お姉さんとの再会
けれど、あんなにも一人での外出を拒んでいたルディが次の週、まさかの行動に出た。
それは放課後、私を女子寮に送り届けた別れ際。
「姉上。明日は一人で出かけます」
「珍しいわね。どこに行くの?」
何気なく問い返す私に、彼はやや視線を背けてポツリと答える。
「……街に。人に会いに」
「そ、そう。気をつけて行って来てね」
もしかして、お姉さんと会うのかな?
どうやって約束を取り付けたのか分からないけど、原作を踏まえると彼女である可能性が高い。
というより、ちゃんと再会できて欲しいという私の願望である。
最愛のお姉さんに置き去りにされたことは、ルディにとってデボラに穢されたこと並みに大きな傷だ。
お姉さんがずっと悔やんでいたことや、彼をちゃんと愛していたことを早く知って欲しい。
プライベートな部分を勝手に覗くのは悪いけど、ちゃんと彼らが再会できるか知りたい。
翌朝。ルディがいつ外出するか分からないので早起きして、オペラグラスを手に遠くから男子寮の入口を見張る。
尾行するのに私の長い赤毛は目立ちすぎるので結い上げて、スカーフで頭巾のように覆い隠した。
休日に王都へ繰り出す生徒たちは多い。やがて出て来たルディの後を、他の生徒たちに紛れてコッソリつける。
ああ、でもルディが徒歩だから私も歩きで追いかけてしまったけど、男性と女性、それも騎士志望の人たちと同等の訓練を受けるルディの身体能力を甘く見ていた。
普段は私に合わせて、ずいぶんゆっくり歩いてくれていたのだろう。彼の本来の歩行速度は足の長さの違いもあり、私には競歩だった。
それでもなんとか頑張って、待ち合わせ場所らしき喫茶店に行きつく。
店に入ってすぐ、ルディの姿を見て若い女性が弾かれたように席を立つ。
長い銀髪にサファイアブルーの瞳。陶器のように白い肌の美しい女性は、明らかにルディのお姉さんだった。
ルディが彼女の席に近づく。
私も店員さんに小声で頼んで、彼らの席の近くに案内してもらった。
「ルディ。まぁ、こんなに大きくなって」
お姉さんはルディに着席を勧めたが、彼は立ったまま彼女を見下ろして言う。
「家族みたいな口を利かないでくれますか? 僕に泥棒の身内はいません」
原作ではお姉さんとの再会を、とても喜んでいたのに。
原作のルディオンはあれ以降もデボラに苦しめられていたから、恨みよりも身内が助けに来てくれた安堵が勝ったのだろうか?
弟の冷たい態度に、お姉さんはショックを受けた様子で口を開く。
「や、やっぱり恨んでいるのね、私のこと。あなたを公爵家に置き去りにして自分だけ逃げたんだから当然だけど……」
許していないなら、どうしてルディはお姉さんに会いに来たのだろう?
その疑問の答えを、彼が冷淡に告げる。
「今日会いに来たのはただ一言。『どんな理由だろうが、今さら僕に関わるな』と言いに来ただけです。それでは」
ルディは早口に言うと、すぐに立ち去ろうとした。
それをお姉さんが慌てて引き止める。
「ま、待って。せっかくこうして会えたんだから、少しでいいから話を聞いて」
ルディはその場に留まったものの、頑なに同じ席に着かなかった。
お姉さんは自分だけ力なく腰を下ろすと、重い口を開く。
「旦那様には本当に不義理をしたし、イヴルハイド家の財産を持ち逃げしたのは紛れもない犯罪だと分かっているわ。それでも借金を肩代わりしてもらった恩義だけで、愛してもいない人に妻として触れられることに耐えられなかった。本当の愛を知ってしまったら尚更」
彼らの両親が流行り病で亡くなったのは、彼女が十二歳でルディが二歳の時。
後継者であるルディが成人するまで代理の当主が必要になった。しかしお姉さんも婿をもらうには、まだ早すぎる年齢。
そこで亡き父の妹夫婦が、ルディが成人するまで代理の当主を任された。
けれど彼らははじめから、兄夫婦の子どもに財産を残す気は無かったのだろう。たった五年で財産を食いつぶし、借金だけ残して逃げた。
家は没落し、姉弟に残された財産は姉の若さと美貌だけ。
借金の返済のために身売りを迫られていたお姉さんを、後妻として娶ったのが父だった。
娼館に売られたり愛人にされたりするよりは良かっただろう。だけど十七歳の少女が三十五歳の男性の妻になり、女性として求められるのは、とても辛かったはずだ。
そして彼女は三年の夫婦生活の後。手持ちのお金と宝飾品を盗んで使用人と駆け落ちした。まだ十歳だったルディを置き去りにして。
公爵家への恩義のために真実の愛を裏切ることはできなかったと言うお姉さんを、ルディオンは敵意の目で非難する。
「そういう美談にしたいなら、せめて泥棒はやめるべきでしたね。どう言い訳しようと、あなたは公爵を利用するだけ利用して逃げたんです。足手まといの僕を置き去りにして」
「違う。足手まといだから置いて行ったわけじゃ。むしろ逃げ切れるかも、その後の暮らしがどうなるかも分からなかったから、せめてあなたを巻き込むまいと」
お姉さんは涙ながらに、どうでも良かったわけじゃないと訴えたが、ルディはそれを遮るように口を挟む。
「僕はあなたと暮らしていた頃からデボラ様にイジメられていました。あの頃は公爵が味方でしたから、デボラ様も公然とは僕をイジメられませんでしたが、あなたが夫を裏切って逃げたら、どうなるか想像できたはずでしょう」
彼の指摘どおり、自分を裏切って逃げた女の弟が大事にされるはずがない。
ただお姉さんが懸念したように、もしルディも連れて逃げて捕まった場合は、彼も一緒に処刑されていただろう。
もしもの危険を考えれば、やはりルディは連れて行けなかった。しかしその後、公爵家に残された弟が冷遇されることは火を見るより明らかだ。
ルディのための最善を考えたら、お姉さんは愛する人を諦めて、望まぬ結婚に耐え続けなければならなかった。
それは極めて残酷な選択肢で、いくら弟のためでも我が身を犠牲にするべきだったとは、とても言えない。
ただ彼女の選択の結果、心に一生消えない傷を負ったルディに、お姉さんを恨むなというのも無理だ。
だからお姉さんは、ただ泣きながら詫びる。
「あなたを置き去りにしたことを、ずっと後悔していたの。お願い、許して」
その後悔と罪悪感はきっと本物だ。だからこそ彼女は安全な国外から、見つかれば殺されるこの国に戻って来たのだから。
でも鋭いルディには、私より多くのものが見えてしまう。
「……謝罪の仕方一つにも真意が出るものですね」
弟の唐突な一言に「えっ?」と戸惑うお姉さんに、
「あのデボラ様も自らの過ちを悔いて償いたいと言ってくださったんです。ただし『許して』とは一言も言わずに。ただひたすら僕が楽になるように願って」
ルディは目に冷たい軽蔑を浮かべて、本人すら気づかない彼女の真意を暴く。
「あなたはその逆ですね。本当に救いたいのは僕じゃなくて自分。過ちを許されて楽になりたいだけ」
「そ、そんな。私だって、あなたの幸せを願って……」
「僕の幸せが望みなら、二度とその顔を見せないで、姉と名乗るのもやめてください。僕の姉はデボラ様だけなので」
ルディは切り捨てるように言い放つと、再びお姉さんに背を向けた。
「ル、ルディ。待って」
お姉さんは席を立って追いすがろうとしたけど、ルディは嫌悪の表情で拒む。
「他人が気安くルディと呼ばないでください。僕をそう呼んでいいのはデボラ様だけです」
今度こそ彼は店を去り、残されたお姉さんは声を上げて泣き崩れた。
姉弟の感動の再会を期待して来たのに、とんでもない修羅場を目撃してしまった……。
ただお姉さんには申し訳ないけど、ルディがあれだけ拒んでいるのに、二人の仲を取り持つことはできない。
彼女に置き去りにされたルディが、その後どんな惨い目に遭ったのか知りながら『可哀想だし、許してあげたら?』なんて気安く求められないから。




