帰り道
「ところで姉上は、あの人にも誓っていましたね。僕を幸せにするって」
ルディの指摘に、そこまで聞かれていたのかと、私は気まずく謝る。
正確には「幸せになれるまで、きっと護ります」だけど、意気込みとしては似たようなものだ。
「ゴ、ゴメンね? 簡単に幸せにできると思っているわけじゃないんだけど、それでもあなたのために何かしたくて」
どちらにしろ、ルディを幸せにしたいなんて傲慢な望みかもしれない。他人が簡単に変えられるほど人の心は単純じゃないし、ルディの境遇なら尚更だ。
ところが小さくなる私に、彼は予想外の返事をする。
「姉上が僕を幸せにするなんて恐ろしく簡単ですよ」
「そ、そう? どうしたら幸せなの?」
ルディ自身が『こうすれば幸せ』と思うことがあって、私にそれができるなら、どんなことでもしてあげたい。
しかし無防備に尋ねる私の耳に、彼は蠱惑的に囁く。
「今からでもいつもの宿に行って、たっぷり甘えさせてもらえれば、僕はそれだけで幸せです」
遠回しなおねだりに、私は「ぴっ!?」と軽く飛び上がる。
「きょ、今日はもうそういうことはしないんじゃ?」
私の問いに、ルディは真顔で答える。
「そのつもりでしたけど、姉上が自分からついて来たので。じゃあ、帰りに行けるなと」
久しぶりに再会した姉との深刻な話し合いの裏で、ルディがそんなことを考えていたとは。
彼に冷たく責め立てられて泣いていたお姉さんを思い出して、とても申し訳ない気持ちになる。
「ダメですか? 今日は嫌な人に会って疲れたから、姉上に癒されたいです」
しかし、いざルディに眉を下げてお願いされると――
「ダ、ダメじゃないです……」
すごく恥ずかしいけど、トラウマの原因であるお姉さんと会って精神的に消耗したのは本当だろうし、それで彼が癒されるなら、たくさん甘えさせてあげたい。
しかしルディに手を引かれて歩き出すと、足首に刺すような痛みが走った。
「痛っ……」
思わず声を上げる私に、ルディが足を止めて振り返る。
「もしかして足を痛めたんですか?」
「ええ、ちょっと。靴が合わなかったみたいで」
苦笑いで答えると、彼は痛ましそうに顔を曇らせる。
「すみません。姉上が尾行しやすいように、もっとゆっくり歩くべきでした」
「そ、そんな配慮をされるのもちょっと」
彼なりの優しさかもしれないけど、尾行を容認されるのはやっぱりおかしい気がして、素直に受け入れられなかった。
そんな私に、ルディは背を向けてしゃがみ込む。
「今日はもう帰りましょう。乗ってください」
「い、いいの? 宿に行かなくて」
「足を痛めている人に無理をさせるほど、ケダモノじゃありません」
呆れ顔をする彼に、私はしゅんと謝る。
「ゴ、ゴメンね? 我慢させちゃって」
足が痛いなんて言わなければ良かった。
反省する私に、ルディは「姉上」と呼びかける。
苦言を呈する時の語調だと、私はビクッとしながら「な、何?」と問い返す。
けれど彼が少し怖い顔で告げた言葉は、またも想像とは違っていた。
「体調が悪い時くらい気を遣わないでください。僕はあなたの全部が欲しいけど、苦しめたいわけじゃありません」
「あ、ありがとう」
ルディはあの行為を過去の仕返しのように言う。加害者である私に拒む権利は無いのだと。
だけど本当は私の心や体を傷つけないように配慮してくれている。だから私はルディとの触れ合いを、嫌だと思ったことが無いのだろう。
それどころか言葉を交わし触れ合うほど、愛しさが募って困る。
私はルディに消えない傷をつけた悪役令嬢。愛されたいなんて望む資格は無いのに。
馬車に揺られながら学園に帰る途中、私はルディにあることを尋ねる。
「そう言えば、どうやってお姉様と会う約束をしたの? 学園は部外者の立ち入りは禁止だし、手紙を出すのも危険そうだけど」
お姉さんは父に見つかることを、とても恐れていた。
だから原作でも学園にルディオンとの面会を求めたり、手紙を出したりしなかった。万が一父が学園に「ルディオンと接触しようとする者がいたら知らせるように」と頼んでいたら困るから。
不思議がる私に、ルディはこう説明する。
「休日の王都には僕たち以外にも、学園の生徒が遊びに行きますから。身なりのいい若者の中から王立学園の生徒を見つけて、僕に手紙を届けるように頼んだようです」
ルディは学園で他の生徒から手紙を受け取った。そこにはやはり身バレを恐れて、場所と日時だけが記されていたそうだ。
「それでよくお姉様からだと分かったわね」
「……中に折り紙で作った花が入っていたんです。それは子どもの頃、あの人がよく作ってくれたものでした」
そう語るルディは無表情だけど、どこか寂しそうだった。
二歳で両親を亡くしたルディにとって、彼女は親代わりでもあるたった一人の肉親。憎しみだけでなく優しい思い出もあるのだろう。
「お姉様と一緒に行かなくて、本当に良かったの?」
恐る恐る問うと、ルディは頑なな態度で答える。
「さっき言ったとおりです。死なれると寝覚めが悪いけど、もう顔も見たくない。姉上も、あの人を姉だなんて言わないでください」
「ゴ、ゴメンね?」
「……ただでは許しません」
「ど、どうしたらいい?」
ルディは隣に座る私の手を取ると、
「……ずっと一緒にいてください。あなただけは決して離れないで」
今は彼のほうが大きいのに、まるで縋るような言葉。
ずっと傍にいる。決して離れない。
そう無条件に誓えたら、どんなに良かっただろう。
けれど実際は、こうとしか答えられなかった。
「……ずっと傍にいるわ。あなたが幸せになるまで」
私と彼は永遠には一緒にいられない。たとえ私が望んでも、父が許さないだろう。
父の反対を押し切るとしたら、私は公爵家を出ることになる。
私が家出しても、誰にも迷惑がかからないならいい。
でも実際は私がいなくなれば、現当主である父は今の地位を失う。そして別の人物が公爵家を継ぎ、領地を統べることになる。
父親の妹夫婦に財産を食いつぶされて、没落したルディと同様。間違った人がその座に着けば、どんな悲劇が起きるか分からない。
私はルディがとても大事だけど、私の家出によって領主が変わることで、罪の無い人たちの生活や安全が脅かされるのは嫌だ。
だから私には、彼が本当の幸せを見つけられるまでという条件付きの約束しかできなかった。




