Side 玲奈 3
昼休み、窓際の席に座ったまま、ぼんやりとスマホを眺めていた。
タイムラインに流れてくるのは、文化祭の動画、動画、また動画。
今年は当たり年だったのか、他校のやつも結構バズってる。編集うまいな〜と流し見していたそのとき、少し離れた席から名前が聞こえた。
「これやばくない? sakuraAって文化祭の人だったんだよね」
指が止まった。
スクリーンに写っていた別の動画がどうでもよくなる。
顔を上げると、斜め前のふたりがスマホを突き合わせてはしゃいでいた。
画面の中には、あの体育館のステージと、歌ってる彼が確かに映ってる。
何度も見た、もう知ってる動画。それなのに、見るたびに胸がざわつく。
私は笑った。
「うん、そうだよ。びっくりしたよね、まさか本人だったとは」
自然なトーンを心がけた。目元も緩めて、口角も忘れずに上げる。
他人事のように、軽く、さらっと返した。
「まじか〜、かっこよくね? え、やば」
「うちら見る目なかったってことじゃん!」
その言葉に対しても、笑ってみせた。
冗談に乗るみたいに、ちょっと肩をすくめるくらいの余裕を添えて。
うん、分かってる。分かってるよ、もうとっくに。
あの時は信じたくなかった。間違いであってほしかった。
でも──間違いじゃなかった。
彼の声、姿、空気。
動画越しでも、誤魔化せないくらい、朝倉そのものだった。
sakuraAって名前、あの雰囲気、あの歌い方。
今はもう誰が見たって分かる。言い逃れなんかできない。
……私、ちゃんと見てなかったんだな。
ふいに、胸の奥がざらっとする。
それを振り払うように、もう一度、スマホを見下ろした。
夕方のファミレスは、思ってたより混んでいた。
窓際のテーブルに4人分のトレーを並べて、ソファ席に収まる。
トマトソースのパスタ、チーズが乗ったグラタン、ポテトにドリンクバー。
それぞれのスマホがテーブルに置かれ、通知の明かりが何度も点滅する。
「ねえねえ、また伸びてるって! 文化祭の動画!」
「まじ? なんかね、他の動画からも流れてるっぽい。関連で一気に広まってるんだって」
「TikTokでも回ってきたー」
コーラのストローをくわえたまま、いつもと同じようなトーンで返事する。
「やばいね〜、なんか一気に人気出てるよね」
軽く相槌を打ちながらも、内心は静かにざわついていた。
誰もこっちを見てないのに、自分だけ裸にされてるような感覚。
「玲奈さ、朝倉って……元カレだったよね? あれ、そうじゃなかった?」
「うん、そうだよ。まぁ、ちょっと前だけど」
さらっと言いながら、グラスの氷をストローでかき混ぜる。
視線を合わせないように、手元だけを見ていた。
「なんかさー、今付き合ってたら絶対勝ち組じゃん!」
「まじそれ」
言葉のひとつひとつが、妙に刺さる。
皮肉でもなんでもない、ただの雑談。なのに、自分だけが妙に敏感になっている。
「まあ、タイミングもあるしね。あのときはあのときだし」
言葉に少しだけ棘が混じった気がして、すぐ笑い直した。
「ていうか、あの頃からそんな感じなかったよ。びっくりだよね、ほんと」
友達たちは笑って、次の話題へと移っていく。
推しの話、ファミレスの新メニューの話。
今の彼のこと、誰も聞いてこないんだな。
そんなことがふいに頭をよぎって、また氷をかき混ぜる手に力が入った。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




