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テーブルに用意されていたのは、もはや二人分の域を超えて、まるで舞踏会の休憩スペースにあるような何十人分ものスイーツとフルーツだった。応接室全体に甘い香りが漂い、もしお菓子の家があったらこんな匂いに包まれているのだろうな、と思えてしまう。
「それでは私はいつも通り、こちらに控えていますね」
マリエットが扉の近くに置かれた椅子に座り、私は甘いお菓子の香りが漂うテーブルに用意された椅子に着席した。メイドはマリエットとは扉を挟んだ反対側で立った状態で待機しているが、室内には三人しか人がおらず、置時計の秒針が進む音がやけに大きく響く。時折、窓の方からザッザッザッと警備兵が歩く音が聞こえてくるが、とても静かだった。
(……私が到着したことはジョセフ殿下に伝わっているのよね……?)
甘い香りのするお菓子を前に、まるで「待て」のような状態で私は黙って待ち続けることになる。
(というか、遅くない?)
この世界ではゆったりのんびりが優雅とされているが、いつもジョセフ殿下はお茶の時、エントランスホールに出迎えに来ていた。そして応接室に入るとお茶会はすぐにスタートするのが当たり前。それに慣れているせいか、こうやって待たされるのは……。
置時計を見ると、もう三十分が経っている。
(さすがに喉が渇いたわ……)
チラリとマリエットを見て、メイドを見た。マリエットはすぐに私の意図を汲んでくれて、メイドに声を掛ける。
一度退出したメイドが戻って来て、銀のお盆に乗せたティーポットから私のカップに紅茶を淹れてくれる。
「殿下がお支度に時間がかかっているようなので、先にこちらで喉を潤してくださいませ」
この世界のお茶会では通常ホストが紅茶を出すよう指示をするもの。主催者が女性なら自身で最初の一杯を注ぐこともある。
(ちょっとイレギュラーだけど、私が出すように頼んだも同然なので、それはいいとして。ジョセフ殿下はどうしたのかしら? いくら心変わりをしたとはいえ、これはさすがに王族としてマナー違反では?)
そう思いながら紅茶を飲み、なんとか苛立つ気持ちを鎮める。
それでも紅茶を飲み干してしまったまさにその時、扉がノックされ、低い声で「失礼します」と言うのが聞こえてくる。ゆっくり振り返ると……。
憔悴しきった表情のジョセフ殿下が登場した。
髪もきちんと整えられ、オフホワイトの宮廷衣をびしっと着ているが、とにかく本人が疲れ切っていた。目に力はなく、視線も私に合わせず、重い足取りで私が座るテーブルへと歩いてくる。
「……殿下、具合が悪いのでしょうか? ご無理をなさらない方がよいのではないでしょうか」
「……いえ、体調に問題はありません。それより遅くなり、申し訳ありませんでした」
声に力もなく、どう見ても問題ありに思える。しかし本人が問題なしというのなら……
それ以上の追及はできない。
ジョセフ殿下は弱々しく手を挙げると、メイドに合図を送った。すぐにメイドが動き、ジョセフ殿下の新しいカップと、私の空になっていたカップに淹れ立ての紅茶を注ぐ。
柑橘系のさっぱりとした香りが甘いお菓子の匂いと溶け合う。
「どうぞこちらの軽食とスイーツ、召し上がってください」
なんとか笑顔になるジョセフ殿下は痛々しいぐらいに思える。
私に婚約解消を申し出ることがそんなに心苦しいのかしら……?
「もしかして食べたいものがないですか?」
「いえ、そんなことは! 沢山あり過ぎて迷うぐらいです」
「……よかったです。これまでフィッツロイ公爵令嬢が喜んで召し上がっていたものを思い出し、用意させました。遠慮なく、召し上がってください」
この言葉を聞いた私は「どうしてこれから婚約解消をしようとしている私にそこまでするのですか?」と尋ねたくなるが、それは呑み込む。
これがジョセフ殿下なりの贖罪なのかもしれない。申し訳ない気持ちが高まった結果、少しでも私が喜ぶことをしようとしてくれている……?
もしそうならここは喜んで食べる姿を見せれば、ジョセフ殿下も安心できるだろう。
そこで私はパクパクと目の前の軽食やスイーツを食べ始めた。
ジョセフ殿下は疲れ切った顔なのだけど、その碧眼を細め、穏やかに微笑んでそんな私を見ている。でも自身は紅茶を飲むだけで、軽食にもスイーツにも一切手を付けることがない。
「……殿下はチェリーのタルトがお好きでしたよね? これ、甘酸っぱくて美味しいですよ。召し上がりませんか?」
私だけ食べているのが申し訳ないと思い、何気なく発した一言だった。でもジョセフ殿下は……。
「……フィッツロイ公爵令嬢は、わたしが好きな物を覚えていてくれたのですか?」
「それは……毎週お茶会を共にしていれば自然と気づくと申しますか……」
「それでも嬉しいです。……フィッツロイ公爵令嬢はわたしになど興味がないと思っていたので」
そう言いながらジョセフ殿下がボロボロと涙をこぼすので、私は「えっ」と焦り、ハンカチを渡す。「ありがとうございます、フィッツロイ公爵令嬢」と、私からハンカチを受け取るとジョセフ殿下は目元を押さえた。
私がチラッとマリエットとメイドの方を見ると、二人とも視線を私たち以外の方へ向け、ジョセフ殿下が泣くのを見ていませんとアピールしている。
「ジョセフ殿下、大丈夫ですか……?」
「はい、大丈夫です。こんな風に人前で泣くなんて……。恥ずかしい姿を見せてしまいました。それよりチェリーのタルト、頂いてみます」
そこでチェリーのタルトを取ると、私に微笑みかけ、ジョセフ殿下が口を開ける。パクリと一口食べたジョセフ殿下は……。
「美味しいです……!」
まるで初めてチェリータルトを食べたような表情をして、そしてまたも涙ぐむ。
急に涙もろくなってしまったジョセフ殿下に戸惑いつつも、その涙の理由が私との婚約解消にあるのなら、早くその事実を告げてもらい、楽になって欲しいと思えた。
その婚約解消、謹んでお受けします――この一言を聞ければ、ジョセフ殿下の気持ちが楽になれるはず。
そこで私は意を決し、切り出す。
「殿下、今日は……何か私にお話があるのではないでしょうか?」
「……!」
「私は話を聞く覚悟が出来ています。どうか、遠慮なく、お話ください」
「フィッツロイ公爵令嬢……」
そこでさらに瞳に涙がじわっと滲んだジョセフ殿下だったが「そうですね」と応じると、キリッとした表情になり、マリエットとメイドを見る。
「二人とも申し訳ないのですが、少しだけ席を外してくれませんか?」
「「かしこまりました、殿下」」
二人はすぐに退出し、応接室にジョセフ殿下と二人きりになった。
そこまで長く二人きりにはしてもらえない。あくまで機密情報や極秘の話をする際の一時的な人払いに過ぎなかった。
私はすぐにジョセフ殿下に話してもらおうと、その顔を見る。するとジョセフ殿下も分かっているようだ。頷くと口を開く。
「もう少し後で話すつもりでした。ですが……それは無理なようですね」
「……話した方が気持ちも楽になると思います。今の殿下を見ていると私も胸が苦しくなります」
「それは……申し訳ないことをしました。そうですね。話せば楽に……なるのでしょうか」
「そう信じています」
「分かりました」
そこで深呼吸をしたジョセフ殿下は苦悶の表情で私に告げる。
「わたしは……フィッツロイ公爵令嬢、あなたという婚約者がいるのに、別の令嬢とキスをしてしまいました」
お読みいただき、ありがとうございます!
遂にジョセフ殿下が語り出す……って、え、キス!?
続きは明日のお昼頃公開予定です~
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