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ジョセフ殿下の誕生日パーティー。私は大声で怒鳴ったし、伯爵令嬢をピシャリと叱りつけた。これで恐ろしい公爵令嬢の名をほしいままにし、悪役令嬢街道一直線!と目論んでいたのに。
蓋を開けると――
「キャロライン、ゴダール伯爵から御礼の手紙が届いたよ。ジョセフ殿下の誕生日パーティーで大活躍だったようだね」
そう父に言われたと思ったら、母からもこう告げられる。
「ジョセフ殿下から書簡が届いたのよ。お父様と確認したら、誕生日プレゼントで贈られた象牙のチェスをとても気に入ったそうよ。そして早速だけど、キャロラインとチェスをしたいって。今度の日曜日、礼拝の後、宮殿へ向かうことになったわ。昼食を一緒にいただき、その後、チェスで遊びましょう、とのことよ」
もう「げっ」と小さく呟いてしまい、「あらあら、キャロライン。今、げっぷでも出たのかしら?」と母にニコニコ顔で言われ、その笑顔とは裏腹に瞳がキラーンとしているのを見て、私はドレスの後ろが切れていた事件を思い出した。思わず背筋を伸ばし「げっぷをしました。ごめんなさい」と謝ることになる。
お母様は美人で優しいはずなのに、時々、こ、怖いっ! 絶対に敵に回しちゃいけない何かを感じる!
つまりジョセフ殿下とチェスなんて不本意だが、断れる雰囲気ではない。
ならばチェスで遊んだ時に、悪役令嬢モードを発揮するしかないわね……!
◇
ラベンダ―色の上品なパフスリーブのドレスには、白いレースやフリルがあしらわれ、とても可愛らしい。ロイヤルパープルのリボンに、お揃いの色のエナメルのパンプス。小さなお姫様の装いの私は、ジョセフ殿下の対面の席にちょこんと腰を下ろし、神妙な面持ちでチェスに興じている。
「ふうん。なるほど。この手があったか。……フィッツロイ公爵令嬢はチェスが強いね」
セレストブルーの宮廷衣を着たジョセフ殿下に褒められ、ここは悪役令嬢らしく「当然ですわ~、おーほっほっほっ」とでも笑いたいのだけど。視線を感じる。同じ部屋にいる母の。フィッツロイ公爵夫人の美貌の笑顔、そして鋭い一瞥に私は……。
「あ、ありがとうございます、ジョセフ殿下」
真っ当な公爵令嬢らしい答えを口にすることしかできない。
ジョセフ殿下とのチェス、二人きりは避けたいと思ったら、まだ私が五歳ということもあり、母が同行することになった。本来は乳母や侍女が同行でもいいのだろうけど、相手はこの国の第二王子。母はここが勝負どころと思ったのか。自ら同行することを申し出て、王家に「五歳の公爵令嬢、母の同行は当然です」と認められてしまう。
(同行しても別室で待機……かと思ったら、まさか立ち会うなんて……)
これでは悪役令嬢らしく振る舞いたくても、できない。何かやらかそうとすると、母が笑顔と共に鋭い一瞥で私を見る。そうなると私はお利口さんな公爵令嬢でいるしかない。
いや、ここは臆するのではなく、やっちまえばいいのでは!?
そう思い、出された紅茶を派手にぶちまけようとしたが……。
「あらあら。キャロライン。このティーカップはあなたのその小さな手では重かったのかしら?」
何と母は神業の動きで、私がティーカップを落とすのを回避したのだ! しかも――
「フィッツロイ公爵夫人、大変失礼しました! マーガレット、すぐに子ども用のティーカップを用意して!」
ジョセフ殿下も素早く対応する。こうなるとうっかりで紅茶をぶちまけることもできなければ、意図的にやれば母から何を言われるか分からない。
というか紅茶だけではなく、この場でちゃんと公爵令嬢らしく振る舞わないと、母から静かな雷が落ちる気がする!
静かな雷。
まさに母は公爵夫人として気品があり、声を荒げるようなことは100%ないはず。そうなると、優しい笑顔と口調で「マナーレッスンの時間を倍にしましょうか」と言い出しそうなのだ。
「あ、フィッツロイ公爵令嬢、そこでいいの?」
「あ……!」
うっかり考え事をしていたせいで、墓穴を掘ってしまう。
「……もう動かした後ですから……」
「フィッツロイ公爵令嬢は真面目ですね。でもまた勝負すればいいのだから。ではチェックメイトです」
「参りました……」
悪役令嬢として振る舞えないうえに、チェスでも負けてしまう。
最悪だわ……!
このままだとジョセフ殿下の良きチェス相手となり、いい感じで丸め込まれて、婚約者にさせられてしまいそうな気がする。
何か、何か、お母様の逆鱗に触れず、この状況を覆す方法はないの!?
そこで私はひらめく。
よし! この方法なら……うまく行くはず!
◇
「……殿下とのチェスにオーランドを同行させたいのかい?」
「はい。お父さま! ジョセフ殿下とお兄さまは同い年です。学友になれたらいいな、と思ったのです!」
日曜日の夜、宮殿から戻り、程なくして夕食の時間だった。私は夕食前の時間を見計らい、父の執務室を尋ねた。そこでチェスの場に兄の同行を提案したのだ。
「……なるほど。確かに二人は同い年だね……。よし。父さんから王家に打診してみよう」
「お父さま、でもお兄さまと殿下がチェスをしている間、私は暇になってしまいます」
「それはそうだね」
「だからお隣の侯爵家のエリザベス嬢も殿下に招待いただくのはどうでしょうか?」
「なるほど。オーランドが殿下とチェスをする間、キャロラインはポーレット侯爵令嬢とチェスするわけだね」
「はい!」
「いい提案だね。父さんの方で動いてみよう」
「ぜひ、お願いします、お父さま!」
我ながら名案だと思う。母にとって長男であり、次期当主の兄から目を離すことは絶対にできない。私と兄がいたら、兄を見る割合が多くなる。母の隙を見つけたら、そこですかさず私が悪役令嬢として振る舞えばいい!
◇
私の策は名案だったようだ。父は迅速に動き、その結果――
「再来週の日曜日のチェスからオーランドとポーレット侯爵令嬢、そしてポーレット侯爵令息が、ジョセフ殿下を訪ね、チェスのお相手をすることになったよ、キャロライン」
「!? ポーレット侯爵令息も参加されるのですか?」
「そうだよ。ポーレット侯爵令息も次期侯爵家当主だ。殿下とは仲良くなっておきたいのだろう」
「……でもポーレット侯爵令息は騎士見習いもされています。相当お忙しいのに……」
「本人も希望したらしい。ジョセフ殿下もポーレット侯爵令息が騎士見習いをされていることを知っており、向上心の強い彼と話せることを楽しみにしているそうだよ」
「そうなのですね……」
思いがけず推しと定期的に会えるチャンスが到来した。
これは……吉報と考えていいのよね!? 推しに会えるし、ジョセフ殿下と適度に距離をとりつつ、悪役令嬢として振る舞えるのだから!
こうして再来週の日曜日を心待ちにすることになった。
◇
「まさか家族四人で宮殿へ行くなんて。しかも王家の皆様と昼食をご一緒できるなんて。キャロライン、これもあなたのおかげよ」
馬車の中でニコニコと笑う両親と兄を前に、私は「そ、それはよかったですわ〜」と母親の言葉に微笑み返すしかなかった。
どうして、どうしてこうなったの!?
兄がジョセフ殿下のチェスの相手として私と共に宮殿へ向かうとなると、父が「私も同行しよう」と言い出したのだ! すると国王夫妻は喜び、「ならばポーレット侯爵夫妻も呼び、共に昼食を摂ろうではないか」と国王陛下が提案。その結果、ポーレット侯爵家と我が家は日曜日の礼拝の後、揃って宮殿へ向かうことになったのだ……!
で、でも父は忙しい身。毎回、同行というわけではないわよね!?
母が目を離した隙に、悪役令嬢を演じる気満々だった。だが父の目があるとなると――。
気にせず、決行してしまう!? で、できるかしら……? いや、やるしかないわ……!
お読みいただき、ありがとうございます!
ままならないキャロライン!
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