三人の令嬢
そんな話をクロエとしていると、
「そんな配慮があるなら、今すぐ彼から離れてあげればよろしいのに」
まるで背後から刺すような女子生徒の一言。どうやら、それは私の後ろに座っていた令嬢が言ったようだ。
「今のデボラ様におっしゃったんですか?」
クロエがムッとしながら問うと、彼女はこちらに顔を向けて嫌味な微笑みで謝る。
「すみません、つい声が大きくなってしまって。今のは友人に言ったんですの。まさか公爵家のデボラ様のお話に、横入りするなんて失礼はいたしませんわ」
「ええ、そうです。ちょうど私たちも似たような話をしていましたの。いくら家族でも、あまりに容姿や能力が劣る場合は、相手に恥をかかせないように離れるべきじゃないかと」
『ちょうど似たような話』と分かるなら、私たちの会話を聞いていたことになる。
その上で『容姿や能力が劣る者は家族の恥にならないように離れるべき』と声高に言うのは、やはり偶然を装った私への口撃だろう。
人から突然悪意を向けられて普通にショックだけど、下手に追求して衝突するよりは流したほうが自分が楽だ。
しかし曖昧に微笑んでやり過ごすつもりが、私の代わりにクロエがキッと彼女たちを睨む。
「いいところのお嬢様っていうのは、いやらしいケンカの売り方をするんですね」
自分のほうがよほど他の生徒たちに悪く言われているのに。それでも言い返せず、人知れず泣いていたような子がなぜと驚く。
反抗された令嬢たちはカチンときたようで、
「ちょっと。今のはどういう意味ですの?」
「そもそも平民の分際で、馴れ馴れしく口を利かないでもらいたいのですけど」
威嚇するようにガタッと席を立って、クロエをキツク睨み返した。
私も慌てて立ち上がると、両者の間に割って入る。
「あの、すみません。彼女は私を心配するあまり皆様を誤解しているんです。事情はどうあれ不快な思いをされたでしょうが、どうかこの場はお許しください」
代わりに謝ってケンカを治めようとする。
この場ではデボラの身分がいちばん高い。ズルい考えだけど、公爵令嬢が謝っているのに無視はできないはず。
期待どおり、私への遠慮から彼女たちは怒気を弱めたが、代わりにこう言った。
「それは構いませんけど、公爵家のご令嬢として傍に置く人間は選ばなければ」
「闇属性の下女なんて連れていたら、デボラ様の評判まで悪くなりましてよ」
闇属性の下女。それは明らかにクロエへの侮辱だった。
確かに将来的にメイドとして雇う話はあるが、今の彼女は私たちと同じ学園の生徒だ。
仮にいつか本当にメイドとして働くことになったとしても、下女というこの国では使われなくなりつつある差別的な表現で貶めていい道理はない。
なんの因果か今は公爵令嬢として生きているけど、本来の私はそれこそ彼女たちが卑しむ労働者階級の人間だ。
だからこそ孤立無援の状況で必死に生きているクロエを、どうして嗤えるのかと許せない。
「彼女は使用人ではなく友人ですし、何も悪いことはしていません。本人にはどうにもできない生まれや魔法の属性だけで、彼女を貶めるのはおやめください」
「デボラ様。私はいいですから」
「でも」
抗議する者と止める者。さっきとは逆の立場でクロエと言い合っていると、ある人物が現れる。
「なんの話ですか?」
「ル、ルディオン様」
ルディの登場に、令嬢たちは一転して可憐な乙女の顔になった。
その反応だけで彼が好きなのだと分かる。だから私と恋仲であるかのような話が許せなかったのかもしれない。
私も義弟の登場に驚いて尋ねる。
「どうして学食に? 今日は戦闘実習だったんじゃ」
「課題をクリアした順に帰っていいことになっていたので、早めに戻って来ました」
ルディは私の疑問に答えると、「で」と令嬢たちに凍てつく眼差しを向ける。
「あなた方は姉上に、なんのご用ですか?」
意中の男性からの敵意に満ちた視線に、彼女たちは怯んで口々に言い訳する。
「べ、別に大した用は……」
「そ、そうです。デボラ様のほうが私たちを呼び止めただけで……」
事実とは微妙に違うけど、ルディの登場によって私も少し頭が冷えた。
私はともかくクロエへの発言は許せないけど、かといって彼女たちに恥をかかせても気の毒なだけだ。
ルディにも余計な心配をかけちゃうしと、穏便に済むよう話を合わせようとした矢先。
「違いますよ! 彼女たちはデボラ様にチクチク嫌味を言っていたんです! 叱ってください! ルディオン様!」
「ク、クロエ!?」
いきなりワッと叫んだクロエに、私だけでなく令嬢たちもギョッとする。
「ちょっと! いきなり何を言っているの!?」
「孤児のくせに、あることないこと言わないで!」
「孤児のくせにとか言わなくても」と思ったのは私だけではなかった。
「確かに彼女は無礼ですが、孤児であることと発言の真偽は無関係では?」
意中の男性による言外の非難に、令嬢たちは「そ、それはそうですけど……」と、たじろいだ。
ただルディが好きだからこそ、弁解しなくてはと思ったのだろう。
「目上の人間に対して、言っていいことと悪いことが……」
ゴニョゴニョと言い訳する彼女たちに、ルディは美しく微笑む。
「目下の人間の礼節に関して、とても厳しいんですね? 僕も失礼が無いように、お三方の前では常に発言を控えなければ」
「えっ? 発言を控えるって……」
「ル、ルディオン様?」
戸惑うご令嬢たちから、ルディはふいっと顔を逸らした。
「うぅ、もう目も合わせてくださらない……」
「私たちが悪かったですから。無視は、無視はおやめください……」
惚れた弱みだろう。令嬢たちは今度こそ素直に謝った。
ところが彼女たちに視線を戻したルディは冷たい態度で告げる。
「どちらにせよ、あなた方と話したいことはありません。姉上やシーカーさんに用事というわけでもないなら、もう行かれては?」
意中の人からのとんでもないオーバーキルに、三人の令嬢は「う、ううっ」と顔を覆って走り去った。
「イケメン容赦ないです! 流石はルディオン様!」
彼女たちを敵とみなしたクロエは喜んでいるけど、
「いえ、人を傷つけて喜ぶのはどうかと……」
と私はつい注意する。どっちの味方だと言われそうだけど、彼女たちの気持ちも分かるので。
それに中身が成人済みの私には、女子高生くらいの女の子たちの涙は気の毒すぎた。
けれどそんな私の反応を、今度はルディが叱る。
「姉上はそうやって誰にでも優しいから舐められるんですよ。姉上がキチンと怒れる方なら、誰も公爵家の令嬢であるあなたに、あんな態度は取れません」
「ゴ、ゴメンね。いつもだらしなくて」
彼の言うとおり。私が普段から公爵令嬢として威厳ある態度を取っていれば、彼女たちはそもそも嫌味を言ってこなかっただろう。
庶民だった前世と違って、今世は『ケンカするくらいなら舐められていたほうが気楽』という考えではいけないのかもしれない。
「いいえ。悪いのは、あの方たちのほうです。いくらルディオン様が好きだからって、デボラ様に意地悪するなんて。だいたい容姿がどうのと言っていましたけど、自分たちだってルディオン様と釣り合うほどは美しくないですよ」
クロエがキリッと庇ってくれたけど、
「あなたも声高に貴族を侮辱したものではありません。何かあっても姉上が庇ってくれると思っているのでは? 人の威光を借りて吠えるのは、泣き寝入りより見苦しいですよ」
ルディの厳しいお叱りに、彼女も「うぅ」と撃沈した。
彼に言われてはじめて気づいたけど、クロエが妙に勇ましかったのは貴族の後ろ盾……まではいかずとも、一人じゃない心強さのせいだったのかもしれない。
「ル、ルディオン、もうそのくらいで。あなたの指摘はいつも的確だけど、切れ味がよすぎるから。心が血だらけになっちゃうから」
学食で勃発した女子生徒たちのプチバトルは、ルディオン無双による痛み分けで終わった。
喧嘩両成敗じゃないけど、全員少しずつ悪いところがあったから、皆ルディに等しく裁かれて、むしろ良かったのかもしれない。




