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第25章 影の狭間で見つけた色彩

自分の家になるかもしれない部屋を見つけるというのは、ある意味、残酷なことだった。

実際に訪れる前、その部屋は単なる住所にすぎない。

間取り図に記された寸法と、何枚かの写真。そして、「バリアフリー」という言葉を、階段がないという意味でしか理解していないかもしれない誰かが書いた物件紹介文。

それだけなら、冷静に調べ、疑問を投げかけ、条件に合わなければ諦めることも難しくなかった。そこには、まだ個人的な思い入れなど存在しないからだ。

けれど、一度その場所を訪れてしまうと、住所はまったく別の意味を持ちはじめる。

窓。

午後の日差しが差し込む床。

机を置けそうな場所。

そして、そこで目覚める自分を想像できる部屋。

一度でもそんな想像をしてしまえば、現実的な判断を下すことは、途端に難しくなってしまう。

高橋陽翔は、東京西部の小さな公園を見下ろすマンションを二度目に訪れたとき、その厄介な現象を身をもって実感していた。

そして今、間取り図を渡され、家具をどこに置きたいかと尋ねられたことで、その厄介さがさらに増していることを思い知らされていた。

「そうですねえ」

目の前のタブレットに表示された図面を眺めながら、陽翔は真剣な顔で答えた。

「できれば、ベッドは寝室の中に置きたいです」

藤本彩花が顔を上げた。

彼女は短い黒髪と観察力に富んだ眼差しを持つリハビリテーションの専門職で、人間の身体は家具のようには扱えないのだと建築関係者に説明し続けてきた経験から、並外れた忍耐力を身につけていた。

「ずいぶん大胆な発想ですね」

陽翔はにやりと笑った。

「僕は革新を信じていますから」

田中恵子が小さく笑い、近くに立っていた星野里奈も微笑みながら首を振った。

四人が集まっているのは、三階にある空っぽのマンションの一室だった。午後の日差しが木目の床に差し込み、淡い長方形の光をいくつも描いている。

窓の向こうでは、公園が少しずつ緑を取り戻しはじめていた。

前回訪れたときよりも木々の葉は茂り、隣接する建物の輪郭を柔らかく覆っている。遊歩道では女性がベビーカーを押し、ベンチの近くでは、小さな犬が木の根元を熱心に調査する様子を老人が見守っていた。

陽翔は、あの窓のことを覚えていた。

横浜への旅行中にも思い出した。

母への手紙にも書いた。

そして、なるべく考えないようにしていたにもかかわらず、引っ越したあとの部屋がどんなふうになるのか、想像しはじめていた。

それが危険だった。

なぜなら、この部屋はまだ自分のものではない。

そして、永遠に自分のものにならない可能性も、十分にあったからだ。

物件の所有者は、入居希望者について判断する前に、もう一度詳しい調査を行うことを認めてくれていた。恵子と彩花が室内を調べ、必要になりそうな改修について検討することはできる。

しかし、それは陽翔のために部屋を確保してくれるという意味ではなかった。

賃貸契約は、まだ結ばれていない。

改修工事の許可も、まだ下りていない。

そして最大の問題である、夜間の介助や緊急時の代替要員を含めた、安定した人的支援をどのように確保し、その費用をどう賄うのかという課題も、未解決のままだった。

それでも、陽翔は調査を続けることにした。

この扉が、本当に開く可能性があるのかを知りたかった。

たとえ、その答えが「いいえ」だったとしても。

◇ ◇ ◇

彩花は寝室から調査を始めた。

彼女は陽翔が現在使用している機器の寸法に加え、普段の介助に必要なスペースについての記録も持参していた。

この寝室は、最初に内見したマンションの寝室より、はるかに希望が持てそうだった。

出入口は広い。

室内への進入経路も単純だ。

そして、家具の配置をいくつか検討できるだけの床面積もありそうだった。

しかし、広く見えることと、実際に使えることは同じではない。

彩花は壁と壁の間隔を測った。

それから、ベッドを置く予定の場所を確認する。

「考えなければならないのは、ベッドそのものの大きさだけではありません」

彼女は説明した。

陽翔はうなずいた。

「機器を置く場所と、介助するためのスペースですね」

「そのとおりです」

彩花は壁際の一角を指し示した。

「ここにベッドを置くなら、移乗や体位調整に使う機器のための空間を確保できるか確認する必要があります。それに、介助する人が安全に作業できるだけのスペースも必要です」

里奈も間取りを見つめた。

「入口からベッドまで、どうやって移動するかも重要ですね」

彩花がうなずく。

「ええ。それに、あとから家具を動かせば何とかなる、と安易に考えるわけにもいきません」

陽翔は室内を見渡した。

「じゃあ、ベッドをあっちの壁に沿って置くのはどうでしょう?」

彩花は彼の視線を追った。

「それは検討する価値がありますね」

彼女はもう一度寸法を測り、恵子がメモを取った。

陽翔は窓のほうを向いた。

「それから、机はあそこに置きたいです」

彩花が振り返る。

「窓の近くですか?」

「はい」

彼女は少し考えた。

「機器の配置次第ですが、できるかもしれません」

陽翔は笑顔になった。

「素晴らしい」

そして里奈を見た。

「昔から、眺めのいいオフィスが欲しかったんですよ」

里奈が笑った。

「今だって寝室で仕事してるでしょう?」

「だからですよ。今のオフィスから見えるのは、本棚と叔父さんの疑わしいインテリアセンスだけですから」

恵子が微笑んだ。

彩花は陽翔に尋ねた。

「机は、具体的にどんな配置がいいですか?」

陽翔は考えた。

「補助入力装置を無理なく使える位置にパソコンを置きたいです。機器を置くスペースも必要ですし、できれば車椅子ごと向きを変えなくても外が見えるようにしたいですね」

彩花はうなずいた。

「なるほど。それは参考になります」

彼女は新たにメモを書き加えた。

陽翔は続けた。

「あと、ちゃんと寝室らしい部屋にしたいんです」

彩花が彼を見た。

陽翔はかすかに笑った。

「医療機器の倉庫みたいな部屋じゃなくて」

彼女の表情が和らいだ。

「もっともな希望だと思います」

陽翔は室内を見回した。

「機器を置かなきゃいけないのは、わかっています」

そこで一度、言葉を切った。

「でも、ここを自分の家だって感じられるようにしたいんです」

彩花はうなずいた。

「でしたら、それも評価の一部に含めましょう」

陽翔はしばらく黙っていた。

自分の身体に何が必要なのかを話し合うことには、もう慣れていた。

医療機器を置く場所。

安全な移乗。

介助の手順。

緊急時の動線。

そのどれもが、非常に重要なことだった。

けれど、彼が欲しいのは、それだけではなかった。

本のある部屋。

机。

お気に入りのランプ。

写真を飾る場所。

そして、葵が没収すると脅していた、どうしようもなくくだらないSF小説を並べる棚も欲しかった。

自分の障害に対応できる家が欲しい。

けれど、自分という人間のすべてを、障害だけで説明するような家にはしたくなかった。

彩花には、その気持ちが伝わっているようだった。

彼女は窓を見た。

「どこまで実現できるか、一緒に考えてみましょう」

陽翔は微笑んだ。

「そうこなくっちゃ」

◇ ◇ ◇

浴室は、それほど協力的ではなかった。

横浜への旅行以来、陽翔は浴室というものに対して、ある種の不信感を抱くようになっていた。

そして、この浴室は、その印象を改善するために何の努力もしてくれなかった。

彩花は入口の幅、設備の配置、利用できる空間を順番に確認していった。

最初に見学して断念したマンションの浴室よりは広い。

しかし、問題はいくつも残っていた。

現在の設備配置では、陽翔の日常的な身体介助のすべてに対応できない可能性がある。

使用する機器によっては、別の配置を考えなければならない。

さらに、一部の改修には所有者の許可や専門的な調査が必要で、建物全体の管理上の承認が求められる可能性もあった。

彩花は、見た目に可能性があるからといって、必ず解決策が見つかるとは約束しなかった。

陽翔は、その慎重さをありがたく思った。

実際に寸法を測った途端に崩れ去るような、根拠のない楽観論には、もううんざりしていたからだ。

「何とかなりそうですか?」

彩花は少し考えた。

「可能性はあります」

陽翔はため息をついた。

「その言葉、最近いちばん嫌いになりつつあります」

彼女は微笑んだ。

「わかります」

そして浴室を示した。

「でも、今ここで安心させるようなことを言って、あとから間違いだったとわかるより、慎重にお答えしたいんです」

陽翔はうなずいた。

「それはそうですね」

里奈は、普段の介助で実際に必要になるスペースについて説明した。

彩花は耳を傾け、それから陽翔自身の希望を尋ねた。

単に身体的に何が可能か、という質問ではなかった。

どんな配置なら快適なのか。

どんなやり方が嫌なのか。

介助の場面によって、どの程度のプライバシーを確保したいのか。

陽翔は一つずつ答えていった。

簡単に答えられる質問もあった。

一方で、考え込んでしまう質問もあった。

これまでの人生の大半を、他人が整えた環境で介助を受けながら過ごしてきた。

だからこそ、自分の選択を中心に設計された空間を想像することは、思いのほか新鮮だった。

あるとき彩花は、特定の機器を常に見える場所に置いて、すぐ使えるようにしたいか、それとも使わないときには収納したいかと尋ねた。

陽翔は考えた。

「もちろん、すぐ使えるようにしておきたいです」

彩花はうなずいた。

「でも、必ずしも部屋の真ん中に置く必要はありませんね」

陽翔はにやりと笑った。

「絶望的な工場風インテリアを目指すなら別ですけど」

彩花は声を上げて笑った。

「なるほど。覚えておきます」

◇ ◇ ◇

次に、一行はリビングへ移動した。

キッチンのカウンターは、陽翔が望むように利用するには高すぎた。バルコニーとの段差も問題になりそうだった。

彼は、何もかも一人でこなせる料理人になろうとしているわけではなかった。

身体的な介助の必要性を考えれば、食事の準備には今後も支援が必要になる。

それでも、何を食べるかは自分で決めたい。

食事についての相談にも参加したい。

そして、友人たちとくつろいで過ごせる場所が欲しかった。

陽翔はリビングを見渡した。

「ここにソファって置けますかね?」

恵子が微笑んだ。

「ソファですか?」

「はい」

彩花は寸法を考えた。

「大きさと配置次第では、置けると思います」

陽翔は満面の笑みを浮かべた。

「素晴らしい」

里奈が眉を上げる。

「誰かを招待するつもり?」

「当然です」

陽翔は窓のほうを向いた。

「僕は、ものすごく洗練されたホストになる予定なんですよ」

恵子が笑った。

「具体的には、どんなおもてなしを?」

陽翔は真剣に考えた。

「本と、コーヒーと、ひどい映画ですね」

里奈が微笑んだ。

「それから、みんなが動き回れるだけのスペースもね」

陽翔はうなずいた。

「それも必要ですね」

少し間を置く。

「というか、特にそれが大事です」

彼は鉄也のマンションのことを思い出していた。

プライバシーについて交わした会話。

誰かを家に招くたびに、家族行事や介助についての話し合いにならずに済むことの大切さ。

陽翔は恵子を見た。

「友達を家に呼べるようにしたいんです」

彼女はうなずいた。

「もちろんです」

「それを、みんなに特別なことみたいに扱われたくないんですよ」

彩花が彼に目を向けた。

「でしたら、介助を受けるときだけでなく、お客さんが来たときに部屋をどう使えるかも考える必要がありますね」

陽翔は微笑んだ。

「まさにそれです」

少し考えてから、彼は続けた。

「それと、誰かと二人きりで過ごしたいときに、スタッフの勤務時間との兼ね合いをどうするのかも知っておきたいです」

恵子はうなずいた。

「それは、介助体制全体を計画する中で話し合いましょう」

陽翔は窓を見た。

必要な支援を受けずに放っておいてほしい、と言っているわけではない。

安定した介助や緊急時の対応が重要であることは、十分に理解している。

それでも、ほかの大人たちが当たり前のように享受している、ごく普通の人付き合いをしたかった。

会話。

友情。

ソファに座る来客。

そして、午後のひとときをいつ終わりにするか、自分で決められる自由。

そんな望みが、不合理だとは思わなかった。

介助の必要性を無視することなく、そうした日常を送れる家が欲しい。

ただ、それだけだった。

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