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あれから二度の誕生日を経て、私は四歳になった。
この年齢になると、自分で自由に歩き回ることが許され、庭に出るにも乳母の付き添いがなくてもよくなる。……といっても乳母は優秀なので、私が庭に行くことをすぐに察知するし、兄もひょっこり現れ、私が一人になることは……ない。
でもまあ、それだけ愛され、守られているのだろう。
「では日曜の礼拝。キャロラインは初めて参加だね。準備はいいかな?」
「はい、おとうたま。しゃんとぼうしにてぶくろ、ケープもつけたでしゅよ」
赤ん坊になった頃に比べたら、成長した……!と思うが、まだどうしても舌足らず。そこは中身アラサーなので、歯がゆくなるが、どうにもできない。
「では出発しますか、あなた」
「ああ、行こう」
生まれて初めて乗る馬車には緊張する。ステップがあり、それを自分の足で踏みしめ、上ることになるのだけど……。
馬車の車輪ってこんなに大きいの!? 私が小さいから大きく感じるのかしら? それにステップの幅が狭い気がするし、高い気もする。
「お嬢様、大丈夫ですよ。さあ、どうぞ」
乳母のモリーが手を取り、背中を支えてくれる。
「キャロライン、大丈夫よ」
先に馬車に乗っている母も両手で迎えてくれる。
「ちゃんと乗れたな、キャロライン」
「キャロライン、良かったね!」
父と兄が笑顔で迎えてくれる。
ちゃんと馬車に乗れた……!
前世の知識では馬車は乗り心地が悪いと聞いていたが、さすが公爵家。座席はクッションが効いており、座り心地は想像よりも悪くない。私が初めて乗った馬車ということもあり、スピードは出さず、何より馬車の中でも家族は優しく接してくれるのだ。その安心感で馬車でもリラックスできている。
そうこうしていると――
「さあ、到着だ。聖コーブルク大聖堂だ」
父の声に窓から外を見ると、天に届くような高さに見える尖塔が見えていた。建物全体は重厚な石造りで、石の継ぎ目には苔がちらほら。正面の扉の左右には大きな聖人像が並び、階段に馬車を乗りつけ、降りた貴族達が次々に吸い込まれている。
◇
礼拝自体は……とても興味深いものだった。前世知識もあり、その存在を知っていたし、だいたい何をしているのかは理解できた。壮麗なパイプオルガンの演奏で歌われる讃美歌は美しかったし、祈祷も厳かな雰囲気で背筋が伸びる。
ただ、大司教による説教は……長かった。唯一の救いはこの世界の言葉は前世の英語みたいなものなのだけど、覚醒した時から理解できたのが大きい。一応、何を言っているか分かったから、我慢できた。でもまだ言葉がよく理解できない私と同じぐらいの幼児は……。
こくっと舟を漕ぎ、隣に座る母の肘で軽くつつかれ、ビクッと体を震わせて目を開ける。でもその目はとろんとして実に眠そう。それでも目を開けようとするが、聞こえてくる説教の内容は何を言っているか分からないのだ。再び瞼が重くなり、こく、こくと舟を漕ぎ始め――
そんな幼児の姿が当たり前だったので、母の隣できちんと目覚め、行儀よく座っている私は礼拝の後、両親の知り合いの貴族から褒められる。
「さすがですわね。フィッツロイ公爵令嬢は見るからに聡明そうですもの。うちの娘に見習ってほしいぐらいですわ」
そんな感じで褒められるのは実にくすぐったい。
だがしかし。
ここで凛と澄ましていたいが、体は子どもである。
「モリー、おしっこ」
心得ている乳母のモリーに連れられ、私はレストルームへ向かうことになる。そうしてさっぱりしたところで、大聖堂の中庭の回廊の影でしゃがみこむ男児を見つけてしまう。
「モリー、ちょっとまってでしゅ」
「どうしました、お嬢様?」
立ち止まってくれたモリーを残し、私より幼い感じに見える男児の元へ向かう。
「どうしたのでしゅか?」
「!」
金髪の癖毛に碧眼の天使みたいな男児は急に声をかけられ、ビクッと体を震わせ、私を見る。
「な、なんでもないです!」
そう言うと男児は顔を真っ赤にしている。とても何でもないようには思えない。そこでじっと男児を見て気づいてしまう。
「おもらし……」
私の言葉に男児は号泣寸前になる。
「が、我慢していたけど、間に合わなくて……。父上のところへ戻らなきゃいけないのに、沢山人がいるし、見られちゃうから戻れなくて……」
これには「なるほど」と思う。
「わかったでしゅよ。あたちがみんなの気をそらすでしゅ」
「え……」
「はやくもどらないと、かぞくがしんぱいしゅるでしゅよ」
そこで私は男児から離れ、モリーの所へ戻る。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「うん」
そう応じ、家族の元へ戻ると見せかけ……。
「あ、お嬢様、どうされたのですか!?」
急に走り出し、そして――
足がもつれ、転んだ私は「うわぁーーーーーん!」とギャン泣きを始める。
これは演技するまでもなく、普通に痛くて泣くことになるが、その場にいる全員が「何事!?」と私に注目している。
今のうちに早く、両親の所へ!
私は泣きながらもさっき男児がいた方を見ると、彼は脱兎の勢いで駆け出している。
この時、悪役令嬢を目指していながら、うっかり人助けをしてしまったが……。
「まあ、あの大泣きをしているのはどちらのご令嬢かと思ったら……」
「フィッツロイ公爵令嬢だそうよ」
「あんな大声で泣き出すなんて……」
聡明な令嬢から一転、ギャン泣きしたお騒がせ公爵令嬢として、私の名は記憶されることになった。
これって嫌われ者の悪役令嬢への第一歩では?
私は心の中でにんまりだった。
◇
思いがけず、悪役令嬢としての第一歩を踏み出せた私は嬉しくてならない。しかも次の悪役令嬢チャンスがすぐにやってきたのだ!
「我が家の隣のポーレット侯爵が子どもたちを招き、ガーデン・パーティーを開催するらしい。オーランドとキャロラインにも招待状が届いているぞ」
父がそう言ってわざわざ届けてくれた招待状は、飛び出す絵本ならぬ“飛び出す招待状”で、封筒からカードを取り出すと、ティーカップとティーポットを持つ白うさぎが立ち上がる凝ったもの。
「ポーレット侯爵はトイ職人の工房のパトロンをしている。そこで作られた遊具をガーデン・パーティーでお披露目したいらしい。貴族向けの遊具として、喜んでもらえるか。実際に貴族の子どもたちに遊んでもらった感想を聞くためのパーティーだそうだ」
父親の言葉に乳母のモリーは笑顔で私を見る。
「まあ、そうなるとお嬢様は最新の遊具で遊べるわけですね。よかったですね、お嬢様。参加しますよね?」
正直、遊具に対する興味は……ゼロとは言わない。しかし中身アラサーなのだ。幼児向け遊具でテンションをあげている場合ではなかった。むしろ……。
私の最推しであるポーレット侯爵令息に会える……! そして大勢の貴族の子どもたちが集まる場で、悪役令嬢として振る舞えば……。私の悪名が轟くはず!
この悪名により、第二王子の婚約者になることも……もしかしたら回避できるかもしれないのだ。だからこそ、私は笑顔で答える。
「パーチー、いくでしゅ!」
◇
ポーレット侯爵家のガーデン・パーティー。そこは私が悪役令嬢としての名声を高める場になるはず。その一方で待ちに待った幼なじみの侯爵令息ウィリアム……推しと初めて会う場にもなる。
幼児の推しを見られるなんて……!
前世では推しの幼児期なんて一切登場していない。まさに激レアな姿を拝めることに気持ちは盛り上がるが……。
推しは落ち着いた性格で、派手さは嫌う。清楚なドレスを着たいところだけど、悪役令嬢としてのアピールもある。ここは仕方ない。母とモリーが勧めるフリルたっぷりのマゼンタ色のドレスを着るしかないわね。
こうしてきちんとドレスを着て、髪はハーフアップでレースのリボンをつけ、おめかしとなる。
「キャロライン、まるでドールみたいで可愛いよ!」
兄は私を見て絶賛してくれる。
「では二人とも。お利口さんにするんだよ」
「はい、お父さま」
「はい、おとうたま」
乳母のモリーと従者を連れ、ポーレット侯爵家へ向かった。
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