27話
「出ちゃえば? 本人として、さ」
七海の声が、いつもより静かに響いた。
からかい半分にも聞こえたけど、たぶん本音だった。
俺は返事をしなかった。
できなかった。
その日の放課後、教室を出て昇降口に向かう途中も、ずっと頭の中がぐるぐるしていた。
咲と七海は後ろを歩いていて、三人の靴音だけが、やけに大きく響いてた。
「文化祭、どうするの?」
咲が訊いたのは、下駄箱の前で靴を履き替えてるときだった。
声色はいつも通りやわらかい。
でも、目はちゃんと答えを求めていた。
「……考え中」
「ふうん」
咲はそれ以上は言わなかった。
けど、少しだけ寂しそうに笑ったような気がして、心がちくりとした。
「いや、だってさ」
自分でも何を言いたいのかよくわからないまま、言葉が口をついて出た。
「顔出ししてないし。声だけだったから、ここまで来れたっていうか……」
「へえ」
七海が俺の横を通り過ぎながら、つまらなそうに言った。
「じゃあ、ずっとそのままでいれば? モニターの裏に隠れて、知らない誰かのためにだけ歌ってりゃいいじゃん」
ピタリと足が止まる。
七海は振り返って、真っ直ぐに俺を見た。
表情は、笑ってもないし、怒ってもない。
ただ、まっすぐだった。
「顔なんて出さなくていい。仮面でも、ステージ暗くしてもいいよ。でもさ――今このタイミングで逃げたら、あんた後悔するよ」
「……後悔?」
「あんたは、届いてんの。もう。気づいてんでしょ? 声が、ちゃんと誰かに届いてるって」
その言葉に、咲が小さくうなずいた。
「わたしは、智也くんの歌、みんなに聴いてほしいなって思う」
「……」
言葉が出なかった。
嬉しいとか、ありがたいとか、そういう感情じゃなかった。
ただ、ぐっと胸が熱くなった。
その夜、俺はいつものように録音を始めようとした。
マイクを立てて、イヤホンを耳に入れて、歌詞のデータを開いて──でも、声が出なかった。
いや、出るには出た。
けど、いつもの声じゃなかった。
ノイズ混じりの、自分でも聴きたくないような、薄っぺらい声だった。
目を閉じて、深く息を吐く。
七海の言葉が頭をよぎる。
咲の、あの目も。
なんだよ。
俺は、ただ……
「誰かのために歌うって、こんなに怖くて、あったかいんだな……」
つぶやいた声は、自分でも意外なほど落ち着いていた。
翌朝、教室に入るなり、俺は内田を探した。
見つけると、足が勝手に向かう。
心臓が少しだけ速くなる。
「あのさ、文化祭のステージ、俺……出るよ」
内田は目を丸くして、それからにかっと笑った。
「マジかよ! サンキュー! これで目玉できたわ!」
周囲がざわつくのがわかった。
誰かが「本人だって、やっぱ」とか言ってる。
でも、今日はもう逃げなかった。
席に戻ると、咲が小さく拍手してくれた。
七海はニヤッと笑って茶化してきた。
俺は、なんか照れくさくなって、うつむいた。
でも、心の中は不思議なくらい、晴れていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければ☆で応援してもらえると、とっても嬉しいです٩(ˊᗜˋ*)و




