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05

俺は会釈をしてクロルと調理場へ行く。客が来たのを見ていた料理長がすでにお湯を沸かし始めてくれていた。ティーセットを出して茶葉の分量を確認、4人分のお茶を淹れてワゴンに乗せ、応接室に戻る。


ラパンさんは基本的に楽しいおしゃべりをしたい人なので悪い噂や悪口を言い振らしたりしない。アルエットさんも上品で優しい人だから安心だ。アルエットさんは小鳥の獣人で若い頃はこの町いちばんの歌姫と言われていた。今はアルエットさんの娘が町いちばんの歌姫、孫が未来の歌姫と言われているが、アルエットさん自身、いまだに熱烈なファンも多い。


そんな彼女がクロルのファンになる日も遠くないだろう。


「あのね、私達クロルちゃんに食べて欲しくてクッキー焼いて来たの。」



持って来てくれたバターとナッツたっぷりのクッキーはまだ暖かい。クロルが目を輝かせて受け取り、お礼を言うが、はたと動きを止める。まだ食事制限中だ。


「お心遣いありがとうございます。」


俺からクロルが先日食べ過ぎてお腹が痛くなり、今は食事制限中である事を説明した。ウルウルしてるクロルにルナール先生に聞いてからな?とコクコクと頷いた。


「すごくいい匂いがします〜」


クロルが嬉しそうに言うのでラパンさんとアルエットさんは日持ちがするから急がなくて良いのよ、と優しく言ってくれた。詰所のみんなの分まで焼いてくれて小分けになっていてありがたい。


「そう言えば、昨日町の西の空き家から甘い香りがしてね、それでクッキーを焼きたくなったのよ。」


でも空き家に誰かいる様子はなかったし…と、ラパンさんが言う。今日の情報はストレートだな。隊長に報告しておこう。


それじゃあ、またね、と帰る2人を玄関先まで見送る。それから 茶器を片付けてクロルを連れて隊長への報告とルナール先生への相談だ。隊長にクッキーを1包み渡して空き家の件を報告したら見回り当番に伝えるように言われた。医務室へ行ってルナール先生の分のクッキーを渡し、このクッキーをクロルがいつ食べて良いかを相談した。それならば、と1枚の半分だけ食べて様子を見る事になった。1つの包みに3枚入っていた。


サクサクでほのかに温かい手作りクッキーはとても美味しかった。ちらりとクロルを見ると


「春の祭りにだけ食べられるドングリとハチミツのクッキーも美味しかったけど、これは〜……」


貴重なカロリー源である蜂蜜をたくさん入れる訳にいかないのは想像に難くない。


はわわわわ…と言いながらする、ほにゃ〜っとした幸せな顔はラパンさんとアルエットさんに見せれば最高のお礼になるだろう。


「1時間経ってもお腹が痛くならなければその半分を食べて良いよ。でも今日はそこまでね。」


「はい!」


元気よく返事をするクロル。


「……1時間、てどれくらいですか?」


と小首をかしげる。クロルの時間は「朝・昼・夜」しかないのか。

俺が呆れているとルナール先生が時計を指差しながら説明してくれた。

副隊長と料理長、シェーブル、ペルランにクッキーを渡して、町の見回りに行っているシアンとピトンの分は食堂で預かってもらった。自分の部屋のチェストにクッキーを置いて、それから応接間と事務室の掃除を終えると1時間が過ぎていた。


時間を教えると嬉しそうに部屋に走って行く。


後を追おうとしたらシアンとピトンが戻って来たのでクッキーの事を知らせる。そして部屋に行くと…


クロルのクッキーの残りは1枚しか無かった。


「クロル、ルナール先生はそんなに食べて良いと言ったか?」


先生が言ったのはさっき食べた半分のクッキーのもう半分、合わせて1枚なら食べて良いと言ったはずだ。それなのにクロルは1枚半食べてご機嫌で… 俺の言葉に首を傾げている。


「半分食べて良い、って3枚の半分でしょう?」


違う、そうじゃない。


俺の解釈を説明すると納得がいかない様子でますます考え込んでしまう。 …腹痛になったらどうするんだ!!


そして夕方、お腹が痛くなったクロルを医務室に運んだ。


食べて良い分量について、解釈の違いを伝えると先生は肩を震わせて笑った。

胃腸薬を飲ませて


「今日の仕事はもうおしまいだよ。夕飯はスープだけだからね。」


クロルは夕飯まで医務室のベッドで休む事になり、スープに入れる香草を書いたメモを料理長に届けた。ショウガ、クミン、コリアンダー、フェンネル…?


料理長に説明して指示書を渡すと、呆れた顔で頷いた。

香草はお腹の調子を整える物だそうだ。


夕飯の時間にルナール先生がクロルを連れて食堂へやって来た。エプロン姿で給仕をするクロルを期待しているのに当てが外れたみんながどうしたのかと心配している。理由を聞いて皆が笑っている。笑われているクロルもてへへ、と照れ笑いをしている。照れる所だろうか?


スープだけに戻ってしまったクロルはやっぱり幸せそうにスープを飲み干したが物足りないようだった。順調に健康になっている証拠だね、とルナール先生が微笑んだ。大人と同じ量は食べられなくても7割程度は食べられるようになるべき、が先生の見立てだ。


食事以外はいつも通り、風呂に入って就寝。

今日から下着なしで寝て良いと言うととても嬉しそうに下着を脱いで丁寧に畳んでチェストの引き出しにしまった。


ようやく朝までぐっすりと眠れた。



-----------------------------------------



5日目のクロルの朝食はスープとクラッカー3枚。それからラズベリーが4粒。ベリー類や果物なら村でも食べていただろうが、初物だから数は少ない。


「ラズベリー!もう食べられる時期なんですね!大好きです!嬉しいです!!」


喜ぶクロルに自分の分を分けてやりたいが、まだ勝手に食事量を増やす訳には行かない。早く食べたいだけ食べられるようになってくれ。餌付けがしたい。


表の掃除をしているとラパンさんが通りかかった。友達の誕生日のための食材の買い出しだそうだ。


「ラパンさん、おはようございます!クッキーとっても美味しかったです〜!」


はにゃっと幸せな笑顔でしっぽをぱたぱた振りながらお礼を言うクロルに


「食べられたのね、良かったわ!」


と大喜びでクロルの頭を撫でるラパンさん。また来て下さいね、と手を振って見送るクロルに笑顔で手を振り去って行く。ご近所付き合いスキルが高いクロルが頼もしい。


洗濯物を干し終わった頃、戻って来たラパンさんが困った顔をしている。声をかけると髪飾りを1つ落したらしい、と。確かにさっきあった時は綺麗に結い上げていた髪が少しほつれている。孫から貰った大事な髪飾りなのに…。明日のために料理の仕込みをしなくてはならず、もう一度探しに行く時間がないと言う。


「警備隊の出番ですね!」


クロルが言った。探します!見つけます!とラパンさんの手を取って宣言するクロルに驚きつつ嬉しそうなラパンさんに今日通った道を聞き、匂いの手がかりとしてヘアピンを一本借りる。狼獣人の俺と犬獣人のクロルなら探すのはそう難しくないだろう。隊長に報告して2人で探しに行く。


ヘアピンの匂いをかいで強く匂いのする方へ、と帰って行くラパンさんを追いかけようとするクロルを止め、食材を買いに行った道を行く。おしゃべりをしたであろう場所が匂いの強さで判る。本当に顔が広い。


肉屋は店の裏庭で貯蔵や薫製作りをするので町の一番端にある。そしてその向こうには1軒だけ家があるが空き家だ。昨日、クッキーを貰った時に話に出て来た空き家だ、と思ってそちらを向くとラパンさんの匂いがする。また何か匂いがしてそっちへも行ったのだろうか?


「ルーさん、ラパンさんの匂いが地面からはしないのにあの家の方から匂って来る気がします!」


クロルの言う通りだ。住む人がいるなら庭先に落ちていた物を持ち帰るかも知れないが、空き家に持ち込むのはどう言う事だろうか?


声をかけても返事が無いので空き家の周りをクロルと手分けして見て回る事にする。俺は東から、クロルは西から回り込む。危険は無いだろうが何かあったら大声を出すように、と言って別れた。


小さな家はすぐに半周してしまい、クロルと合流するまで進む。


……と、北西の壁の側でクロルが四つん這いになっていた。


「クロル!!」


俺が慌てた声を出すとビクッとしてクロルがこちらを向く。


くっ口から…




バッタの足。




「バッタの足、出てるぞ。」


ぱっと両手で口を押さえるが、バッタを生で食べるな。ぞわぞわする!!

もぐもぐごっくん、にっこり、じゃねぇ!!


「あ!ルーさん見て下さい。ここの壁に穴があるんですよ。」


ん?バッタ捕まえて草で隠れた壁の穴を見つけたのか。覗くとそこは空っぽの食料倉庫だった。中からはラパンさんの匂いと薪の燃える匂い。誰かが入り込んでいる事は間違いない。


穴は小さく、入るのに苦労したがギリギリで通れた。もちろんクロルはするっと通れる。静かに音を立てないようにそっとドアを開けると、10歳くらいの女の子ともう少し小さいと思われる男の子がいた。


「「きゃーーーーーー!!!」」


俺達に気づいて叫んだのかと思ったが、オーブンの中の詰め込み過ぎてくすぶっていた薪が蓋を開けたタイミングで一気に燃え上がり、吹き出す炎に驚いたようだ。

騒ぎながら炎から逃れ、壁際にへたり込んで身を寄せ合うちびっ子。泣くな!


「泣かないで!ここのおうちの子?お家の人は?」


クロルが優しく声をかける。お兄さんぶって……、いや年上として優しく接している。


「…怒らない?」


女の子が震える声で聞くのでできるだけ優しい顔を作って怒らないよ、と言ってやる。


「アルエットさんちのシャンテとラークだね?」


頷く2人と驚くクロル。ここで何をしていたのか、との問いにおばあぁちゃまの誕生日にケーキを焼きたくて練習していたと答える。なるほど、秘密で作って驚かせたかったのか。


「ここを勝手に使って火事になったら町外れだから助けが間に合わないかも知れないぞ。」


そう言うと2人は少し青ざめて、ごめんなさいと素直に謝った。目の前で吹き出した炎の説得力。


「ルーさん、ここではダメだけど手伝ってあげられませんか?」


クロルの言葉に俺は少し考えて、何とかなるかな?と答えた。

俺が火の始末をしている間、シャンテ達が持ち込んだ物をまとめるのを手伝っていたクロルが忘れていたラパンさんの髪飾りを見つけた。空き家に来る途中で拾って、すぐにラパンさんのだと判ったので後で届けようと拾って来たのだそうだ。見つかって良かった。


2人を連れて詰所に戻り、料理長に相談すると快く引き受けてくれた。ケーキはまだ難しいのでクリームパイを詰所の調理場で作らせてくれると言う。ベリーソースで「誕生日おめでとうアルエット」と書くのは難しそうだが、おばあちゃまのためにとシャンテが頑張った。ラークはベリーを飾る。ちょうどいい箱を見つけて入れ、明日2人が取りに来るまで詰所で預かる事になり、2人は丁寧にお礼を言って帰って行った。


ついでに手本として料理長が作ったクリームパイが夕食のデザートに出た。


小さいながらも食べられたクロルは今日も幸せいっぱいだ。


隊長に報告したら雑用係で雇ってるのに隊員として活躍したな、と笑っていた。失せ物探しと火事を未然に防いだのと、小さな住人の願いを叶えた事。


明日、2人がパイを取りに来たら、クロルと一緒に髪飾りを届けて来るよう指示された。ついでにおめでとう、と言って来いって。



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クロルはまだ12歳だから成人まで後3年はかかるが、色々教育していつか雑用係でなく、正隊員になって町の癒し隊員として活躍できるだろう。いや、頼りがいのある大きな隊員になる…可能性もなくはないが。性格的にはやっぱり癒し系だろう。


これからも教育係として世話を焼く、そんな事を楽しみにしている自分に驚く。


クロルの村から小柄な獣人達がちょこちょこやって来ては出稼ぎをするようになるのはまた別なお話。

とりあえず完結です。

気が向いたら続きを書きます。


お読みいただき、ありがとうございました!!

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