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山小屋での修練

*マディン・ソルネイル(アルキュール王国 セダの村への途上 山小屋)



 ここ一週間ほど、ずっとやり続けていることがある。

 俺の持っている使い魔に「名前」を与える下準備だ。


 使い魔に「名前」を与えるとはどういうことか。

 このことを理解するためには、はじめに精霊の話をしておく必要がある。




 精霊。

 地水火風光闇の六属性からなるものたち。

 精霊魔術によって呼びかけ、力を貸し、魔術演算を部分的にとはいえ代行してくれる存在。

 彼らはいったい何ものなのだろうか、という問いは、魔術の歴史そのものと同じくらい古い。

 聞いた話では、いまなお精霊魔術の研究機関たる「学院」の最重要研究課題の一つであり続けているそうだ。


 精霊はあらゆる物質に宿っている。

 あらゆる物質はその多寡によって性格がかわるのだ。

 大地には土の精霊が。湖には水の精霊がそれぞれ見出される。

 けれども大地に火の精霊がいないわけではなく、湖に風の精霊がいないわけではない。

 純粋に火の精霊だけで構成される火は、魔術に拠る火だけである。


 興味深いのは、畢竟、人間や魔獣、龍種に至るまで、およそすべての物質的生物の体内にも彼らがいるということである。

 その時彼らは、調和的なありかたで意志に従属している。

 つまり、体外にいる精霊と違って、体内にいる精霊とはそれとして交渉することが出来ない。

 そのかわりに彼らは体を動かす力、生命力や魔力を生み出す仕事を担ってくれていると考えられている。

 だから、多くの精霊を体に宿すものほど多くの生命力や魔力を持ち、また体もどんどんと頑健になっていく。


 このように、彼らがはっきりとした意志を示すのは体外にいるときだけだが、体外にいるからといってつねに意思疎通できるとは限らない。

 精霊はある程度の量がまとまらないとはっきりとした知性を持たない。

 彼らは自ずから互いに結びついたり離れたりしていると考えられるのだが、ある程度の量が結びつかないと、対話できるほどのはっきりとした人格が形成されないのだ。


 逆に、ある程度の量がまとまりはじめると、彼らはとたんに人格的な振る舞いをし始める。

 下位精霊と言われる類の物でさえ人語を介し、読書をするのだ。

 高位精霊ともなれば、賢者に等しい叡知を持ち合わせると言われている。


 彼らの正体が何であるか、それはいまだよく知られていないにせよ、こうした考察は確認されうる事実である。


 ちなみに、彼らには興味深い特性がある。

 それは、彼らが英雄譚や叙事詩、ラブロマンスからコメディにいたるまで、いわゆる人間の人間的かつ文化的な在り方を愛し、また模倣しようとしているということである。

 彼らは演劇好きであり、物語好きであり、ヒロイックな展開が大好きだ。

 「まとまっていない」状態でさえ、彼らは強い意志をもつものを愛し、大望を持つものを応援し、英雄的な振る舞いを賞賛する。

 ちなみに、人間に畏怖され、それゆえ英雄の対となる龍種の力の方もいっそう強化されているのはまったく皮肉なことであろうが。




 さて、使い魔の話に戻ろう。

 俺は霊獣火蜥蜴(サラマンダー)と盟約した、召喚術師だ。


 霊獣とは、特定の精霊を大量にその身に宿すことで変質した、半精霊のことである。

 俺が盟約した火蜥蜴(サラマンダー)は、火の精霊になりかけの蜥蜴という感じだろうか。

 全長3メートルほどの体躯に、溶岩もかくやというような高熱をまとっている。


 召喚術師とは、霊獣から力を借りた「獣魔術」を使うことが出来るものを言う。

 俺の場合は、《火蜥蜴の右腕(フレイムハンド)》とか《炎獣咆哮(ヴァルカンフレア)》がそれにあたる。


 アルキュールに出てくる前に、俺の召喚術の師匠から譲り受けた「盟約の指輪」。

 予め師匠が話をつけてくれておいたおかげで、中位精霊クラスの霊獣と盟約を結ぶことができたのだった。

 とはいえ、いまだ彼が全力で力を貸してくれるというわけではないのだが。


 彼らは盟約するとだいたい、親愛の証しとして、自分の眷属を寄越す。

 その眷属に魔力を練り込み、霊獣へと成長させること。

 それが召喚術師へと与えられた試練であり、修行であり、課題なのだ。


 この霊獣へのステップアップにおいて、最も重要な段階の一つが「名付け」である。

 眷属は名前を持つことで親から独立することが出来るようになる。

 そういう存在(もの)なのだ。


 「名付け」は三つのことを意味する。

 眷属が親の支配をはねのけうる程度には強くなっているということ。

 親の支配をはねのけることにより、成長のストッパーを外すこと。

 はっきりとした知性をもつことにより、呪文の制御を任せられるようになること。


 この三点から、「名付け」は、召喚術師の戦闘能力が一定のランクを超えることの指標ともいっていい。

 クロウから今回の話を聞く限り、戦力は増やしておいて損はない、ということで、急遽「名づけ」の準備をしていたというわけだ。

 



 「名づけ」の準備とは要するに、使い魔に毎日多くの魔力を注ぎ、より多くの精霊を抱え込めるように変化させることを指す。


 火蜥蜴(サラマンダー)に与えられた一匹の黒蜥蜴。

 彼の眷属にあたるのだろう。魔力との親和性も高く、精霊をとどめておきやすい。

 この黒蜥蜴に、毎日の余剰魔力を出来る限り注ぎ込む。


 おそらく、行き先の村につく直前辺りで、「名づけ」には十分な程度には仕上がるだろう。 



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