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心でしか見えないもの

 お姉さんが去った後。


「あなたは本当にお人好しですね」


 聞こえてはならない声に、私は思わず「きゃあああっ!?」とホラー映画のようなリアクションをした。


 真っ青な顔で振り返ると、そこにはまるで悪夢のようにルディが立っていた。


 マズい。勝手にお姉さんと話していたことがバレたら、絶対に怒られる。


「ル、ルディ? えっ、いつからいたの?」


 いつ飛んで来るか分からない言葉のナイフに怯える私に、ルディは意外にも冷静に答える。


「僕を尾行していたようなのに、ついて来ないからおかしいなと店に戻ったんです。そうしたら、あの人を慰めているのが見えたので」

「び、尾行に気づいていたの? いつから?」

「学園を出る前には」


 平然と答えるルディが逆に信じられず私は問い返す。


「そんなに前から? なんで止めなかったの?」

「別に姉上について来られても困りませんし。むしろもっと普段から僕を気にかけるべきだと思っているくらいなので」


 せっかく説明してもらったのに彼の考えがまるで理解できず、私は「そ、そう?」と戸惑いながら、遠慮がちに核心に触れる。


「でも盗み聞きだけでもよくないのに、お姉様と勝手に話して嫌じゃなかった?」

「そうですね。あの人は僕の敵なのに優しく慰めて、いつか僕が会いたくなるかもしれないなんて住所まで聞いて、普通なら怒るところでしょうね」


 ゴメンなさいと謝る前に、ルディは「でも」と話を変える。


「……なぜか怒る気になれません。ただあなたらしいなと思うだけで」


 よく分からないけど、許してくれたのかな? ホッとしたのも束の間、彼はジト目で釘を刺す。


「ですが、僕があの人を許して会いたくなる日なんて絶対に来ませんから。和解は期待しないでください」

「だ、大丈夫。いちおう聞いただけで無理強いするつもりは無いから。それにお姉様も、あなたが独りじゃないと知っただけで、ずいぶんホッとしたみたい」


 ただお姉さんから聞いた住所は、後でルディと共有させてもらおう。本人は嫌がるかもしれないけど、長丁場になりそうだからこそ、ずっと暗記していられる自信が無い。


 そんなことを考えていると、ルディがポツリと口を開く。


「……口止めするまでも無いでしょうけど、あの人の住所を公爵には言わないでください。今日、僕と会ったことも。あの人がしたことを思えば、隠すなんていけないかもしれませんけど……」

「お父様にも誰にも言わないわ。私もあの方に不幸になって欲しくないもの」


 原作どおりなら、お姉さんは例の使用人と結婚し二人で商売をしている。彼らの間には女の子と、お腹にもう一人の子どもがいて幸せだった。


 そんな幸せが原作ではデボラの告げ口によって崩壊する。


 私たちが会ったのはお姉さんだけだが、危険な場所に妻だけで行かせるはずがない。幼い娘は知人に預け、旦那さんも一緒にこの国に来ていた。


 だから原作では、お姉さんだけでなく旦那さんも一緒に捕まって死刑。お腹の子は当然母とともに死に、知人に預けた娘だけが生き残った。


 ……そして『誰も救われない物語』と評されたとおり、その残された幼い娘も原作では悲惨な最後を迎える。


 裏切られた父には申し訳ないけど、そんな『誰も救われない結末』を辿らせるわけにはいかない。


 私の返事に、ルディはホッとした様子で、


「ありがとうございます」


 と感謝を述べた。


 彼の反応に、私は思わず頬を緩める。


「でも良かった」

「何がですか?」

「あなたが本当は、お姉様を想っていて」


 もし彼女を本当に嫌っているなら父に告げ口まではせずとも、庇うこともしないだろう。


 わざわざ私を口止めしたのは、明確に死んで欲しくないからだ。


 私の指摘に、彼は忌々しそうに顔を歪めて否定する。


「……二度と会いたくないけど、死なれると寝覚めが悪いだけです」


 やっぱり許せないまでも、どこか遠くで幸せでいて欲しいんだ。


 原作のルディオンも、恐らく今ここにいるルディも、自分を非情な人間だと思っている。自分の良心はデボラから受けた数え切れないほどの加虐により破壊され、すっかり無くなってしまったと。


 しかし実際はどれほど傷つけられても、連続殺人という罪を犯してさえも、この子は良心を捨て切れず、それゆえに苦しんでいた。


 その不器用な優しさが私はとても愛おしくて、


「そう思えるあなたで良かった。ルディは本当に良い子ね」


 手を伸ばして絹のように滑らかな銀の髪を撫でる。


 そんな私をルディはジッと見ながら、おもむろに口を開く。


「昔はあの人がこの世でいちばん綺麗だと思っていました。でも久しぶりに見たら何も感じなかった。人より多少造作が整っているだけの、ただの女だった」


 青い瞳が印象的なお姉さんは、社交界で『公爵家の青い薔薇』と謡われたほどの絶世の美女だけど。まぁ、ルディも同じレベルの美形だから見慣れているのかな。


 などと思いながら聞いていると、ルディはこう締めくくる。


「昔は綺麗だった人が色褪せて見えたり、美しくないはずの人が輝いて見えたり、人間は不思議です」


 彼の言う『不思議』の原理が私には分かる気がした。


「あなたはきっと目ではなく、心で人を見ているのね」


 不可解そうに首を傾げる彼に、私は自然と微笑みながら続ける。


「だからあなたにとって好ましい人は綺麗に、そうでない人は色褪せて感じるんでしょう。見た目の良し悪しに惑わされて大事なものを見失ってしまう人は多いから、大事なものがそのまま美しく見えるあなたの目は、とても素敵ね」


 「うちの弟は真の意味で聡明だなぁ」と嬉しくなりながら褒める。


 ところが感心したのも束の間、


「だとしたら他の人間には永遠に、見た目の良し悪しに惑わされていて欲しいです」


 ルディが急に徳の低いことを言い出して驚く。


「な、なぜいきなりそんな意地悪なことを?」


 たじろぐ私に、彼は珍しく悪戯っぽく微笑む。


「他の人間にも姉上が、こんな風に見えるようになったら困りますから」

「こんな風って?」


 首を傾げるも、ルディは唐突に話題を変える。

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