43話
チャンネルの登録者数が、9500を越えていた。
放課後、机に突っ伏してスマホを開くたびに数字がじわじわと動く。昨日まで9400台だったのが、気づけば500を超えていた。
最新の動画のコメント欄もにぎやかになってきた。
「1万人記念配信やって!」
「生で歌聴きたい!」
「文化祭の動画見ました! 顔出しもっと!」
そんな言葉が並んでいる。
文化祭でのステージ映像が拡散されてから、俺の顔はもうほとんどのリスナーに知られている。
だから、いまさら実写配信に抵抗はない。ない……はずなんだけど、いざやるとなると何をやればいいのか分からない。
歌だけで押し切るのか、それともトークや企画も入れるのか。そもそも生配信ってどう進行すればいいんだ。
そんなことをぼんやり考えていると、机の向こうから視線を感じた。
「……何かあったの?」
咲がペンを置き、首をかしげている。柔らかな茶色の瞳がこっちをのぞき込んでくる。
「登録者がもうす1万超えそうでさ」
「わぁ……すごいね」
咲は目を丸くしてから、ふわっと笑った。
その笑顔は数字の増加よりもずっと心を軽くしてくれる。
「お祝いしなきゃね」
「いや、別にそこまでは……」
「お祝いもいいけどさ」
机の端に肘をついていた七海が、興味深そうに俺と咲のやり取りを眺めていたらしい。
視線が合った瞬間、にやりと笑った。
「もう1万人目前じゃん。リスナーも盛り上がってるし、やるしかないでしょ」
「……配信のこと?」
「そう。顔出し実写で初配信。ぜったい盛り上がるよ」
「でも……別に、今のままでいいんじゃない?」
咲が静かに口を挟む。
「智也くんの歌を聴きたい人が集まってるんだから、特別なことしなくても」
「いやいや、それじゃ弱いって」
七海はすぐに首を振った。
「どうせやるなら全力でやれ。第一印象ってめちゃくちゃ大事なんだよ」
「第一印象……って、歌で勝負するんじゃないのか?」
「そう思ってる時点で甘い。歌も大事だけど、配信は画面に映るもの全部が勝負材料。服装、髪型、表情、背景……全部ひっくるめてなんだって」
まるで経験者のような重みのある言葉。
「顔出し自体は、もうバレてるし別にいいんだけどさ」
俺は椅子にもたれて、軽く肩をすくめた。
「文化祭の動画のまんまで配信してもいいだろ。歌えればそれで」
「いや、それがダメなんだって」
七海は即座に切り返してきた。机から身を乗り出し、人差し指をピンと立てる。
「文化祭は勢いで押し切れたけど、配信はステージと違ってもっと近いし、粗が全部残るんだよ」
「……粗って、そんなに見えるか?」
「見える。髪のハネ、服のシワ、背景の生活感。そういうのってこっちは気にしてなくても視聴者は気づくから」
七海は俺の髪型をじろじろ見て「ほら、ここ。めっちゃ寝癖あるし減点」なんてことを平然と言う。
「お前、採点する立場なのかよ」
「だって私は見る側だしさ。あ、あとさ」
七海は一呼吸置いて、表情をわずかに引き締めた。
「歌い手ってさ、半分は演者なんだよ。声と同じくらい見た目も演出の一部。たとえばステージに出てきた歌手がヨレヨレの服だったら歌う前から興味なくすでしょ?」
「それはちょっとわかるか」
咲が七海の言葉に同意するように頷く。
「でしょ。だから歌だけで勝負ってのは、裏を返せば自分から武器減らしてるようなもん」
そこまで言われると、反論の言葉が詰まる。
たしかに文化祭のときだって、七海が音響を整えてくれなかったら半分は空回りしていたはずだ。
「……わかったよ。配信用に、ちょっとは見た目も整える」
「ちょっとじゃ足りないけどね」
七海はニヤリと笑い、カバンを肩にかけた。
「じゃあ日曜、駅前で。朝十時集合ね」
「え、今日じゃないのか」
「平日は時間足りないし、休日のほうがゆっくり選べるでしょ」
「……俺、ふたりと休みに会うのって初めてだな」
つい口から出てしまった言葉に、自分で少し照れくさくなる。
咲も頬をほんのり赤くして、「そうだね」と笑った。
「じゃあ、日曜は三人でお買い物だね」
なんだか、配信準備よりも別の緊張が増えてしまった気がする。
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