無いので扉を破って侵入した。
父はベッドの上で、何者かに胸を刺されて死んでいたと言う。
抵抗する余裕もなく襲われたのか争った形跡はなく、父の刺殺に使われた凶器も発見されなかったそうだ。
「犯人は窓から侵入し立ち去ったのか、現場の窓が開いていました」
「夏だから窓を開けて寝ていたんでしょうか?」
ルディの推測に、私は首をひねりながら返す。
「でもうちは水の魔法石を置いているから、夏でもさほど暑くないし、窓を開けたらむしろ冷気が逃げてしまいそうだけど」
この世界の富裕層はエアコンの代わりに、火や水の魔力を込めた魔法石を使っている。
魔力が少しずつ放出されるように作られた魔法石は、火の魔力を込めれば熱気が、水の魔力を込めれば冷気が出る。
今は夏場なので例年どおりなら、家人の個室と応接間に加えて食品貯蔵庫を水の魔法石で冷やしているはずだ。
「ですが旦那様は用心のために、いつも寝室の鍵をかけて眠っていらっしゃいました。屋敷内は夜でも人の行き来がありますし、誰も犯人を見ていないということは、やはり窓から侵入したとしか考えられないかと」
「誰も犯人を見ていないって。賊が侵入しそうなポイントは警備が見張っていたでしょうに」
ルディの言うとおり、公爵家は屋敷内だけでなく、庭にも見張りの人がいる。父が犬嫌いだったので番犬はいないけど、そのぶん警備の人間を多く雇っている。
加えて他の使用人もいるのだから、夜だとしても誰も見ていないなんてことはなさそうだが、執事のおじいさんは歯切れ悪く答える。
「はい……ですから私どもも本当に不思議で。旦那様が最期の悲鳴を上げられるまで誰も異変に気づかなかったなんて、まるで悪夢としか」
とにかく確かなのは、父が何者かに殺されたということ。私とルディはまだ学生なので、イヴルハイドの分家の人が事件を調査することになった。
彼らが真っ先に容疑者として疑った人物は――
「そんな。私かルディオンが、お父様を殺したとおっしゃるんですか?」
かつては父が使っていた書斎で、私は分家の人から身に覚えのない嫌疑をかけられた。
「我々としても親を失ったばかりの子を疑いたくはないが、使用人たちが言っていた。君のお父上が殺された心当たりについて『旦那様はデボラ様とルディオン様の処遇について長く揉めていました』と」
四十歳ほどの分家の男性は、やや軽薄な口調で指摘する。
「さらに最近は疎遠になっていたようだが、君たちは男女の仲だったそうじゃないか」
ついに屋敷の人以外にまで関係を知られて私は赤くなった。
「だが、君のお父上はかつて自分を裏切った妻の弟であるルディオン君を嫌い、絶対に結婚してはならないと禁じていた。ルディオン君と結婚するために、もしくは彼が君と結婚し、公爵の座を手に入れるために障害であるお父上を殺した。これがいちばん分かりやすい説ではある」
本家の醜聞か、それとも探偵役が面白いのか、分家の男性は微笑みながら言った。
ただ客観的に考えれば、彼の見立ては確かに正しい。それでも私やルディが父を殺害することは物理的に不可能だ。
だから私は毅然と答える。
「疑うなら納得が行くまで、お調べになってください。お父様が殺された時刻、私とルディオンは家に帰る途中でした。仮に人にやらせたとすれば、ルディオンには人を雇えるほどのお金はありませんから、私のほうに怪しいお金の動きがあるはずです」
けっきょく分家の人たちは人を雇った形跡がないか、私だけじゃなくルディまで徹底的に調べさせたらしい。しかし当然ながら何も出なかった。
本人のアリバイに関してはさらに鉄壁だ。迎えの従者さんの他にも、私の世話をしてくれた侍女さんがアリバイを証言してくれる。また途中の宿にも宿泊者名簿にサインが残っていた。
いちおう使用人たちも調べられたが、父とトラブルがあったとか誰かに買収されたなど、動機になりそうな点は見つからなかった。




