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いきなり婚約解消ではなく、ヒロインとキスをしたという生々しい情報を開示され、私は一瞬怯みそうになる。
怯んでいる場合ではないわ。キスをしたくなるような真実の愛に出会った。ジョセフ殿下が真心を捧げたい相手はヒロイン! そして私はそれで構わないと思っているのだ。それを伝えなければならない。
「殿下、それは仕方ないことだと思います」
「……! では許してくださるのですか……!」
許す……? 許すも何も真実の愛と出会い、ジョセフ殿下がその真心を捧げたいのはヒロインなのだ。そして婚約解消を王家として切り出したら、公爵家で「ダメです」とは言えない。許すも何もないのに。
「殿下は真実の愛に出会われたのですよね? そしてその真心を捧げたいと感じ、キスをされたのですよね、そのご令嬢と? 許すも何も……」
「待ってください、フィッツロイ公爵令嬢! それは違います!」
両手をテーブルに突き、ガタッと椅子からジョセフ殿下が立ち上がった。
「違う……のですか?」
「断じて違います!」
何が違うの……? 真実の愛という言い方が違うということ?
「永遠の愛に出会ったのですか?」
「いえ、違います! わたしの真実の愛も真心も、その全てはフィッツロイ公爵令嬢のものです!」
「へ? いえ、こほん。失礼しました。……え、ではなぜご令嬢とキスを……?」
「不可抗力でした」
「?」
「わたしは意識がなかったので」
これには「寝込みを襲われたのですか!?」と聞きたくなったが、そんなことが王宮で起きていたら大問題だ。今頃、王宮の警備体制の強化で、宮殿のあちこちが警備兵だらけだろう。だが今日、この応接室に通されるまでに通った回廊や通路で警備兵はいつも通りだった。
意識がなかったってどういうことなの……?
思いっきり疑問が顔に出ていたのだろう。ジョセフ殿下が問わずとも答えてくれる。
「ボートで湖に落ちましたよね?」
「……!」
「あの時、わたしを湖から引き揚げてくれたのはポーレット侯爵令息です。その後、わたしを介抱してくれたのは……フォーリー男爵令嬢。彼女はわたしに水を吐かせ、そしてその後――」
ヒロインは人工呼吸を行ったのね。
元の世界でもこの世界でも人工呼吸の概念はある。よってヒロインが行ったことは人工呼吸であるとみんな分かっているはず。勿論、ジョセフ殿下も。
だからこそ、ヒロインに非公式で感謝状と感謝の品が王家から贈られている。意識を失っているジョセフ殿下にこっそりキスをしていた――のだとすれば、そんなことにはならない。
「わたしを蘇生させるために必要だった……それは理解しています。ですがフィッツロイ公爵令嬢以外の令嬢と唇をあわせるなんて……。それなら近衛騎士に人工呼吸された方がましでした」
「え、でもあの場では仕方ないのでは!? それに人工呼吸をキスと捉えるのは違うと思います!」と言いたくなるが、「待って、私!」と自分自身にブレーキを掛ける。
ジョセフ殿下はやむを得ない人工呼吸だったのに、そこになぜか強い自責の念を抱えているのだ。もしも私が「たとえ蘇生のためとはいえ、私以外の令嬢とくちびるを重ねるなど許せません! 破廉恥です、殿下!」となったら……。
「申し訳ありません、フィッツロイ公爵令嬢! 別の令嬢とキスをするなど、不快に感じ、不純と感じて当然です。……もしやわたしとの婚約は……解消したいと思っていますか……?」
そんな言葉を言ってくれそうな気がする! そしてこの流れの婚約解消なら実に円満!
そこで私は慎重に言葉を選ぶ。
「人工呼吸なので仕方ないこととは思います。頭ではそう理解しているのです。ですが私と大して年齢の変わらない令嬢と自分の婚約者が唇を重ねたと思うと……。主の前で永遠の愛を誓う時、相手を信じ敬うことに『イエス』と心から言えるのか。自信を……持てません」
心を鬼にしてそう言うと、ジョセフ殿下はガタンと椅子に座り込む。そして苦悩の表情で口を開く。
「そう……ですよね。わたしが逆の立場なら同じように感じると思います……」
そこでジョセフ殿下は黙り込む。
本来なら「人工呼吸だったから仕方ない」で流し、こんなに憔悴するほど悩まず、ましてや婚約者にわざわざ話す必要もないと思う。
でもジョセフ殿下はいじらしいほど真面目で、そして……キャロラインのことが本気で好きなのだ。
とは言え、これで私が「でも殿下、許します」で元鞘に戻るようなことがあってはならない。ヒロインがヒーローと結ばれずして、この世界が存続すると思えないからだ。
「殿下」
「……はい」
「これが運命なのかもしれません」
「えっ……」
「あの場で私は殿下を救うことが出来ませんでした。殿下を救ったのはポーレット侯爵令息とフォーリー男爵令嬢です。そしてフォーリー男爵令嬢が人工呼吸をしてくれたから、今の殿下があるのでは? 彼女は間違ったことをしたと思えません」
「それは……」
ジョセフ殿下は唇を噛み締める。
「それに唇を重ねた相手とは不思議な絆が生まれるといいます。水の中で苦しみ、空気を求め、気を失ったのですよね? 意識を取り戻し、助けてくれたフォーリー男爵令嬢を見た瞬間、何かを感じませんでしたか?」
「……!」
「目を逸らすべきではないと思います。助けてくれたフォーリー男爵令嬢に運命を感じたのではないですか? それは間違ったことではないと思います」
私の言葉にジョセフ殿下は息を呑み、そしてホロリと大粒の涙をこぼす。
「……フィッツロイ公爵令嬢の言う通りです。あの時、意識を取り戻したわたしは、優しく介抱してくれるフォーリー男爵令嬢を見て……女神が降臨したように思えました」
「やはりそれは運命です」
「……!」
「私は殿下の運命の邪魔をしたくありません。この婚約、解消しませんか」
私の言葉にジョセフ殿下の両目から涙がポロポロこぼれる。
「殿下は……私に運命を感じていたのかもしれません。でもそれは……幼い頃の他愛のない思い出に過ぎません。私は殿下の命を救ったわけではないですよね? でもフォーリー男爵令嬢は殿下の命を助けたのです。それこそが本物の運命かと」
ジョセフ殿下の涙は止まらず、そこで扉がノックされ、マリエットとメイドが遠慮がちに室内に入ってきた。ジョセフ殿下は慌てて自身のハンカチで涙を抑える。
「フィッツロイ公爵令嬢、ありがとうございました。……この件は父上にも話してみます。……もしあなたの言う通りの事態になっても……決してその名誉が地に落ちないよう、配慮するつもりです」
欲しかった言葉をもらえ、私は心の中で狂喜乱舞するが、あくまで表向きは神妙に「そうしていただけると助かります……!」と応じる。
「では今日のところはそろそろ……」
置時計にチラリと目をやり告げると、ジョセフ殿下もそちらを見て「もうこんな時間だったのですね」と応じる。
「今日はお待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ、そこはお気になさらないでください」
「今回用意したスイーツ、すべてフィッツロイ公爵令嬢のためのものです。……良かったらお持ち帰りになりますか?」
「ありがとうございます、殿下! とても美味しかったので、持ち帰らせていただきます!」
この後、ジョセフ殿下と婚約解消になるとしても、こうやって宮殿のパティシエが作ったスイーツを持ち帰れば、二人の仲は円満だったと両親には分かってもらえるだろう。
シルクの美しいリボンがついた籠に焼き菓子や葡萄などのフルーツを入れてもらい、持ち帰ることになった。
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