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子ども向けの遊具……と侮っていたが、それは間違いだった。
木製の四人掛けブランコは、ロープや支柱に蔦が絡まり、花も飾られ、とってもオシャレ。つい、乗りたくなってしまう。
さらに移動式遊園地にあるメリーゴーランドの木馬――まさにその貴族向け・人力版といった趣の遊具は、まだ乗馬をしたことのない興味津々な子どもたちに大人気だ。
ブランコも木馬も子どもたちの大行列で、私も兄と並び、楽しむことになった。
「キャロライン、あっちにドールハウスもあるって。珍しい東方のお城やオニオン・ドームのオリエンタルな王宮もあるらしいよ」
兄に言われ、「みたいでしゅよ!」と私は東屋にダッシュするなど、ガーデン・パーティー前半は推しよりも遊具に夢中になってしまった。
もう、私ったら、何をやっているの!? 推しと会うことを忘れ、悪役令嬢になることも忘れ、遊具を満喫してしまうなんて!
我に返り、まずは推しを探すことにする。
「ポーレット侯爵令息でしたら、庭園迷路にいるかと。お嬢様たちも行かれますか?」
「うん。いくでしゅ」
「ねえ、モリー、ぼく、おしっこ行きたい」
「分かりました。ポール、お坊ちゃまをレストルームに案内していただくよう、頼んでちょうだい」
「かしこまりました、モリーさん」
「ではお嬢様は庭園迷路に行きましょうか」
「うん!」
こうして一旦、兄と別行動となり、乳母のモリーと共に庭園迷路に向かうと……。
「わあ、すごい大きなトピアリー!」
庭園迷路の入口には大きなゾウの形に刈られたトピアリーが飾られている。しかも通常の庭園迷路は生け垣が壁の役割だが、ここは遊び心が効いていて、生け垣のトピアリーに丸く穴が開いており、それは子どもだけが通り抜けできるもの。
「モリー、あたちここ、いく!」
「ええ、お嬢様、そこはモリーが通れないので、こっちから行きましょう」
「やだ!」
我が儘悪役令嬢とばかりに私はモリーの手を離し、生け垣の丸穴へ向かってしまう。
「お嬢様~!」
モリーの困り切った声を背中に聞きながら、生け垣を抜けると、小ぶりの噴水があった。周囲は色とりどりの花々に囲まれている。
「わあ~、すてきでしゅよ」
そう思ったが、何だか不穏な声が、噴水の向こう側から聞こえてくる。
「お前の髪の色、変だよな」
「なんだか灰色狼みたいだ!」
「お前、人間の子どもじゃないのでは?」
何事と思い、近づくと、兄より数歳上の少年らしき三人組が、アイスブルーの髪色の男児を取り囲んでいる。
「髪も長くて女みたいだ」
「ドレスの方が似合うんじゃないか」
「ひょろっとしているしな」
アイスブルーに銀色の瞳の美少女にも見えるこの男児は……。
私の推し! ポーレット侯爵令息――ウィリアムだわ!
まさかの推しが貴族の悪ガキにいじめられているなんて。由々しき事態である。
「なにをしているでしゅか!」
私は仁王立ちで三人の男児を睨みつける。
「げ、誰だよ、こいつ?」
「あたちはフィッシュロイこうしゃあくれいじょうよ!」
「うん? フィッシュ? 魚?」
「さかなじゃないでしゅよ! おばかさん!」
「な……! 生意気なガキだな!」
赤毛の一番体格のいい少年がこちらへ手を伸ばしてきたが、私はその手をぴしゃりと叩く。
「おとうたまにいいつけるでしゅよ!」
「こいつ……何様なんだ!?」
「フィッツロイ公爵令嬢じゃないか」
「げっ、フィッツロイ公爵の娘!?」
「まだガキのくせにおっかないな!」
フィッツロイ公爵はこの国の五大公爵家の筆頭。つまり貴族社会の頂点である。ゆえに下手に敵に回したくないと親が常日頃口にしていたのかもしれない。三人の悪ガキは撤収し、泣き顔の推しが取り残された。
「なかないでいいでしゅよ」
私はそう言って、白の上衣を着て座り込んでいる推しをぎゅっと抱きしめる。
「君は……ボクのこの髪、気味悪くないの?」
「ないでしゅ。アイシュブルーのこおりみたいな、きれいないろでしゅよ」
「……!」
「しゃらしゃらで、きれいなかみでしゅ。めもとってもすてきでしゅよ」
私の言葉に推しであるウィリアムは驚き、涙も止まっている。
「お嬢様!」
そこに肩を上下させながらモリーがやって来る。
「もう、お嬢様! 探したんですよ! あ、そちらは」
「あ、はじめまして。ボクはウィリアム・ハリー・ポーレットです」
推しがフリルの袖で素早く涙を拭って立ち上がると、礼儀正しく挨拶をした。
◇
推しに会えた上に、あの悪ガキ三人組が「フィッツロイ公爵令嬢に怒鳴りつけられた」「とても怖い」「気が強く女帝みたいだ」という噂を流してくれた。
着々と悪役令嬢らしくなることに安堵し、これで第二王子との婚約が回避されたら大万歳。そちらが回避できなくても婚約破棄された時「致し方ない。この勝気な性格なら」と家族と推しが納得してくれれば上出来だ。
彼らが復讐の鬼と化さないこと。これが最重要なのだから!
ということで以後、外出する度に何かと悪役令嬢っぽいふるまいを心掛けるようにした。そして私が何かして高笑いをすると、たいがいの令嬢と令息は涙目になる。
絶対にフィッツロイ公爵令嬢は怖い!――そう思っているはずよ!
こうして順調に悪役令嬢としての道を歩み始めて一年経った時、父から声を掛けられる。
「王家から手紙が届いた。キャロライン、宮殿に遊びに行けるよ」
◇
王家から手紙が届き、宮殿へ遊びに行ける。そして私は現在五歳。
遂に来てしまった。五歳はキャロラインが第二王子のジョセフと婚約する年齢ではないですか!
詳しく聞くと第二王子が八歳の誕生日を迎える。そのお祝いのため、年齢が近い令息と令嬢が集められたと言うが……。
八歳。
大人と言うにはまだ早いが、庶民では八歳ぐらいから労働者として動き始める。つまり公の場に出ても恥ずかしくない年齢というのが八歳だった。さらに王家で言うなら本格的な婚約者選びを前に、候補者との顔合わせの場を設定するような年齢でもある。
間違いない。第二王子の婚約者候補となる令嬢を集め、様子見をするつもりだわ!
そして本来だと聡明で落ち着きのあるフィッツロイ公爵令嬢は「第二王子の婚約者に相応しい! しかも公爵家であれば後ろ盾として申し分なし。他の貴族が手を出す前に、手を打ってしまおう」とばかりに婚約話が進んでしまうのだ。
つまりこのお茶会では絶対に悪役令嬢らしく振る舞い、第二王子の婚約者には相応しくないと思われるようにしないと!
◇
第二王子の目にいい意味で留まらないよう、なるべくド派手でセンスのないドレスを着たいと思った。
「お嬢様、そちらはお茶会向きではないかと」
「いいのよ、これで」
五歳になり、私の語彙力と会話力は劇的にアップしていた。というのもこの世界では貴族令嬢、特に公爵令嬢クラスがいつまでも幼児語を話し続けることは許されなかった。きちんと教育係がつけられ、レッスンを経て、私は小さな淑女として会話できるようになったのだ。
そこはもう「ようやくだわ!」と大きく安堵することになる。これまで心の中で思うことと、口に出す言葉が一致せず、何とも歯がゆかったからだ。
そんな私が五歳児とは思えない剣幕でピシャリと告げるとモリーは「ですが……」と食い下がる。そこに母がやって来た。
「キャロライン、準備は順調?」
「お母さま、キャロラインはこのドレスで行きます!」
母はチラリとクローゼットの前のスツールに用意された私の希望するドレスを一瞥し、優しく微笑む。
「キャロライン、あのドレスはお茶会向けではないわ。あれは夜の特別なお食事会向けなの。昼間に着るものではないわ。みんなに笑われるわよ」
こうなったらまだこの年齢でも通用するあれをやるしかない。そう「やだあぁぁぁぁ!」の叫びを合図にしたギャン泣き!
「や」「あら、キャロライン、このドレス、見てご覧なさい」
まさにギャン泣きしようとした瞬間、母が声をあげ、私はその機会を逸してしまう。そして母はスツールに回り込むと、それをくるりと回転させ、私に見せる。
「ほら、キャロライン、見て。背中のファスナーのところが切れているわ。何か引っかかって切れてしまったのかしらね」
そう言いながら母は手に持つ扇子を素早く動かしているが……。
え、嘘。今、お母様が扇子でドレスをすっと撫でたように見えた。そうしたらあの切れ目ができた。まさか……。
目を大きく見開き、母を見ると、美しい公爵夫人は慈しみのある笑みを浮かべ、私をふわりと抱き上げる。
「キャロライン。ドレスはまた買ってあげます。今日はこちらのお茶会用のドレスを着て行きましょうね」
私は口をぱくぱくさせ、頷くしかない。
お、お母様に逆らってはダメな気がするわ……!
かくして私はクリームピンク色のシルク生地の三段ティアードのスカートのドレスで、お茶会へ参加することになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
お母様……!
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