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煙に巻かれて

*クロウ・ナガミネ(アルキュール王国 セダの村)



 後方で爆音。

 同時に地響き。

 大砲でも着弾したみたいだ。


 仮宿にいたときに着弾した一撃を思い出す。


 周囲は朱色で満たされている。

 村の周りの長大な《炎壁(ファイアーウォール)》の為だ。

 ならば、この爆発は、威力重視の《炎弾(ファイアバレット)》か?


 あてもなく撃ち込まれているんだろうか。

 村を早く燃やそうとでも?

 そうしたいなら《炎壁(ファイアーウォール)》を操作したほうがはやい。

 破壊しておいたほうがいいものがあるなら予めやっておくだろう。

 そうすると、マディンかジョシュアが相手してることになる。

 ジョシュアでなければいいけれど。


 ここまでの遠距離射撃となると、マディンは相性が悪くてもまだ捌ける。

 だが、ジョシュアは逃げきれずに殺される可能性が出てくるからだ。


 戦術は合流を最優先にすべきだ。

 だから、マディンがうまく捌いてくれることを祈ろう。



 そう頭の隅で考えつつも、今対峙している相手から気を抜いたりはしない。

 おそらく一番危険なのは僕だからだ。

 捌くというなら僕こそがうまく捌かないといけない。




 「いい眼だ」

 


 「きみ、生まれはどこだね」




 ポツリポツリと話しかけてくるローブの男。

 フードを目深くかぶっている。

 声からすると老年か。60過ぎのような気配がする。

 体格はそれほどいいわけではない。

 ローブの下に見えるのは仕立てのいい服。だが貴族ではない。

 地位のある戦士や魔術師が好んで着るような、動きやすい絹の服。


 注目すべきは手の短杖。触媒がなく、意匠が凝らされている。

 おそらく魔術師。しかも、精霊魔術師である可能性は低い。

 《炎壁(ファイアーウォール)》を生み出した人物は別にいるわけか。


 声色は平時のような静かさ。

 判断しかねるな。


 この質問がなんらかの術式の《鍵(トリガー)》の可能性。薄かろう。

 僕をこの場所から動かさないため?

 それなりに力量差があるように感じる。無論、向こうが格上。

 正面から時間を空けずにやりあうのが向こうとしては良手だ。

 だが、簡単に仕留めようと策を練っている可能性はある。


 五分五分ならば、こちらの有利なほうに。

 今必要なのは時間。

 一対一で勝算が薄いならば二対一で。

 マディンかジョシュアと合流する時間が欲しい。

 ならば、この質問に「それほどの戦術的意味がない」可能性に賭けよう。

 口を開く。



 「祖父が東方からきた流民でしてね」



 張りつめた緊張感のせいか。

 空気が泥のように重く感じる。

 一言一言話すというそのことが、何か致命的な失敗をしているような感覚。


 だが、行くしかない。

 もう賭け金を載せたのだ。



 「もともとラグマータのほうで暮らしていたんです」


 

 敢えて答え切らない。

 質問が来ればその分長引く。




 「そうかね。」



 「こちらの方にはなぜ?」




 相手が問いかけてくる。

 乗ってきた。余裕があるんだろう。

 どう答える? なぜ最初の質問をしてきた?

 「戦術的意味があるかどうか」はまだ五分五分。

 単なる感傷か? 殺す相手を詳細に知りたいという趣味か?

 あるいは刀に興味をひかれたか?


 わからない。外しすぎないことを優先。  



 「向こうで働いていた父が失職したそうで」



 「僕が物心つく前なんですけどね」



 と苦々しさを出して笑う。

 苦々しさは本心だ。と、余計な思考は切断。



 「ああ、ラグマータの奴めらは差別意識が強いからな。

  東方生まれの人間には当たりが強い。さぞかし苦労しただろう」



 予想外の返答。

 二重の意味で悪くない。思い入れが籠っている。

 興味関心で聴いている可能性が高まった。

 単なる風聞を述べている感じではない。

 そして、この相手がそれなりの地位にいた人物である可能性が高まった。


 ラグマータの中で異民族に風当たりが強いのは事実だ。

 だが、それは主に貴族階級の問題である。

 「純血主義」と言われている。

 「純血主義」はラグマータの人間なら縁深いものではあるが、アルキュールの人間が直接的被害を被ることはふつうない。

 当たり前だけれど、国が違うから。



 「ええ、困ったものですよね」



 だからラグマータの貴族連に思い入れを持ちうる人間は、大別して二種類しかない。

 アルキュールから外に出ていくことを生業とする、商人か冒険者。

 そして国外と交流する機会がある、貴族やある程度の身分の魔術師や騎士。


 この相手は商人や専業冒険者ではなかろう。

 洗練されすぎている印象を受ける。

 最低でも騎士、最高であれば宮廷の人間と長く付き合っていたような振る舞い。


 相手の可能性を絞りたいな。

 ラグマータの元宮廷魔術師、という線あたりか。

 アルキュール……、そうか。トミナールにいた可能性もある。

 気づかれない程度に水を向ける。



 「すっかり嫌気がさしてしまったらしくて」



 「トミナール戦争(・・)で国土が荒れ、入植者が求められたということで、戦後に家族で移ってきたのです」



 老人の目がギラリと輝いた気がした。

 老人が口を開く。声色には驚きと喜色。



 「きみ、まさか今のやり取りでその言葉を選んだのかね」


 「なるほど、これはアルベールでは御しきれんわけだ」



 トミナールというのは、14年前の紛争でアルキュール王国が併呑した王国の名前だ。

 建国以来長きにわたって続いてきた兄弟国の友情は、ある日失われた。

 アルキュールがトミナールに攻め込んだのだ。

 そして、この失われた王国の名前が獲得した土地に再び冠せられることになった。


 この併呑劇は、現在トミナール紛争(・・)と呼ばれている。

 曰く。

 アルキュールとトミナールははじめから一つの国になるべきであった。

 だから国同士の問題ではなかった。と主張しているわけである。


 この呼称はトミナール領の古い貴族には受け入れられていない。

 彼らは亡国を憂えてトミナール戦争(・・)と呼ぶのだ。


 この呼称自体はそれほど特別なものではない。

 国外でもたまに「紛争」と「戦争」を間違えることがあるそうだ。

 ただ、この言葉に反応するようであれば、この老人は旧トミナールの貴族の手の物である可能性が出てくる。

 駄目で元々のつもりで口に出したのだが、むしろ警戒させたらしい。


 そして、このニュアンスに気付くこと自体が、この老人がアルキュールの事情にある程度通じていることを示している。



 「これ以上話していると余計な情報を盗まれかねんな」


 と苦笑いしつつ、老人は短杖を構える。

 


 「なに、安心したまえ。

  殺しはせん」


 「きみはなかなか優秀なようだからな。

  連れ帰って教育(・・)させてもらうことにしよう」



 完全に買いかぶりなんだけどな。

 とはいえ、時間は稼いだ。やるしかないか。


 派手すぎる戦闘は厳禁。

 遠距離砲で援護される可能性がある。

 少なくとも屋根より上に移動するのは避ける。


 この老人の配下がいないとも限らないので背後も警戒。


 しかし音を鳴らす程度はしなくてはならない。

 できたら音で居場所を知らせて合流を目指したい。


 きついなあ……。

 


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