昔とは逆に
父から残酷な事実を聞いた後、私はフラフラと自室に戻った。
父の呼び出しの内容が気になったのだろう。
様子を見に部屋まで来たルディは、私の涙に気づくと心配そうに顔を曇らせる。
「姉上、どうしたんですか? なんで泣いているんですか?」
けれど、その問いに彼は自分で答えを出す。
「……僕と再び関係を持ったせいで、公爵に酷く責められたんですか? そんな風に泣くくらいなら、全て僕のせいだと言えば良かったのに」
彼の気遣いが今は辛くて、私は誤解を解くついでに薬の件を話した。この家の親子がした取り返しのつかない過ちを少しでも詫びたくて。
ところが彼は、
「なんだ。そんなことか」
と拍子抜けしたように呟いた。
「そ、そんなこと!? 飲み続ければ生殖機能を失う危険な薬を飲まされていたのよ!? そんな非人道的なこと! もしかしたら命すら縮めるかもしれないのに!」
なんで自分を大切にしないのかと思わず声を荒げる私に、彼は不可解そうに眉をひそめる。
「姉上は本当に記憶でも失ったんですか? あの頃のあなたはそれを承知で、僕にその薬を飲ませていたのに」
あまりのショックで忘れていたけど、今は私がそのデボラなんだ。だとすれば私がその所業に憤るのはおかしい。
第三者として怒ることのできない私は、ただデボラとして謝るしかない。
「そうね。私、本当にあなたに許されないことをしたわ。ゴメンなさい。私、いつの間にか何もかも都合よく忘れてしまったみたいで」
意識は私でも体はデボラだからか、この世界の常識や当時彼女が身につけていた知識は自然と覚えていた。
その割にデボラの個人的な記憶は、ほとんど思い出せない。できないのではなく、あまりに惨いから、無意識に目を背けているのかもしれない。
彼を助けたいと願いながら、全ての傷を見ようとしない。自分があまりに中途半端で、ルディに申し訳なかった。
涙目で詫びる私に、彼はそっと告げる。
「……でも僕それ飲んでないですよ」
「えっ? ど、どういうこと?」
てっきり父かデボラの前で薬を飲まされたのかと思っていた。本人に任せれば、飲んだふりをして捨てられる可能性もあるし。
私の想像どおり、いつもちゃんと薬を飲んだか使用人が確認していたようだが、ルディはある工夫によりその状況を切り抜けたという。
「正確には薬を飲んですぐに、いつも解毒していました。水魔法は物理的に水や氷を操るだけでなく『浄化』や『鎮静』の効果があるので」
水属性だからといって、その系統の魔法を全て使えるわけじゃない。
単に水や氷を出すのと違って、浄化は特に難しい魔法だ。しかしだからこそ子どもが使えるとは思わず、大人たちに警戒されずに済んだのだろう。
「じゃあ、大丈夫なの? どこも具合悪くなってないの?」
「はい」
ルディの返事に、私は泣きながら「よ、良かった。良かった……」と何度も呟いた。
不幸中の幸いに安堵した後、私は改めてルディに尋ねる。
「でもじゃあ、どうやって避妊していたの? 運が良かっただけ?」
父が言うには反対属性は子どもを授かりにくいそうだけど、運に任せるにはあまりに危険だ。
当然ルディも無策ではなかったようで、こう説明した。
「魔法で水の膜を作って、体液が混ざり合わないようにしただけです」
「魔法で水の膜を作ったって……それができたとして、冷たさで気づかれちゃわない?」
「僕の場合は人肌までなら水温を上げられるので」
だとしたら濡れた感覚がしても、確かに魔法による水だとは思わないかな?
しかし彼は簡単に言うけど、行為の最中にごく薄い水の膜を作って維持し続けるなんて、氷の塊を敵にぶつけるよりよほど難しい。繊細なコントロールを要する技だ。
それにそんな水魔法の使い方は聞いたことがない。
ルディは学園でも優秀と評判だけど、既存の魔法以外を新たに考案し使いこなしているなら、それはもう天才の域じゃないかな? 原作でサラッと書かれただけの『水魔法の天才』という肩書きは、全く伊達じゃなかったみたいだ。
けれど水魔法の若き天才は、驚く私にこう囁く。
「……だから僕となら姉上は安全に遊べるから大丈夫ですよ」
「えっ?」
彼は急に怪しいムードを作ると、あっという間に私をソファに押し倒した。
「遊びならいいと公爵は黙認したんでしょう? だったら学校が休みの間は、ずっと僕と遊びましょう? 今は僕も姉上と遊びたいですから」
意味深に頬を撫でられながら、濡れた声で鼓膜を震わされ「ひぇ」と心臓が跳ねる。
「あの、そのことだけど、こういうことはせめて好きな人としたほうが……」
しかしその発言はまたもや地雷だったようで、ルディは空恐ろしい真顔で畳みかける。
「それを姉上がおっしゃるんですか? じゃあ、昔は僕が好きだったんですか? こんな危ない薬を飲ませておきながら?」
「すみません。何もかも私が悪いです」
加害者である以上、説教できる立場じゃなかった。
「本当に悪いと思っているなら、今度は姉上が僕に尽くしてください。『ゴメン』とか『反省している』とか口ではなんとでも言えますから。僕と同じ目に遭って永遠に詫びてください」
言いながらネグリジェのリボンをしゅるりと解かれる。私は彼を直視できず目を逸らしながら、思わず自己卑下する。
「あなたは同じ目と言うけど、私とルディじゃいろいろ違うんじゃ……」
その一言に、彼はピタリと手を止めて硬い声で問う。
「公爵家の一人娘と没落貴族で泥棒の弟の僕では、人としての価値が違うと?」
こっちは没落貴族だとか泥棒の弟なんて思ったこともないのに、本人は気にしているんだろうか。
予想外の受け取り方をするルディに、私は慌てて弁解する。
「そ、そういう意味じゃなくて、外見が。私のような醜い女を相手にしたら、あなたがかえって汚れてしまう気がして……」
言葉は悪いがルディほどの美少年が、私のような不美人と肌を重ねるのは罰ゲームだ。
だけど彼は過去の傷のせいでおかしくなって、私を害するつもりで、より自分を傷つけようとしている。
年齢的に若すぎるのも問題だけど、せめて好きな人と結ばれて欲しい。
それなのに彼はこう答える。
「……昔はともかく今の姉上を醜いとは思いません。あなたが嫌いなそばかすも歯並びも、僕は一つ一つに口づけたいほど好きですから」
彼はその言葉を証明するように、私の肌に浮かんだそばかすに口づけを落とすと、熱を孕んだ瞳で告げる。
「僕に触れられて穢れるのは、あなたのほうです。だから僕をこんなに醜くした姉上を、滅茶苦茶にしたいんです」
彼はこんなに綺麗なのに、自分が穢れた醜い男だと思っているのだろうか? デボラがつけた傷はそれほど深いのか?
下手に拒んだら傷つけてしまいそうで、彼の望みを受け入れた。




