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「よく来てくれたね、フィッツロイ公爵令息、フィッツロイ公爵令嬢、ポーレット侯爵令息、ポーレット侯爵令嬢。なんだか友達が一気に増えて、嬉しいです」
スカイブルーの宮廷衣を着たジョセフ殿下はご機嫌で私たちを迎えてくれる。
「では早速、チェスを始めましょうか。……わたしはフィッツロイ公爵令嬢と続きになります。フィッツロイ公爵令息とポーレット侯爵令息、ポーレット侯爵令嬢は……」
「はい。殿下。もし差し支えなければ、そちらの本棚にある本を見せていただいてもよいでしょうか?」
ポーレット侯爵家でガーデン・パーティーが開かれた時、ポーレット侯爵令嬢はまだ三歳だったので、参加していない。でも現在四歳の彼女は年齢より大人びて、しっかり者だった。
今日もレモンイエローのドレスをきちんと着こなし、髪はきりっとポニーテールで私より年上に見える。
「ええ、勿論。高い位置にある本は従者にとらせるので、遠慮なく声を掛けてくださいね」
「はい!」
こうして私の両親、ポーレット侯爵夫妻が見守る中、チェスが始まる。
パウダーピンクのドレスを着た私は何かやらかそうと思うのだけど、チェスの局面はなかなかのもの。
(余計なことを考えられないわ!)
チラリと横を見ると、ワイン色のセットアップを着た兄が早速腕組みして考え込んでいる。
「!」
推しが私を見て、真面目な表情から一転、ふわっと優しい微笑みを見せる。
これにはドキーンと心臓が高鳴ってしまう。
騎士見習いの訓練をしている推しは、八歳とは思えないほど、体が出来上がってきている。わりとがたいのいい兄とも遜色ないぐらいに。
(パールホワイトのスーツもとってもよく似合い、素敵。美少年な推し、万歳!)
「フィッツロイ公爵令嬢」
「!」
「兄君の対戦が気になるのかな?」
「そ、そうですね。今、次の一手に悩んでいて、ヒントを探していて……」
「……なるほど」
ジョセフ殿下はニコッと笑顔だが、次の瞬間、兄たちのテーブルを見ると……。
一瞬、推しのことを冷たい眼差しで見たのは……気のせいですよね!?
なんだか心臓がバクバクしてしまう。
こ、ここは早く次の一手を打ち、殿下がチェスに意識を向ける状態にした方がいいわね。
そこで「えい、やー」で駒を動かすと……。
「フィッツロイ公爵令嬢、本当にそこでいいの?」
「……!」
問われて考え込むが、どの道、この駒は取られてしまう。だから多分、これでいいはず……なのだ。
「そ、そうですね……」
「わかった。じゃあ、わたしの番だね」
ジョセフ殿下が真剣な表情になり、チェス盤を眺める姿を見ていると――
あ、思いついた!
「殿下、今日のおやつは何が出ますか?」
「……うん、おやつ? おやつは……今は季節が夏だから、レモンタルトをリクエストしているよ。フィッツロイ公爵令嬢は好き?」
「大好きです!」
「そうだよね。甘いカスタードがたっぷりだから。でも大人が食べるレモンタルトは酸味が強いものもあるんだよ」
「へえ、そうなんですね。殿下はレモネードは酸っぱいのが好きなんですか?」
「どうかな。甘い方が好きだけど、気分転換したい時は、さっぱり酸っぱいレモネードかな」
本来、チェスというのは無言。戦略的に駒を動かす必要があるから、これを動かしたら、こうなって、ああなってと思考する。つまりおしゃべりどころではない。短い会話を交わしても、その後は再び無言になるのが当たり前。今みたいに話しかけるのは、相手の邪魔をするようなもので、本来よろしくない。話しかけられた方も集中したいので、切り口上になるはずなのだけど……。
「フィッツロイ公爵令嬢はレモネードは甘いのが好き?」
「はい。甘いのが好きです。夏の暑い時によく冷えた甘いレモネードは最高だと思います!」
「そうだね。……ではレモネードを用意させよう」
「私、チェリータルトも食べたいです!」
「チェリータルトかぁ。今日はもう間に合わないかな。でも次回、用意させよう」
ジョセフ殿下は普通に会話し、ニコニコ笑顔だが、むしろ私の母から声がかかる。
「キャロライン」
「はい、お母さま」
「殿下は次の一手を考える必要があるわ。おやつのことは公爵邸に戻ってからゆっくり話しましょうね。甘いレモネードとチェリータルト、ちゃんと用意してあげるから」
「……分かりました」
「フィッツロイ公爵夫人、お気遣いありがとうございます。もう次の手は考えてあります。こうやってフィッツロイ公爵令嬢とおしゃべりできるのが、わたしは楽しくてならないのです」
「まあ、殿下。そう言っていただけると光栄ですわ」
キャロット色のドレスを着た母にやんわり注意されてしまった……と思ったけれど、まさかのジョセフ殿下のフォロー。
「ポーレット侯爵令息、どうしましたか?」
「いえ、何でも。すみません。もう少し考えさせてください」
どうやら推しはこちらの会話を気にして、思考がストップしていたようだ。
ジョセフ殿下の邪魔をしたかったけれど、推しの邪魔をするつもりはないのに!
推しに申し訳ないと思っていると「よし。ではこの手で決めた」とジョセフ殿下が声をあげる。私はチェス盤を見て「あっ!」と思うが後の祭り。
さっき、私は下手を打っていた……!
どうやっても負ける展開が見える中、悪手を打つしかない状況。
うう、悪あがきをするべきか。降参するべきか。
しばし悩み、私は白旗を振ることになった。
私はまさに「やっちまったな~」で口をへの字にしていたが、そんな私を見てジョセフ殿下は楽しそうに微笑み、推しはハッとして視線を逸らしていた……なんてこと、この時の私は全く気付いていなかった。
◇
兄とポーレット侯爵家を巻き込んだジョセフ殿下とのチェス。私が予想した通りで、父の同席は毎回ではない。時間がある時に顔を出すという感じだが、その際は漏れなく国王陛下夫妻と昼食を共にしている。政治的にも重要な意味を持つようになり、父の参加率は高い。
そうなると私はなかなか悪役令嬢らしい振る舞いができないし、ちょっと何かやろうとすると母から全力でフォローされてしまう。
ままならないまま季節は夏を過ぎ、秋へと移ろい、初冬を迎えたその日。
水曜日、ダンスのレッスンを終えた私は父の執務室へ呼び出される。そこには母もいて、何やらただならぬ雰囲気。
「キャロライン」
「はい。お父さま」
返事をしながら「もしや」と気づく。
「王家からジョセフ第二王子殿下の婚約者にぜひキャロラインをと言われている。父さんもマーガレットもこの話を受けるつもりだ。殿下はチェスを通じ、キャロラインと毎週会い、その人柄を高く評価してくださった。とても光栄なことだ。フィッツロイ公爵家としても誉れに思う」
誰もが認める悪役令嬢になろうとして、幼い頃は割と上手くいっていた。だが、この世界のヒーローである第二王子の前では……悪役令嬢になりきれなかった。父が同席し、母が全力でフォローをしたのは……この世界の物語を正しい方向に導こうとする抑止の力が働いた結果なのかもしれない。
つまり想定はしていたけれど、やはり私は第二王子のジョセフ殿下の婚約者になることは……免れないのね。
所詮は悪あがきだったのだと、いつかは来る日が遂にやって来たと悟り、私はしおらしく頷く。
「分かりました……。とても光栄です」
「よかった。キャロラインもジョセフ第二王子殿下と婚約できるのが嬉しいのだね」
チャコールグレーのスーツ姿の父が満面の笑みで尋ねる。
全然嬉しくないのだけど、ここはこうするしかないのよね。
そこで私はアイボリーのドレスのスカートのフリルをぎゅっと握りしめ、作り笑いで応じる。
「そうですね。とても嬉しいです」
「よかったわ。おめでとう、キャロライン」
ディープパープルのドレスを着た母が私のことをぎゅっと抱きしめた。
お読みいただき、ありがとうございます!
一縷の望みをかけるも、進行通りの婚約に……!
続きは明日の夕方頃公開予定です~
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