42話
数曲を歌い終えたあとカラオケルームの空気はちょっとだけ落ち着いていた。熱唱のテンションから、なんとなく雑談モードへと移行する時間になっている。
俺は喉に残った微かな渇きをコーラで潤してから、ふと目線を泳がせる。
言うか、やめるか。迷ったけど、結局、言葉になって出てきた。
「……なあ、ちょっと相談っていうか、聞いてもいいか」
咲がこっちを向いて、小さくうなずいた。
「なに急に。真剣な声じゃん」
七海はストローを咥えたまま目を細めて冗談めかして言う。
「……白川の、彼氏のことなんだけど」
その名前を出した瞬間、ふたりの表情がほんのわずかに変わった気がした。
ふたりには玲奈に振られたときのこと軽く話していた。とは言っても話したのは大分前だし、それ以降俺が玲奈の名前をあげることはなかったから微妙な反応なんだろう。
「なんかあったの?」
「いや……なんか、最近様子が変でさ。本人から詳しく聞いたわけじゃないんだけど、ちょっと気になって」
玲奈から聞かされた話をそのまま告げるのは、さすがにまずいと思った。
言葉を濁しつつ言うと思っていたよりも具体性のない内容になってしまった。
七海がドリンクを置いて、肘をテーブルにつく。その仕草は普段の軽さとは違っていた。
「でもそれ、智也くんが気にすること?」
咲がそっと口を開く。
「……だよな。俺もそう思ってた。でも、昨日ちょっと話す機会があって」
「そうそう、ほっとけば良いじゃん」
「まあそうなんだけどな……。ふたりは玲奈か田中先輩のこと何か知らないか」
咲は軽く首を横に振る。七海はなにか考える風に宙に視線を向けていた。
「もし知っていることがあるなら頼む」
七海が仕方なさそうに俺と目を合わせる。
「……あたしの友達がね、1年のときにその先輩と付き合ってたんだよ」
部屋の空気がすこしだけ静かになる。
「最初は優しくて、面倒見もよくて……顔も悪くないからすごく舞い上がってたみたい。でも、何回かデートした後、先輩の家に誘われて──」
一拍置く。七海の声がわずかに低くなる。
「無理やり襲われて、犯されそうになったんだって。どうにか逃げられたみたいなんだけど……。次会ったとき『お前もういいわ』って言われてそれきりだって。で、後からその子に聞いたらそいつ普段からそうやって女の子食い物にしてるらしくてね」
「……最悪じゃん」
咲がぽつりと呟く。
俺も、手元のグラスを見つめながら唇を引き結んだ。
「白川は……そのこと、知らないんだよな」
「うん。たぶんね。といってもあたしも又聞きだからどこまで本当かわからないよ」
しばらく沈黙が落ちた。ドリンクの氷が小さくカランと鳴る。
七海の話は真実味を帯びていた。それに、玲奈から聞いた話と合わせるとたぶん本当のことなんだろうなと思う。
結局、俺は何も答えなかった。
「ま、気にすんなよ。朝倉にはもう関係ないんだからさ」
咲が少しだけ視線を泳がせながら言った。
「あっ、そういえばさ」
「ん?」
「ななちゃんって、なんで智也くんのこと名字で呼ぶの?」
「……え、今その話?」
七海がちょっと面倒くさそうに笑って、ソファに背中を預けた。
「呼びやすいからだよ。てか、逆に咲が下の名前で呼ぶの早すぎじゃね?」
「えっ、そうかなぁ……」
咲がちょっと頬を赤らめて、ストローをくるくると回す。
「じゃあせっかくだし、次から智也って呼ぶ。いいよね?」
「あ、ああ。いいけど」
「なに照れてんの」
七海がからかうように笑いながら俺の名前を呼ぶ。
正直、なんて返せばいいかわからなくて、ただ苦笑いしかできなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




