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見えない悪意・前編

 学食で他の令嬢たちと口論になった件は、いちおう収束したはずだった。


 ところが三日後。ルディと校内を歩いていると、またもトラブルに遭遇した。


「……は、あなたの仕業でしょう!? この間、私たちと揉めたから、それを逆恨みして!」

「ちょっと嫌味を言ったくらいで、人のものを壊したり髪を切ったりするなんて、どれだけ性悪ですの!?」

「私、そんなことしていません!」


 クロエが学食でケンカした令嬢たちと、また何か揉めているようだ。


「ど、どうしたの? 何を揉めているの?」


 声をかけると、クロエは「デ、デボラ様!」と涙目で私に縋りついた。


 それから私たちはクロエと二人の令嬢に、口論の理由を聞いた。


 彼女たちの内の一人は高価な万年筆を壊され、この場にいないもう一人はなんと髪を切られたと言う。


 髪を切られた子はショックで早退し、残りの子たちで苦情を言いに来たそうだ。


 その事件は昨日、今日と相次いで起きたらしい。


「ですが、そういう事件があったとして、なぜシーカーさんが犯人だと? 彼女が万年筆を壊したり、髪を切ったりするところを誰か見たんですか?」


 ルディの質問に、令嬢たちは少し気まずそうに答える。


「証拠や目撃者はいませんけど、他に恨みを買った覚えはありませんし、タイミングからして彼女の仕業としか考えられません」

「それにシーカーさんは姿を消す魔法の使い手。どんな悪事もやり放題じゃないですか」


 誰も現場を見ていないからこそ、闇魔法で姿を消せるクロエが疑われたようだ。


 友人の発言に、もう一人の令嬢も加勢する。


「そうですよ。特に髪は中庭のベンチで転寝(うたたね)をした隙に切られたんです。いつ彼女が目覚めるか分からない。どこで誰が見ているか分からない場所でそんな大胆な犯行、シーカーさん以外の誰にできると言うんです!?」


 彼女たちなりに確信があって、クロエを疑っているようだ。


 だけどクロエも同じくらいの真剣さで容疑を否認する。


「知らないものは知りません。それに私は皆様が思うより、ずっとたくさんの人から孤児だの闇属性だのと白い目で見られているんです。あの程度の嫌味でいちいち事件を起こしていたら、何度報復したって足りませんよ」


 クロエは初めて会った時も「貧民の闇属性なんて泥棒し放題じゃないか」などと陰口を叩かれて泣いていた。


 クロエを悪く言うのは残念ながら、彼女たちだけではない。本人の言うとおり、あれくらいの衝突で犯罪に走るなら、他にも不可解な事件が起こっているはずだ。


 この論理には彼女たちも一理あると思ったのか語気を弱める。


「それはまぁ確かに……」

「シーカーさんへの冷遇は、今にはじまったことじゃありませんけど……」

「じゃあ、なぜこのタイミングで私たちだけ……」


 友人同士で見合わせていた顔が、ふと私に向く。


 どうしてこっちを見るんだろう? 首を傾げる私の代わりに、クロエがギョッとして声を上げる。


「ま、まさかデボラ様を疑っているんですか!? この間の件で怒ったデボラ様が、私に命令してやらせたって!?」


 突如降りかかった思いもよらない容疑。


 私はどんなに怒ったって人のものを壊したり髪を切ったりしない。まして自分の恨みを晴らすために、友人に悪事をさせるなんてあり得ない。


 でも私にとっては絶対にやるはずのないことでも、


「そ、そうは言っていませんけど……」

「改めて考えれば前回の一件はデボラ様への嫌味……いえ、嫌味を言ったんじゃないかという誤解からはじまったことですし」


 と彼女たちは本気で私を疑っているみたいだ。


 よく知らない相手だし無理ないのかもしれないけど、そんな酷いことをする人間に見えるのかと少し傷つく。


 予想外の疑惑に、なんて弁解したらいいか分からずにいると、


「姉上は自分よりも身分の低いあなた方が安心して攻撃できるほど、羊のように大人しい方ですよ。そんな姉上が少し不快な目に遭ったからって、人を使って復讐なんてするはずがありません」


 ルディが代わりに断言してくれた。庇われたこと以上に、彼は信じてくれるのかと少し気持ちを救われる。


「それはそうですけど……」

「じゃあ、誰が私たちにこんな真似……」


 ただ令嬢たちには本当に、他に恨まれる心当たりが無いようだ。


「逆に自作自演なんじゃないですか? この間のことを根に持って、私やデボラ様に無実の罪を着せようとしているんじゃ」


 クロエの推理で、またとんでもない方向に話が転がる。


 恋敵を陥れる捏造悪事。(いにしえ)の夢小説では『カッターキャー』で知られるそれ。


 実は原作の被害者の一人も、気に入らない子を無実の罪で陥れるタイプの悪役令嬢だった。


 でも目の前の彼女たちは、怒りで顔を真っ赤にして反論する。


「私たちが自分でこんなことをしたと言うんですの!?」

「物を壊すだけならまだしも、友人は髪を切られたショックで泣いていたんですよ!? 自分でそんなことします!?」


 その怒りようは演技には見えなかったけど、クロエは冷ややかに指摘する。


「髪を切られたと言っても、私たちはどの程度か見ていませんし。もし切り揃えたらボブでまとまるくらいの被害だったら、ただの散髪じゃないですか」


 確かにクロエの言うとおり、他人がすれば事件だけど、自分で切ればただの散髪だ。


 ただ自作自演じゃなかった場合、クロエは被害者にものすごく酷いことを言ったことになる。


 犯人として疑われているクロエからすれば、それだけ狂言の可能性が高いのだろうけど、彼女たちはわなわなと憤りに震えた。


「よ、よりにもよって、なんて酷いこと!」

「平民以下の孤児のくせに! お情けで学園に置いてもらっている分際で、こんな無礼なことを言うなんて! 少しは立場を弁えなさいよ!」


 怒りが頂点に達した彼女たちは、クロエに手を上げようとした。


 私は慌てて止めに入る。


「お、落ち着いてください。皆様のお怒りはご尤もですけど、私にもクロエにも本当に心当たりが無いんです。これ以上どちらが悪いと話しても、罪の擦り付け合いになるだけじゃありませんか?」


 どれだけ興奮していても、自分より身分の高い相手を攻撃するわけにはいかない。公爵令嬢である私の手前、彼女たちは矛を収めたものの、やり場のない憤りは悲しみに変わった。


「でも私たち、こんなに酷い目に遭ったのに……」

「髪を切られたのに自分でやったんじゃないかなんて疑われて、寮にいる友人が可哀想ですわ……」


 私にはこの子たちが嘘を言っているようには見えなかった。だからって私もクロエも、やってもいない罪を認めるわけにはいかない。


 結局お互いに相手の犯行を証明する十分な証拠は無くて、その場は解散になった。

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