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クロエとの出会い

 一度変わった関係が戻ることはなく、帰省中は毎夜のように彼に求められた。


 父をはじめとする屋敷の人たちの目が痛い。特に私の部屋を掃除してくれるメイドさんたちに申し訳ない。


 学園では姉弟としての距離を保っているとはいえ、普通ならこんな不道徳な関係を親は許さないだろう。


 しかし父には、私に強く出られない理由があった。


 この国の法律では子どもができる前に配偶者が亡くなれば、妻も夫もそれまでの権利を失い、家を追い出される。


 これは血縁関係の無い者が家を乗っ取らないようにするために必要な措置だ。


 もし本家の血筋が途絶えれば、親戚から最も血の近い者が新たな当主に選ばれる。


 前妻の死後も父が当主でいられたのは、娘のデボラがいたから。つまり父は娘を失うと、それだけで公爵の地位を失くす。


 だから下手にルディを追い出して『彼と引き離されるくらいなら駆け落ちします!』なんて私に家出されたら困るのだ。


 ちなみに原作の父はデボラの死によって公爵の地位を失ったショックで自死……と見せかけてルディオンに殺される。


 でもその筋書きがすんなり通るくらいには、父は公爵の地位に執着している。実際四十過ぎの男性がいきなり地位と財産を失って、雇われる側になるのは辛いだろう。


 よって父には渋い顔で苦言を呈することしかできない。


 その代わり使用人さんたちに、


『娘たちの関係について一切噂するな。外部にだけじゃなく使用人同士でもだ』


 と固く口止めした。使用人同士で話すだけでも即刻クビだと。


 その厳命のおかげで、私たちの秘密は外部に漏れずに済んでいる。だけど逆を言えば、そのせいで私たちの関係を止める者もいない。


 恋とは呼べなくとも愛情はあるからか、それとも彼が飛び抜けて美しいせいか、ルディとのあれこれが嫌だとか気持ち悪いとかはない。


 その代わり十五になったばかりの男の子と私は何を……という後ろめたさがすごい。


 それでもルディが心から幸せなら、きっと私も喜べた。だけど私と妙なことになっている時の彼の微笑みは、いつも危うい感じがする。


 少女漫画のようなキラキラの恋心ではなく、愛憎入り混じったドロドロの執着。


 要するにルディはちょっと病んでいて、私では彼を完全に癒してはあげられない。


 彼を真に幸せにできるのは、きっとこの世のどこかにいるだろう、運命の人だけじゃないだろうか。


 多分それこそ物語のヒロインのように天性の明るさと眩しい笑顔で『どんな暗闇も晴らします』みたいな身も心も清く美しい女の子。


 そういう子が相手ならルディも夜な夜な人には言えないような悦楽に耽るのではなく、お日様の下で愛しい人と笑い合うような爽やかな恋愛ができるかもしれない。


 想像したらものすごく幸せそうで、ルディにはぜひそういう明るくて健全な青春を送って欲しいと切に願った。


 ところで何気なく入学したが、この王立学園は『悪役令嬢連続殺人事件』の舞台だ。


 物語の舞台には当然役者も揃う。


 原作で次々と殺される悪役令嬢たちの他、黒幕のルディオン。そしてもう一人の重要人物である――


「きゃっ!?」

「す、すみません。大丈夫ですか?」


 王立学園二年目の春。私が廊下でぶつかったのは主人公のクロエ・シーカーだった。


 クロエは平民だが、珍しい魔法の才があるからと入学を許可された黒髪ボブに赤目の少女。


 黒髪と控えめな性格のせいでパッと見は地味だけど、ルビーのように輝くパッチリした目と、艶やかな桜色の唇を持つ隠れ美少女だ。


 しかし本人はある事情から、すごく自信を無くしていた。


「本当にすみません。ちょっとボーッとしていて。わざとじゃないんです。すみません」

「そんなに謝らなくて大丈夫よ。わざとじゃないんだし、気にしないで」


 ぶつかった拍子に廊下に落ちたクロエの教科書やノートを拾って「はい」と渡す。


 すると彼女はなぜか「うっ」と涙ぐんだ。


「だ、大丈夫? もしかして、どこか痛いの?」


 ぶつかった拍子にどこか痛めたのかと心配すると、クロエは「いえ」と泣きそうに返す。


「痛いわけじゃなくて。こんなに優しくされたの、久しぶりで……」


 そういえば、彼女は自分にはどうにもできない事情のせいで、周囲から冷遇されているんだった。


 ここで会ったのも何かの縁だし、励ましてあげられないかな?


 そう考えた私は、彼女にこう提案した。


「もしかして、お友だちと何かあったの? 私で良かったら、話を聞きましょうか?」


 それから中庭のベンチに移動してクロエと話した。


 この世界の生物はみな、魔力によって生かされている。魔力には属性があり、地水火風に闇と光の六つがある。


 体を生かす以上に潤沢な魔力を持つ者は、属性に応じた魔法が使える。


 魔法が使えるほど魔力が豊富な人がまず珍しいけど、光と闇はさらに貴重で十年に一人の割合だという。


 彼女はそんな十年に一人の逸材である闇属性なのだが、卑屈になるだけの理由があった。


「私が闇魔法の使い手としてスカウトされたのは十二の時なんですが、もう三年も努力しているのに姿を消す魔法しか使えないんです」


 まだ魔法という言葉が存在しない頃。豊富な魔力を持つ者たちは、自分たちが地水火風などの自然現象を操れることに気づいた。


 そこから『これが可能なら、あれもできるんじゃ?』と手探りで各属性の性質を知り、魔法を増やした。


 ただその属性を持っていれば、先人が残した魔法が全て使えるわけじゃない。


 本人の性質や魔力量、コントロール力で同じ属性でも使える魔法が違う。クロエのように使える魔法が一つの人も珍しくない。


 そして彼女には、こんな事情があった。


「私は貴重な闇魔法の使い手だからと、衣食住の援助をしていただいていたのに。新しい技を開発するどころか、既存の魔法も使えないで、将来どうすればいいだろうって」


 クロエの属性はあまりに貴重なので、国は期待を捨て切れず王立学園に入学させた。


 ただ、このまま他の魔法を習得できないようなら、これ以上の援助はしない。つまり見放すとのことだ。


「それに貧民の私が姿を消す魔法なんて使えたら、泥棒し放題なんじゃないかって。または秘密を握ってゆすられるかもって、他の人たちに怖がられていて……」


 クロエは話しながら、またポロポロと泣き出した。


 「大丈夫?」とハンカチを差し出すと、彼女はそれを受け取って詫びる。


「すみません。はじめて会った方に、こんなに色々愚痴っちゃって。迷惑ですよね……」

「気にしないで。ずっと独りで悩んでいたんだもの。誰かに話したくなって当然よ」


 私は励ますように彼女の肩に触れながら口を開く。


「姿を消す魔法が使えるだけで、悪いことをするんじゃないかと疑われて辛かったわね。言葉で人を傷つけることだって、よほど酷いのにね」

「デ、デボラ様」


 クロエは感極まったように私に抱き着いた。


 今まで本当に辛かったのだろう。彼女の孤独を想うと胸が痛んで、華奢な体を抱き返すと、しばらく背中を撫でていた。


 やがて泣き止んだクロエは私から身を放すと潤んだ目で微笑みながら、こう頼んだ。


「あの、ご迷惑じゃなければ、また話しかけてもいいですか?」

「私で良ければいつでも」


 そんな流れでクロエと話すようになった。

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