36話
文化祭が終わって、数日が経った。
あの熱気が嘘みたいに、教室はいつもの退屈な空気に戻っていた。
黒板の端っこにまだ残っている「おつかれさまでした」の文字も、誰にも見向きされずに消されていく。
スマホを眺めながら笑ってるやつもいれば、机に突っ伏して寝てるやつもいる。
先生が来る気配を感じて、みんながダラダラと席に着きはじめた。
俺もその中に混じって、何事もなかったような顔をしてノートを開く。
いつも通りの時間。
だけど、なんだろう。この感覚は。
終わった、ってことは分かってる。
でも、あの日のことが、ちゃんと過去になってくれない。
ステージの上で歌ったあの瞬間。
ライトの熱。拍手の音。七海の笑顔。咲の視線。
全部が、まだ喉の奥に引っかかってる。
何かをやりきったはずなのに、
それがどこにも繋がってないような。
いや、繋がってほしくないと、自分でブレーキかけてるだけなのか。
そんなことをぼんやり考えながら、昼休みを終えて、またいつもの授業に飲み込まれていった。
放課後。
机を片付けていたら、後ろから七海が声をかけてきた。
手にはスマホを持っていて、何かテンションが高い。
「朝倉、ちょっと見てこれ」
「ん?」
「文化祭の動画。例のやつ、再生数、5万超えてる」
「……まじで?」
七海がスマホをこっちに向けてくる。
画面には、体育館で俺が歌ってる動画。
再生数の隣にある数字は、5万超え。コメントも20近くついてる。
これは誰かが勝手に撮影してあげられていた動画だった。七海に教えてもらうまで俺自身気がついていなかったが、ここまで伸びるとは予想できなかった。
「やばくない? コメント欄も盛り上がってたよ」
あ、と声にならない息が漏れた。
そうか、もう流れてんのか。こっちにも。
「俺の垢の方もじゃん……」
俺の動画のひとつに、こんなコメントが並んでいた。
「文化祭の動画から来ました!」
「この人の声、ほんと好き」
「やっぱり本人だったんだ、嬉しい」
冗談だろ、と思いたくなるけど、現実だ。
再生数も、じわじわと増えてる。
投稿してから数ヶ月、ずっと動きがなかった動画なのに。
「……なんか、怖くね?」
「んー……まぁ、ちょっとね。でも、嬉しいでしょ?」
七海の言葉に、俺は曖昧に頷いた。
たしかに、嬉しくないわけじゃない。
でも、心が置いてきぼりにされてる感じがする。
現実の俺より先に、sakuraAだけが走り出してる。
自分のことなのに、まるで他人事みたいだ。
夜。
自分の部屋に戻って、机の上にスマホを置く。
通知がちらちらと光るけど、しばらく放っておいた。
イヤホンをつけて、ふと、自分のチャンネルを開く。
再生リストの中にある、何度も録り直してアップしたカバー曲。
そして、その下に、新しく届いたコメントが表示されていた。
「文化祭のやつ見てきました! 他のもめっちゃ良い」
「オリジナルとかも聴いてみたいかも」
ひとつ、またひとつ。
知らない誰かの言葉が、画面越しに積み重なっていく。
今までは、ほとんど誰にも知られないまま、ただ投稿して、埋もれて、消えていくだけだった。
でも今は、少しずつ、誰かに引き上げられてる。
自分でも気づかないうちに、世界が勝手に動いてる。
指先でスクロールしながら、俺は息をついた。
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