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結局、物語の正しい流れに乗ってしまったわ。
ジョセフ殿下との婚約内定が決まり、私はため息。
「はぁ」
「!」
このため息は私ではなく、馬車に同乗している兄!
「お兄さま、どうされましたか!?」
「キャロラインとジョセフ殿下の婚約内定が決まった。それは……祝うべきことと分かっている。でも……僕は……キャロラインがお嫁さんに行ってしまうと思うと悲しい!」
「まあまあ、坊ちゃま、泣かないでください。お嬢様はまだお嫁には行きませんよ。お嫁に行くのはうんと先のこと。まだこんなに小さいのですから、お嬢様は」
モリーの言葉に兄は泣くのをやめて尋ねる。
「ではキャロラインはまだ公爵邸で僕と一緒に暮らすんだね?」
「そうですよ、坊ちゃま。お嬢様は公爵邸で妃教育をこれから受けることになるんです」
これを聞いた私は「えっ」と声を漏らす。
「第二王子妃になるためには王室のマナーを身につけ、王家の慣習を知る必要があります。外国語も学び、各国の文化に精通する必要もありますからね。お嬢様には新しく沢山の家庭教師がつくことになります」
「……キャロラインはそんなに勉強に追われるのか。そうなったら僕と話す時間は……」
「お食事の時間に話せますよ! それに日曜は勉強はお休みですから、お出かけも出来ますよ!」
「そうか。それならば安心だ!」
兄はそれでいいようだが、私はよくない!
今だっていくつもレッスンを受け、大変なのに、妃教育を受けるなんて……! しかも将来、婚約は解消されるのだ。そんな勉強をしたって……。
「お嬢様、心配しなくても大丈夫ですよ。奥様もサポートすると言っていましたから」
「お母さまが……!」
母はおっとりのんびりの公爵夫人などではなく、様々なことに気を配り、いざとなったら動ける女性だった。
つまり母がサポートろいうの名の監視をするなら、勉強からは一切逃れられない……!
もう、Oh my goodness!だ。
私はまたも口をへの字にして宮殿へ向かうことになった。
◇
「フィッツロイ公爵令嬢、フィッツロイ公爵令息、よく来てくれました。ポーレット侯爵令息とポーレット侯爵令嬢も、ありがとうございます。用意は出来ているので、座ってください」
ジョセフ殿下はいつも通り、チェスをやりに来た私たちを迎えてくれる。
婚約内定があったものの、世間にはまだ公表されていない。水面下でいろいろ詰めている段階なので、婚約の件を知っている者は限られている。ジョセフ殿下がいつも通りなのは当然と思っていたのだけど……。
「フィッツロイ公爵令嬢」
「はい」
「なかなかの局面だから、次の一手を考えるのに、少し気分転換をさせてもらってもいいですか?」
「はい、勿論です、殿下」
「ありがとうございます」
気分転換でジョセフ殿下は何をするつもりなのだろうと思ったら……。
「バルコニーに出ませんか?」
「!」
これには驚き、チラリと少し離れた場所に座り、私たちの様子を眺める両親を見てしまう。すると母はニコリと微笑み、父はこくりと頷く。
つまりジョセフ殿下とバルコニーに二人で行って良い、ということだった。
バルコニーは両親の席から丸見えで、ガラス窓一枚隔てただけになる。二人でバルコニーに出ると言っても、二人きりのようでいて丸見えなので、実質二人きりとは程遠い。だからこそ、両親は二人でバルコニーに向かうことを許したのだろう。
「ではフィッツロイ公爵令嬢」
ジョセフ殿下がわたしに手を差し出す。
こうなったら応じるしかなく、自分の手を彼の手に乗せた時、視線を感じる。チラッと見ると、兄と推しがこちらを見ているではないですか!
でもジョセフ殿下がチラリと二人を見ると、兄も推しもスッと視線を伏せてしまう。
相手が王族となると、みんなこうなってしまうもの。
キィ……と軋むような音がして、バルコニーへ続く窓を開けると、ジョセフ殿下が「どうぞ」と私をエスコートする。
兄と推しから目線を離し、目の前のバルコニーに向けると……。
「殿下、あの花は……」
「綺麗だよね? 王家の紋章にも使われているユリなのだけど、フィッツロイ公爵令嬢とわたしの婚約内定が決定したから、その記念で今朝植えてもらったんだ」
「!」
バルコニーから見下ろした先にあるのは冬園で、ガラス天井から見える一面がユリの花だったのだ!
「まだ細かい条件などを詰めているみたいだけど、フィッツロイ公爵家は由緒正しいこの国の公爵家。問題なく、この婚約は成立します。わたしは……それがとても嬉しいのです」
そこで向き合ったジョセフ殿下が眩しい程の笑顔になる。
「フィッツロイ公爵令嬢」
「……はい」
「わたしは心からあなたが大好きです。生涯かけ、あなたを愛すると誓います」
そう言ってジョセフ殿下が私の手をとり、甲へとキスをする動作をする。
これに私はもうビックリするしかない。
小説の中に子ども時代の描写はなかった。でもジョセフ殿下はキャロラインにこんな言葉を贈っていたの……?
こんな言葉を贈っておきながら、後にヒロインと出会い、彼は心変わりをしていく。
人の心なんて移ろうもの。信じてはいけない。今のジョセフ殿下は“今だから”の姿。将来彼はヒロインに心を奪われる。
顔が強張らないように注意しながら、慎重に私は答えるしかない。
「殿下、素晴らしいお花のプレゼント、ありがとうございます。チェスをするため宮殿に来る度にこのお花を見ることができ、嬉しいです」
「よかった! 喜んでもらえて!」
ジョセフ殿下が笑顔になればなるほど、私の心はクールダウンしていた。
◇
「ごめんね。今日はニール王国の王弟が来ているのだけど、そのご子息が僕と同い年で、急遽会いたいと連絡が来てしまって……。これから父上と迎賓館に行くことになってしまったんだ」
「殿下、僕たちのお見送りなど、お気になさらず。他国の王族への歓待は王家の皆さんしかできないこと。そちらを優先いただいて当然です」
父より兄が先にビシッと応じ、これを見た両親は頼もしい兄の姿に笑顔がほころぶ。
「そう言ってくれると、心が軽くなります。ありがとう、フィッツロイ公爵令息」
ジョセフ殿下は侍従長と共に退出し、私たちはエントランスホールへと向かい、歩き出した。
「フィッツロイ公爵令嬢」
推しが声を掛けて来たので、兄はエリザベスと並んで話しながら歩き出す。
私は推しと並んで歩きながら、尋ねる。
「兄との対局はいかがですか?」
「あ、対局は……フィッツロイ公爵令息は相当チェスをやっていますよね。強い。手強いです」
「そうですよね。兄と勝負しても、私の勝率は……五回に一回勝てたらラッキーという感じです」
「なるほど……。……フィッツロイ公爵令嬢」
改まった様子の推しに「?」と思いつつ、その美しい顔をチラリと見る。
「今日……殿下とバルコニーで何を……話していたのですか?」
「えっ」
「殿下がフィッツロイ公爵令嬢の手を取り……その、レディへの礼をしていましたよね。……通常、大人の女性にする礼なのに。何か……あったのかと心配で……」
銀色の瞳を伏せ、心配そうな表情を浮かべる推しの横顔はファン垂涎もの!
このショットで缶バッジが欲しい。クリアファイルでもいい。……ではない! バルコニーに向かった私とジョセフ殿下のこと、推しもじっと見ていたのね……。
確かに手の甲へのキスはレディに対するもので、未成年や未婚女性にするものではない。どうしたのかと思うのは当然だけど、こんなに心配するなんて……。
逆に推しはどうしたのだろうと私が心配しそうになる。
とりあえず婚約の件は話せないから、適当に誤魔化さないといけないわね……。
「バルコニーから冬園が見えたのです」
「冬園……」
「はい。そこには今朝、植え替えたというユリの花が一面に咲いている一画があり、とても美しかったので、私が褒めたんです」
「なるほど」
「すると殿下が喜んで、『褒めていただけて光栄です』ということで手の甲をとり、礼を尽くしてくださったのです。私が公爵令嬢だったので、最大の礼儀を尽くしてくれたのだと思います」
「……そう、だったのですね……」
推しは納得したような、納得していないような、なんとも複雑な表情をしている。
「ジョセフ殿下は年齢よりも大人びているので、ご自身はもう大人の気持ちだったのかもしれませんね。私も……さすがにビックリでした」
「……バルコニーにフィッツロイ公爵令嬢を連れ出したのも、そのユリを見せるため、だったのですか?」
「そうみたいです。以前、私がユリを好きと話していたのを覚えていたようで……」
「そうでしたか。……それならば安心です」
「?」
「あ、いえ……。その……そうだ。先輩騎士に『ジャルマン騎士団の物語』の初版本を貸していただいたのです。フィッツロイ公爵令嬢、興味はありませんか?」
「あります!」
『ジャルマン騎士団の物語』は王都で大人気の物語で、冒険あり、恋愛ありで大人から子どもまで熱狂的な人気を博している。既に3巻まで出ているが、初版時はそこまで売れると想定されておらず、ごくわずかしか刷られていない。しかも初版の誤字でかっこいいはずのヒーローの台詞が令嬢言葉になっている箇所があるとかで、ファンの間では「初版を見たい!」という声が多かった。
「ではフィッツロイ公爵令嬢、水曜日のお茶の時間はいかがですか? 騎士団では叙任式があり、その日の午後は修練が休みなんです」
「なるほど! 毎日家庭教師による授業があるのですが、ティータイムは休憩できます。お父様とお母様に相談して、少し長めに休憩できないか聞いてみますね」
「はい! ぜひ。僕もお父様に頼み、招待状を送ります!」
お読みいただき、ありがとうございます!
喜ぶ殿下と心配する推し
キャロラインを巡り、二人は――
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