豹変
王立学園に入学してから、はじめての夏期休暇。私とルディは久しぶりにイヴルハイド家に戻った。
親なら普通は成績や、学園での人間関係が気になるところだろう。
けれど我が家の場合はこうだった。
「ルディオンの教育には関与しないと言ったが、お前たちはいつまで一緒に寝る気だ?」
入学から帰省までの数か月、私たちは女子寮と男子寮に分かれて寝ていた。これで添い寝の習慣はすっかり無くなったと思っていた。
けれど父の言うとおり、家に戻ったルディは、初日の夜には私の部屋に来て当然のように一緒に寝た。
むしろ学園でくっつけない分とばかりに、家に戻ってから昼も夜もベッタリだ。
口を開けば私へのダメ出しばかりなのに、猫のように甘えてくるとか。怖いのか可愛いのか分からなくて脳がバグる。
「すみません。あの子は実の姉に置き去りにされたのがトラウマみたいで。少しでも離れようとすると情緒が悪化するので……」
「年頃の男女が一緒に寝て、また妙な関係になったらどうする? 案外向こうは、それを狙っているのかもしれんぞ」
父には美しいルディが冴えない私を篭絡しようとしているように見えるらしい。
「……いえ、ルディオンが公爵家の地位や財産を狙っているということはあり得ないかと」
「どうしてそう言い切れる?」
原作ではそれら全てをふいにして私とお父様を殺すからです。
とは言えないので、無難な返答をする。
「あの子は地位や財産には全く興味が無いようなので。服や道具も私から言わない限り、自分から新しいものを買ってくれとは言いませんし。物欲が無いか、とても遠慮深いのかと」
でも私が拒んでも口を開かせてガタガタの歯並びを見たり、そばかすを撫でたりするのはやめてくれないので、遠慮深くはないかもしれない。
ただ少なくとも異性を誘惑しようとしての行為では絶対にないと言い切れる。
「どちらにしろ、年頃の男女がいつまでも同じベッドで眠るものではない。そういう関係でないと言い張るなら、そろそろ姉離れさせるんだな」
これは父の言うとおり、一つ年下とはいえ、彼は王立学園の一年生だ。
もう子どもとは言えない立場なのだから、学園では我慢しているんだからと甘やかさず、これからは一人で寝なさいと言うべきだろう。
そこでさっそく今夜も私の部屋に来たルディに話したが――
「嫌です」
彼は即座に断ると、遠慮なく顔を歪めて続ける。
「入学してから、ずっと学園では別々に寝ているのに。これ以上、姉上と引き離されたくありません」
「どうして、そんなに私と寝たいの?」
私の質問に、ルディは少し目を逸らして答える。
「……姉上がそうやって嫌がるから。あなたに負担をかけたいだけです」
「本当はただ甘えたいだけじゃ?」とは聞けない。
デボラが彼にしたことを考えたら、やっぱり今でも憎しみがあるのかもしれないし。
「別に私は負担だと思ってないけど。周りにどう思われるか心配なだけで」
復讐のつもりなら、あまり効果は無いとだけ伝えた。
「……だったらいいじゃないですか。周りになんて、どう思われても」
ルディは僅かな時間も惜しむように、私に抱き着いてきた。
やっぱり本当は人恋しいんじゃないかな? 私としては、この子がどんなに辛い思いをしてきたか知っているから好きなだけ甘えさせてあげたいけど、ルディの外聞が悪くなってしまう。
「私とまた変なことになっているかもと誤解されているのよ? 今度は屋敷内だけじゃなく、学園にまで噂が広まるかも。立場の弱さに付け込まれて、私に弄ばれているなんて思われるのは嫌でしょう?」
私が美しければ、まだ倒錯的な関係として絵になるかもしれない。でも私は本来のデボラよりは多少マシなだけの不美人だ。
美しい者がつまらぬ者に穢される。それはそのままルディの評判に泥を塗ることだ。
しかし本人は、またも予想外の反応をした。
「……別に嫌じゃないです」
「えっ?」
呆気に取られる私を、彼はなぜかベッドに押し倒した。それも私の両手首を縫い留めるように、シーツに押し付けて。
「ちょっ、ルディ? どうしたの?」
「最近よく昔を思い出すんです、姉上に夜な夜なされたこと。あの頃を思い出すと今でも死にたくなるのに、今のあなたには僕が酷いことをしたくなる」
「ル、ルディ。んっ……」
美しい顔が近づいて、そのまま唇を重ねられる。
前に「キスしてください」とねだられてから、姉弟間の愛情表現として頬や額にすることはよくあった。
それは私からだけでなくルディも。以前から私のそばかすに口づける癖があったけど、最近は頬や額に加えて髪や手にもするようになっていた。
いちおうこの国には、家族への愛情表現として頬や額にキスすることはある。ただし愛称と同様、溺愛レベルの愛情があればの話で、たとえばデボラと父のような関係性だと全くしない。
そこまでルディを愛しているかと問われれば、彼が望むなら一生でも償おうと思うくらい溺愛している。だから彼にねだられるまま「可愛いなぁ」とキスしたりされたりしていた。
でも流石に唇にしたことは今日までなかった。それはこの国でも明らかに、親愛の情ですることではないから。
姉弟の枠を壊すように深まる口づけに頭が真っ白になる。
「ちょっ、待って。ルディ。落ち着いて」
息継ぎの間になんとか硬い胸を押し返すも、彼はビクともしない。
「なんでそんな処女みたいな反応をするんですか? 本当はケダモノのくせに。僕たち、とっくに汚れているのに」
何かルディの中で入ってはいけないスイッチが入っているのを感じながら、私は必死に説得を試みる。
「いやいや。確かに私のせいだけど、だからって自暴自棄になっちゃダメよ」
しかしそれはかえって彼のトラウマを刺激したようで、ルディは不穏な笑みを浮かべた。
「昔、僕も言いましたよ。『ダメです、待って、やめてください』って。でも姉上は聞いてくれませんでした。それなのに自分は拒絶するんですか?」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
痛いところを突かれて語気を弱める私に、ルディは怖い顔で言い放つ。
「本当に嫌なら後で、僕に襲われたと公爵に泣きつけばいい。どちらにしろ、今この時は僕の好きにさせてもらいます」
それから彼は容赦なく想いを遂げた。そばかすや歯並びを見たがったように、私が隠したがる場所を全て暴いて。
事を終えた後。彼は部屋を出る前に、
「……僕の処遇は姉上に任せます。公爵に訴えるなり家から追い出すなり好きにしてください」
自分のほうがよほど傷ついたような硬い声で言い残すと、静かに立ち去った。




