崩壊する関係
ルディが幸せになるまで傍にいたいと願っていた。
しかし私には、それを果たすだけの時間も残されていなかった。
それを思い知らされたのは、最終学年への進級を控えた春期休暇。
実家に戻ると、父は珍しく私だけでなくルディも呼び出した。
「お前たちもいよいよ最終学年だな。デボラは卒業後、イヴルハイド家に相応しい誰かを選び結婚することになるが、お前はどうするつもりだ?」
「学園の先生方からは騎士か宮廷魔術師を目指したらどうかと勧められていますが、具体的にはまだ」
淡々と答えるルディに、父は眉をひそめながら一方的に通達する。
「国に仕えるにしろ、どこかに婿入りするにしろ、この家がお前に援助するのは卒業までだ。その後はイヴルハイド家の籍から抜け、屋敷も出てもらう。無論、デボラとは二度と関わるな。分かったな?」
その非情な宣告に、私は思わず抗議する。
「お、お父様。ルディオンは学年的には私と同じでも皆より一つ年下なのに。未成年の子にいきなり卒業したら家を出ろなんて」
「じゃあ、お前は家にコイツを置いたまま他の男と見合いするつもりか? ただの義弟ならまだしも体の関係を持っておきながら。それとも結婚後もコイツを愛人として囲うつもりか?」
「そ、それは……」
ずっと目を逸らしていた問題を指摘されて言葉に詰まる。
その隙に父は厳しい発言を続ける。
「一度養子にした以上、コイツが一人前になるまで援助することには同意したが、これ以上はダメだ。私を裏切ったばかりか盗みまで働いた女の弟に、今度は家ごと乗っ取られるなんて冗談じゃない」
父はさらに容赦なく、こう命じた。
「間違ってもコイツを愛しているとか、結婚したいなどとは言うな。分かったな?」
ルディを家から追い出すなんて受け入れがたいけど、客観的に考えて正しいのは父だ。男女の関係になってしまった相手を、結婚後も傍に置いていいはずがない。
だから彼が幸せを見つけられるまで結婚する気はなかった。でも結婚と違って出産は時期を逃したらできなくなる。だから、ずっとルディが立ち直るのを待つことはできない。
父の言うとおり、卒業したらすぐに見合いをして結婚するべきだろう。
それでも父の書斎を出た後。
「……姉上は公爵の言うとおり、卒業したら僕を捨てて他の男と結婚するんですか?」
乾いた声で尋ねるルディに、私は悲痛な思いで答える。
「あなたを捨てるなんて。私はあなたが大丈夫になるまで一緒にいたいわ」
せめて彼の門出を見届けるまでは、他に大事な人を作らないまま傍にいたい。
ルディが納得しないうちに縁を切るつもりは無いと伝えたつもりが、彼の返事はこうだった。
「昔、言いましたよね。僕が大丈夫になる日なんて来ないと。だからあなたが僕が幸せになるまで傍にいると言うなら、それは一生だと」
彼は本当に、私を一生傍に置きたいのだろうか?
それは私だけでなく彼自身の人生も縛ることになるのに。
「でもお父様のおっしゃるとおり、あなたとの関係を続けながら、他の男性と結婚するなんてことは……」
言いよどむ私に、ルディはこう畳みかける。
「じゃあ、僕がいなくなれば、姉上は他の男と結婚するんですか? 僕なんて最初からいなかったみたいに全て忘れて、他の男の子どもを産むんですか?」
「私だって愛してもいない人と結婚なんてしたくない。できれば、ずっとあなたといたいけど……」
公爵家の一人娘として結婚しないなんて選択肢は無い。なぜなら普通の家と違って、伯爵家以上の貴族には治めるべき土地と民がいる。
本家の血筋が途絶えたって、分家が継げばいいと思われるかもしれない。
でも亡き両親の代わりに叔母夫婦が代理の当主になったルディの家は、五年で財を食いつぶされて没落した。
誰だって権利に見合わない責任は負いたくない。だから権力者ほどより大きな見返りを欲して腐敗していく。
そういう権力者の身勝手な行いによって、普通の人の暮らしや安全が脅かされる仕組みは現代にもあった。そして私は無力な民の一人として、徐々に奪われていく当たり前の日常に胸を痛めていた。
だから公爵家の一人娘として、その次なる権力者を決める立場になったからには、よき領主となる人を選び跡継ぎを産むとともに、夫と子が道を違わないように見守る義務がある。
たとえ私自身は、このままルディといたいと望んでいても。
個人的な願いと、貴族の娘としての務め。頭の固い私には、すでに公爵令嬢としてたくさんの恩恵を受けながら、自分の都合で責任だけ放棄していいとは思えない。
そんなどっちつかずな私の態度を、ルディは容赦なく切り捨てる。
「『けど』は前言を打ち消す言葉ですよ。要するにダメってことですね」
「卒業までまだ一年あるわ。その間、あなたのためにできることはなんでもするから」
「ありません。もうあなたにして欲しいことは何も」
ルディは氷のように硬く心を閉ざすと、皮肉な微笑みで告げる。
「どうぞ安心して誰とでも結婚してください、姉上」
それから彼は今までが嘘のように私に構わなくなった。
春期休暇が終わり新学期がはじまっても、休日だけでなく学園で昼食をともにすることさえなくなった。
いっそ彼が私から離れて、友人なり恋人なりと笑い合っているなら良かった。
だけどルディは、ただ独りになった。
たまに学園の廊下ですれ違うと、憎悪の目で睨まれる。お前のせいで自分は不幸だと言わんばかりに。
私がまたルディを孤独にしたのか。
中庭のベンチに腰掛けて独り俯いていると、
「デボラ様」
懐かしい声に顔を上げる。そこには長い間、疎遠になっていたクロエがいた。
「すみません。もうデボラ様には近づかないと誓ったのに。でも最近いつもお一人だから、どうしたのかと気になって」
それから私たちは人通りのない場所に移動して、事情を説明した。
「えっ? デボラ様のお父様が、ルディオン様に卒業したら家を出ろと?」
驚くクロエに、私は「ええ」と憂い顔で続ける。
「それと私には卒業後すぐに見合いをして、誰かと結婚するようにと。それでなんだか関係がおかしくなってしまって」
「それはやっぱりデボラ様がお好きだから?」
クロエの指摘を、私は反射的に否定する。
「そ、そういうわけじゃなくて……私があまりにあの子を構うから。たとえ政略結婚でも、血の繋がらない弟を傍に置くのは、夫となる人に失礼だろうと」
「なるほど……」
嘘をついて悪いけど、ルディとの不健全な関係をそのまま語ることはできなかった。
クロエは少しの沈黙の後、困り顔で口を開く。
「何かいいアドバイスができたら良かったんですが……家のために好きでもない人と結婚しなくちゃいけないとか、庶民の私には未知の問題すぎて。何も言えなくて、すみません」
クロエは謝るが、私は彼女と話して少し気が楽になった。
「ううん。久しぶりに、あなたと話せて良かった。心配してくれて、ありがとう」
ただ時間だけが過ぎて夏期休暇になった。ほとんどの生徒は学園が休みになると同時に、それぞれの故郷に戻る。
しかし寮自体は長期休暇が始まってから一週間はいられる。
また父に会ったら今度は何を言われるか。そんな気の重さから、寮が閉まるギリギリまで私とルディは帰省を延期した。




