28話
放課後の教室に、ほんの少しだけざわめきが残っていた。
机を寄せて話し込むグループ。荷物をまとめて帰る支度をするやつら。
その隅で、俺は実行委員の内田から説明を受けていた。
「えっと、出演は二日目の昼。持ち時間は二十分。リハは前日。音響の手配は……まあ、基本こっちでやるけど、特殊な機材使うなら申請してな」
「特殊って……どのへんから?」
「うーん、マイク複数本とか、外部出力いるやつとか……」
聞いてるだけで頭が痛くなる。
自宅録音なら自分ひとりで完結するのに、ステージってだけでいきなり難易度が跳ね上がった気がする。
「朝倉。心配なら、あたしがやるけど?」
椅子をくるりと回して、七海がこちらを見ていた。
その表情は、ちょっと得意げで、ちょっとだけ真面目だった。
「音響。セッティング。そういうの全部」
「……できんの?」
「できるに決まってんじゃん。朝倉が音ズレとかで事故って炎上する未来、絶対見たくないんだけど」
「フラグ立てるな」
つっこみつつも、正直ありがたかった。
七海がいるだけで、急に安心できる。
ふと視線を横に向けると、咲が微笑んでこっちを見ていた。
でもその笑顔は、どこか遠慮がちに見えた。
俺と七海の会話に入ってこようとはせず、少し離れた場所で鞄を抱えている。
なんとなく、言葉をかけそびれた。
その後、空き教室を借りて、リハーサルの簡易セッティングが行われた。
マイク、ミキサー、モニターの配置。
七海は手慣れた手つきでコードを接続していく。
「EQ、これくらいでどう? 朝倉の声って、ちょっと上に抜けるじゃん。中域しぼっていい?」
「え、うん。いいと思う……」
何をどうしたのか正直わかってないけど、音は確かにクリアになった。
「すげーな……」
「ん? 何が?」
「いや、お前、ほんとにそういうの詳しいんだな」
七海は少しだけ目をそらして、コードを巻きながら言った。
「……まあ、昔ちょっとだけ、ね。人のライブの手伝いとか、そういうのしてた時期あっただけ」
「へえ」
「機材いじるの、好きだったから。なんか、思い出すと勝手に手が動くっていうか」
その表情は少しだけ懐かしそうで、少しだけ寂しげだった。
でも、過去について深く語る気配はなかった。
俺はそれ以上聞かず、代わりに言った。
「……ありがとな。ほんと、助かってる」
「うわ、なにそれ急に。録音しとけばよかった」
いつもの七海の調子が戻ってきて、俺は少し笑った。
リハーサルが終わったあと、咲がそっと俺のところに来た。
「これ……よかったら」
手渡されたのは、小さな個包装の飴玉だった。
袋のデザインはやけに優しげで、端にはちみつレモンと書いてある。
「喉……大事にしなきゃだめだよ」
「……ありがとう」
それしか言えなかった。
七海に何か手伝えることが無いか聞いている姿を、こっそりと見かけてしまった。
咲はにこっと笑ってくれたけど、どこかぎこちないようにも見えた。
俺は飴の包みを指先で握りながら、言葉にならない何かを飲み込んだ。
帰り道。
咲とは駅で別れて、七海と二人並んで歩くことになった。
「……今日のリハ、思ってたより良かったな」
「そりゃあたしのおかげでしょ。感謝して」
「してるよ。心の底から」
「わー、褒められた。神回か?」
七海が小さく笑って、前を見たまま呟いた。
「……あたしさ、また音楽に関われてよかったなって、今は思ってんの」
その言葉に、俺も小さくうなずいた。
「俺も、お前がいてよかったよ」
夕焼けに染まった道を、二人で歩いていく。
背中に、文化祭の音が少しずつ近づいてくる気がした。
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