二人の姉
ルディの気持ちを考えれば、お姉さんと和解するべきだと勧めることはできない。
その代わり、
「あの、これを使ってください」
残された彼女の席に近づいてハンカチを差し出す。
いきなり声をかけられたお姉さんはビクッとして顔を上げる。
「あ、あなたは?」
彼女の問いに、改めて自分の名を告げると、
「えっ!? デボラ様なんですか!?」
お姉さんはサッと青ざめた。
私は彼女が裏切った公爵の娘。原作でそうだったように、捕まると思ったのかもしれない。
彼女を怖がらせてしまったことを、私は眉を下げながら詫びる。
「驚かせてしまって、すみません。ですが、どうか怯えないでください。私はあなたを責めるつもりも、父に知らせるつもりもありませんから」
その言葉に、お姉さんは目を見張って呟く。
「姿も振る舞いも、まるで別人みたい。あなたは本当に、あのデボラ様なんですか?」
「当時は無礼な態度を取って申し訳ありませんでした。ルディオンのことも心配でしたよね?」
私に悪意が無いと分かってくれたのか、彼女はホッとしたように肩の力を抜いて答える。
「はい……そのつもりだったんですが、あの子に責められて目が覚めました。私はあの子の言うとおり、ただ自分が許されて楽になりたかっただけなのかもしれません」
私の前だからと堪えているが、お姉さんは今にも泣き出しそうに唇を震わせていた。
「あなたの状況で再びこの国を訪れるのは、ものすごく勇気が必要だったと思います。確かに許されたい気持ちもあったかもしれませんけど、きっとルディオンを心配する気持ちも嘘じゃありませんよ」
ルディには悪いけど、お姉さんは命がけで過去の過ちを償いに来た。
それは我が身が可愛いだけの人にはできない、とても勇気のいることだ。
ルディの言うようなズルさが少しはあったとしても、その気持ちまで否定したくなかった。
私の言葉に、お姉さんは澄んだ目を見開くと、
「あの子がどうして、あなたを慕っているのか分かった気がします。あの子は私がいなくても幸せなんですね」
と安堵と少しの寂しさが混じった微笑みを浮かべた。今、彼女は弟と縁が切れたことを、静かに受け入れたようだった。
ただ私がいるから彼は幸せという言葉を受け入れていいものか分からず、
「彼がどう思っているかは分からないんですけど……ルディオンが幸せになれるように、精一杯支えます。ですからお姉様も、もうご自分を責めないで。ご家族と幸せに暮らしてください」
と、できる限りの約束で返した。
お姉さんの気持ちが落ち着いたところで、私たちは店を出た。
こちらに一礼して、すぐに立ち去ろうとする彼女の背に、私は声をかける。
「あの、良かったら住所を教えてもらえませんか?」
その申し出に、お姉さんは驚いた様子で、こちらを振り返った。
「今日はこんな結果になってしまいましたけど、いつかルディオンが心から幸せになったら、今度はあなたを傷つけたことを悔やむかもしれませんから。彼の心が変わった時に、会いに行けるように住所を教えていただけませんか?」
世間には本当に修復不可能な家族もいる。だけど、この二人の場合は、少なくともお姉さんには家族の情がある。
今は無理でも、いつか今日は受け入れられなかった謝罪と愛情に気づいて、和解したいと思う日が来るかもしれない。
そう考える一方で、あることに気づく。
「……すみません。私に住所を教えるなんて危ないし、怖いですよね」
彼女の立場を考えたら、自分が裏切った男の娘に住所を教えるなんて恐ろしくてできないだろう。
私にそのつもりは無くとも、些細なミスから父に情報が渡る可能性もある。
けれど彼女は意外にもこう答えてくれた。
「紙に書くのは誰に見られるか分からないのでできませんけど、口頭でなら。デボラ様にだけなら、お教えします」
お姉さんは私に大まかな住所と、旦那さんと経営している店の名前を教えてくれた。万が一にも忘れないように、心の中で何度も繰り返す。
彼女は最後に、晴れやかな笑みで私の手を取って告げた。
「私たち姉弟を気にかけてくださって、ありがとうございます。私は二度と会えなくても、あなたがルディオンの傍にいてくださるなら安心です」
「はい。彼が幸せになれるように、きっと護ります」
お姉さんは今度こそ、この場を離れた。
少し迷ったけど、話しかけて良かったな。




