ルディオンと悪い虫
可愛い義弟が「男らしくない」と呆れられなくて良かったけど、流石に同性相手には通じないんじゃないかな?
その予想は的中し、私はルディが同学年の男子生徒たちと学園の廊下で揉めているのを見かけた。
何を話しているんだろうと、そっと近づいて話を聞いてみる。
「そういう君こそ公爵家で養育されているだけで家を継げる立場ではないだろう! 君こそ無邪気に慕っているフリをして、実は彼女に取り入ろうとしているんじゃないか!? 外聞はあまりよろしくないが、義理の姉弟は結婚できるそうだしな!」
大声でルディを非難する少年に、
「えっ、そうなのか?」
「だったら君がいちばん怪しいじゃないか!」
と彼の仲間らしい男子生徒たちも追従する。
どういう話の流れなのか、またルディがあらぬ誤解を受けているようだ。
私は黙っていられなくなり「あの」と声をかける。
「わっ!?」
「イ、イヴルハイド嬢!?」
貴族の中で最も高位である公爵家の子女である私に、よからぬ現場を見られた彼らはサッと青ざめた。
ルディもイヴルハイド家の人間なのに。彼に敬意を払わないのは、元は没落貴族の息子だと侮ってのことだろう。
「どのような流れでそうなったのか知りませんが、弟を悪く言わないでください。不愉快です」
争いが苦手な私には珍しく「不愉快」なんて強い言葉が飛び出す。
でもルディは私の家族だし、彼らよりも一つ年下だ。それをよってたかってイジメるなんて、やっぱり許せない。
けれど私に睨まれた男子生徒たちは慌てて弁解する。
「いや、違うんです!」
「彼が先に僕たちを怪しむようなことを言うから!」
「ルディオンが先にって、いったい何を言ったんですか?」
もしこちらの誤解なら謝罪しなければと、詳しい経緯を尋ねる。
すると彼らは気まずそうにモゴモゴと話した。
「それはその……」
「公爵家狙いの害虫とか……」
「そ、そんな酷いことを? この方たちの話は本当なの? ルディオン」
もう一方の当事者であるルディに確認を取ると、彼は冷ややかな眼差しを男子生徒たちに向けて口を開く。
「僕は『公爵家狙いの害虫がいるから姉上を一人にできない』と言っただけです。それが自分への侮辱に聞こえたなら、心当たりがあるのでは?」
ルディの鋭い指摘が、彼らの胸に「ぐっ」と突き刺さる。
イジメの現場に遭遇したかと思いきや、むしろ彼らのほうがルディによる、より高度な口撃に晒されているようだ。
「す、すみません。弟が失礼なことを言って。行きましょう、ルディオン」
その後。人気の無い場所で改めてルディに事情を聞いた。
「僕がいつも姉上の後をついて歩くのが、男としてみっともないからやめろと。ですが、本当は忠告ではなく僕を遠ざけたいだけです。あなたを口説くのに僕は邪魔ですから」
「そうだったの」
それで彼らは『実は彼女に取り入ろうとしている』だの『公爵家狙いの害虫』だの言い合っていたのか。
貴族家の子息といっても、跡を継げるのはただ一人。それ以外の男子は自力で出世するか、他家に婿入りするしかない。
そういう意味で、公爵家の一人娘である私は最もいい婿入り先の一つだろう。だから私に近づくために、ルディが邪魔だった。
それにしても、と私はある感想を抱く。
「男の人も大変ね。地位やお金のために、好きでもない女を口説かなきゃいけないなんて」
苦笑しながら零すと、ルディは「は?」と不機嫌に問いただす。
「なんですか、その発想? いい生活がしたければ自分で努力すればいいのに、他人の財を当てにして群がる詐欺師どもに同情しないでください」
「確かにあなたの言うとおりだけど……それにしても私みたいな不美人に取り入らなきゃいけないなんて気の毒だなと」
元々のデボラに比べれば痩せたし、スタイルだけならいいほうだ。人を威圧するようなキツいメイクや服装でもない。
でも気弱な不美人には似合わない派手な赤毛に炎のようなオレンジの瞳。肌が白いのはいいけど、その分そばかすが目立つし、何よりルディお気に入りのガタガタの歯並び……十代の少女には気になる点が多すぎる。
昔デボラの父に言われたように『正攻法では異性に愛されることのない容姿』だろう。
そんな女とわざわざ恋仲になるのは、彼らにとっても不幸じゃないかなと思ってしまう。
「普通は不実で軽薄な男たちの食い物にされかかっている自分を憐れむところですよ。昔はそんなんじゃなかったのに、姉上は一生分の悪意を人生の序盤で使い切ったんですか?」
怖い顔で睨む義弟に、私はたじろぎながら謝る。
「ゴ、ゴメンね? 心配をかけちゃったみたいで」
「別に心配はしていません」
「じゃあ、どうして怒っているの?」
私の問いに、ルディは忌々しそうに顔を歪めて返す。
「姉上は僕のものなのに、他の男にも容易く食い物にされそうだから。僕の取り分が減るんじゃないかと気が気じゃないだけです」
前世も今世も私には家がある。だけどルディは自分の本当の家を失った。だからこれ以上、奪われないように必死なのだろう。
私はルディをそっと引き寄せて告げる。
「話しかけられたら受け答えくらいはするけど、ルディにあげるはずのものを他の人にあげたりなんてしないわ。あなたのものが奪われることはないから大丈夫よ」
彼は大人しく抱き締められながら不安そうに尋ねる。
「……でも姉上もいつか結婚するんでしょう?」
「あなたに大切な人ができるまではしないわ」
指通りのよいサラサラで柔らかな銀髪を撫でつつ、姉として優しく言い聞かせる。
彼をホッとさせたかったのだけど、ルディは逆にジトッと私を見る。
「優しいフリして、そのうち僕を適当な女に押し付けるつもりなんですね。自分が自由になるために」
彼の指摘に怯んだ私は、やや身を引きながら弁解する。
「そ、そんなつもりは。でもあなたも年頃だし、この学園には綺麗で可愛いお嬢さんたちがたくさんいるから、そのうち気になる子ができるんじゃないかと」
私の望みというより、少年の成長に関する当然の予測だ。ほとんどの少年少女が、思春期には異性や恋に興味を持つ。
ところがルディは他人事のような微笑みで言う。
「できるといいですね、そのうち。じゃないと姉上は永遠に僕から離れられませんから」
私の腕を掴む手が逃がす気は無いと訴えているようだった。




