見えない悪意・後編
ところが、冤罪事件から三日後。私とクロエは、またあの令嬢たちに人気のない場所へと呼び出された。
「えっ? 今度はあなたが被害に遭ったんですか?」
信じられない報告に目を丸くすると、被害に遭った令嬢が涙目で詳細を話す。
「階段から突き落とされましたの。私は地属性なので咄嗟に魔法で防御して助かりましたけど、もし間に合わなかったら骨折か、最悪死んでいたかもしれませんわ」
彼女の話は全く大袈裟ではなく、魔法が使えるからといって、どんな状況でも確実に発動できるわけじゃない。
魔法は意思の力で使うものなので、恐怖や驚きによって精神が乱れた状態では、むしろうまく発動できないほうが普通だ。だから魔法で戦う人は、危険な状況でも問題なく力を行使できるように特殊な訓練を積む。
けれど見たところ彼女は普通のご令嬢で、明らかにそこまでの訓練は受けていない。魔法で防御できたのは幸運であり、本人の言うとおり、大怪我をしてもおかしくなかった。
今回被害に遭った子が語り終えると、別の令嬢がキッと私とクロエを睨んで怒鳴る。
「あなた方と衝突した後に、三人ともなんらかの被害に遭った。これでもまだ自分たちの仕業じゃないと言い張りますの!?」
「そう言われても本当に心当たりが無いんです」
咄嗟に言い返す私を見かねてか、ついて来てくれたルディが庇うように彼女たちとの間に入る。
「突き落とされた時、犯人の姿は見なかったんですか?」
彼の質問に、今回の被害者が素直に答える。
「いきなりのことで突き落とされた瞬間のことは覚えていません。ですが、他の友人たちが被害に遭っていたので、私も何かあるんじゃないかと周囲には気を配っていました」
突き落とされた時、階段には自分以外誰もいなかったそうだ。それなのに、いきなり何かに背中を押された。つまり見えない誰かに攻撃された。
以上の理由から、
「そんなことができるのは、どう考えてもクロエ・シーカー以外にいませんわ!」
と被害者たちはクロエが犯人だと断定した。
確かに彼女たちの言うとおり、姿を隠す魔法はこの学園ではクロエしか使えない。
けれど、だからこそクロエ自身はこう反論する。
「逆に私の仕業なら、どうして私が疑われそうなやり方をするんですか? バレようがバレまいが人を怪我させるなんて絶対にしませんけど、どうしてもやるなら、もっと別の方法を選びます」
クロエの言うとおり、姿を消す魔法を使えるのは彼女だけだからこそ、それを使えば自分の仕業だと言うようなもの。
しかも前回の事件で、クロエはすでに疑われていた。
このタイミングに誰もいない場所で、階段から突き落とすなんてしたら十中八九、自分が疑われる。
クロエの言うとおり、どうしても更なる犯行に及びたいなら、誰でもできそうな手段を選ぶんじゃないかな?
それにクロエは私の友人だ。彼女たちが嘘を吐いているとまでは思わないけど、クロエが人を傷つけるなんて信じられない。
「それに前回も言いましたが、クロエを冷遇していたのは皆様だけではないでしょう? 皆様の自作自演を疑うわけではありませんけど、クロエがあなた方だけを害する理由も無いように思います」
けれどクロエを庇ったつもりが、彼女たちが本当に疑っているのは別の人物だった。
「ですからデボラ様のご指示じゃないですか? クロエ・シーカーに辛く当たる者は多くても、公爵令嬢のあなたを害する者は滅多にいませんから」
「『自分に何かすれば彼女をけしかける』そういう無言の脅しとして、あえて私たちを闇魔法で襲わせたんじゃないですか!?」
彼女たちの中では、もう私が指示役、クロエが実行役で容疑が固まっているようだ。
「証拠も無いのに憶測だけで姉上を犯人扱いするのはやめてください。動機だけで疑っていいなら、シーカーさんの言うとおり、あなたがたの狂言の可能性だってあるんですよ」
ルディが庇ってくれたけど、それはいわれなき罪の押し付け合いの始まりだった。
「私は階段から突き落とされたんですよ!? 一歩間違えば死んでいたかもしれないのに、それも自演だって言うんですか!?」
被害者から感情的に責められるも、クロエからすれば自分のせいでなければ相手が怪しいと思うのだろう。一歩も引かずに、こう言い返す。
「でも今ここにいるあなたは全くの無傷じゃないですか。こっちからすれば『階段から落ちたけど、魔法のお陰で無傷で済みました。でも本当なら大怪我です』なんて被害は怪しいですよ」
「そ、そんな! 私は本当に危ないところだったのに!」
「ここまで言っても罪を認めないどころか、こちらのせいにするなんて酷すぎますわ!」
彼女たちの必死さを見ると、自作自演だとも思えなかった。
けれどクロエの言うとおり、嫌味への仕返しが理由なら彼女たちだけ被害に遭うのはおかしい。
結局事件は犯人不明のまま、令嬢たちの声高の訴えだけが他の生徒たちにも伝わった。
「結局どっちが悪いんだろうな……?」
「どちらの言い分にも一理あるけど……」
「いくら義弟の件で嫉妬しているからって、イヴルハイド嬢の名誉を穢すために自作自演の事件でこんな大騒ぎするか?」
生徒たちの間では『私がクロエに命じてやらせた』という説が濃厚のようだ。
私がデボラになったのは彼女が十三の時。それから、わざと人を苦しめるような真似は一切していない。けれど、それで以前のデボラの所業が消えてくれたわけじゃない。
新たに生まれた黒い噂をきっかけに、生徒たちは「そう言えば……」と以前耳にしたデボラの悪評を語り出す。
「今は落ち着いて見えるけど、以前は使用人など自分に逆らえない相手を酷く虐めていたらしい」
「悪口はおろか、自分の近くでクスクス笑うことさえ侮辱と受け取り怒り狂ったとか」
「じゃあ、取り繕うのが上手くなっただけで、そっちが本性なんじゃないか?」
『三つ子の魂百まで』というように、人の性質は早々変わらないものだ。
だから実はすっかり別人なのだと知るはずもない周囲が、そう解釈するのはやむを得ない流れだった。
公爵令嬢の私を疑惑の段階で攻撃する者はいない。ただ他の生徒とすれ違うたび、疑いと非難の目が突き刺さった。




