Side 玲奈 4
「今日さ、彼と会うんだ」
パスタを巻いていたフォークを止めながら、そう言った。
カラカラと氷の音が鳴るグラス越しに、友達ふたりが同時に顔を上げる。
「え、デート? いいな〜」
「どこ行くの? なんか最近会ってなかったって言ってなかった?」
「うん、なんかお互い忙しくてさ。特に決まってないけど、まぁ……歩いて、カフェでも行って、みたいな?」
言いながら、自分でもぼやけた予定だなって思った。
「うわ、それ絶対あれじゃん。ね、夜までコースのやつ」
「やめなよ〜、ちがうし」
笑って受け流した。でも、否定しきれなかったのは、内心でもう予感していたから。
彼が望む時間は、たぶんそっちだった。
待ち合わせは駅前のカフェ。
彼は数分遅れてやってきて、スマホをいじりながら「悪い、待った?」とだけ言った。
私は「ううん」と首を振って、笑ってみせた。
「最近どう? バイト、大丈夫?」
聞き慣れた話が始まる。
使えない後輩の話、店長の機嫌の話、客のクレームの話。
彼は話が上手だ。私が相槌を打ちやすいように、笑うタイミングも分かってる。
でも、そこに私の話が入る余地はなかった。
コーヒーを飲み終えたころ、彼が立ち上がった。
「じゃ、行こっか」
私は席を立ち、バッグを肩にかける。
どこに行くのか尋ねようとした瞬間、彼の腕が私の腰に回った。
一瞬、息が詰まった。
けれど、反射的に笑ってしまった。拒まなかった自分が、あとで嫌になるのを知っていながら。
手を繋ぐでもなく、何気なく身体を寄せるだけのスキンシップ。
でも、そのまま歩いていく方向には、ラブホテルの小さな看板が並んでいた。
赤やピンクのライトが、夜の空気にじんわりと滲んでいた。
「いいよな?」
振り返った彼が、いつもの調子で笑った。
空気を壊さないように、私も笑顔を作った。
朝倉は、こんなふうに手を引かなかった。
強引さって、憧れだったけど──これ、ちがう。
照明は暗く、ベッドの隅にだけ明かりが落ちていた。
静かな寝息が隣から聞こえる。彼は、もう眠っている。
腕を回されることもなく、背中を向け合ったまま、何も交わさずに。
私はそっとバッグからスマホを取り出す。
YouTubeのおすすめに、sakuraAの動画が混ざっていた。
最近ちょくちょく見ていたから、勝手におすすめされるようになっていた。
指が自然と伸びる。
スマホの中から聴こえてくるのは、柔らかくて、静かで、でも確かに響く。よく知っている声だった。
朝倉の声。間違えるはずがない。
アイスを買って、ひとつを二人で分けた日。
手が触れそうになって、お互いちょっとだけ笑った。
気まずさじゃなくて、なんか照れてた。
あのときの空気が、音楽と一緒に蘇ってくる。
こんなふうに笑ってくれる人だった。
あんなふうに、優しく歌える人だった。
何度も一緒にいたのに、全然わかってなかった。
分かろうともしなかったのは、私のほうだったのに。
横で寝息を立てている彼の顔は見なかった。
見たくなかった。比べてしまいそうで。
背も高くて、顔も整っていて、先輩の方がかっこいい──でも。
朝倉のほうが、良かった。
そう思ってしまった。
でも口には出さない。だって、私が全部捨てた。私が選んだ。
スマホの画面ににじんだ光が、ぼやけて見えた。
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