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ジョセフ殿下からすぐに宮殿へ顔を出すように――と連絡が来ると思い、公爵邸に戻ってからも、外出できるようなドレスで待機していた。さらに両親にも報告し、父と私とで手紙を書き、それは国王陛下、王妃殿下へ届けられることになった。そして手紙は確かに届いており、国王陛下から父にはすぐに返信が届いた。そこに書かれていたことをまとめるとこんな感じだ。
湖に落ちたものの、幸いにもすぐに駆け付けたポーレット侯爵令息が救助してくれた上に、その場に居合わせたフォーリー男爵令嬢の的確な介抱により、命に別状もなければ、怪我もない。ただ泳げないのに湖に落ちたことにショックを受けており、今は床に臥せっているが、肉体的に問題はないことが分かっている。
つまり本人は怪我もなく体は健康、ただ湖に落ちたことにショックを受けているようだが――
こんな時、愛する人にそばにいて欲しい。励まして欲しい。支えて欲しい――そう思いそうだけど、違うのかしら? 湖に落ちたことが恥ずかしい。とても顔を合わせられない……となっている?
ともかく国王陛下から返信が届き、その後に王妃殿下からも「心配をかけて申し訳ないです。でもジョセフは怪我もなく、食欲もあるから大丈夫ですよ。落ち着いたらジョセフが手紙を書くはず。フィッツロイ公爵令嬢はいつも通りで過ごしてください」という趣旨の返事が届いたのだけど……。
その後、三日経ってもジョセフ殿下から連絡は来ない。
新聞ではジョセフ殿下が軽い体調不良のため、宮殿で静養されているという短い一文だけ掲載され、湖に落ちたことには触れられていない。しかもその一文以降の情報もなく、王家としては湖に落ちたという失態を大事にするつもりはないようだ。
あの場には王太子殿下もいたから、ジョセフ殿下が湖に落ちたとなった時、情報統制した可能性は高い。周囲にいたのは貴族が多く、貴族が大勢いる場所に平民はあまり近づかなかった。下手に貴族のそばを平民がウロウロしていると「物乞いをするつもりか」「盗みを働くつもりでは!?」と警戒されると分かっているので、あえて彼らも近づかない。
それにボート遊びはお金がかかる。水辺で水遊びをする分には無料だが、貸しボートではお金を払う必要があるのだ。平民はそんなことにお金を使わないので、自然と湖のエリアには貴族が多く集まり、平民はほぼいない。ゆえに王太子の鶴の一声で緘口令を敷くことは難なくできたのだろう。
こうして世間ではジョセフ殿下が湖に落ちたということは知られず、本人も無事なら、気持ちを切り替え、日常生活に戻ってしかるべきなのに――殿下から連絡はない。
少なくとも私が知るジョセフ殿下なら、自分のことより私を気遣った手紙の一枚でも寄越しそうなものだった。『オールが一本だけになり、下流に流されたと聞きました。大丈夫でしたか!?』と。
そういった手紙がないことで、私が寂しいとか悲しいとか思っているわけではない。どちらかと言うと……。
ヒロインに助けられ、そこでジョセフ殿下の中で何か心境の変化があったのではないか。物語本来の正しい流れへ乗っかることになったのではないか――そんな風に推理していた。推理し、答え合わせをしたいと強く思っていたわけだ。
「今日、宮殿に顔を出したら、ジョセフ殿下を救ったポーレット侯爵令息とフォーリー男爵令嬢に、王家からの非公式の感謝状と御礼の品が贈られたようだ。ポーレット侯爵令息には王家の紋章入りの特注の懐中時計。フォーリー男爵令嬢にはドレスの仕立てに使える舶来品の高級シルク生地が贈られた」
夕食の席でこの話を聞いた私は、王家がこれで今回のジョセフ殿下が湖に落ちた事故を一件落着にしようとしていると理解できた。実際、ジョセフ殿下は無事であり、起きたのは事故で、暗殺未遂などではないのだ。これでお終いで妥当だったのだけど――
「お父様」
「どうした、キャロライン」
「その後、ジョセフ殿下からは特に連絡がありません。明日は毎週恒例の殿下とのお茶会の日ですが、そのまま決行なのでしょうか?」
これを聞いた父は少し考え込み、こんな見解を述べる。
「ジョセフ殿下としては婚約者であるキャロラインの前で、大恥をかいたと思っているのかもしれない。湖に落ちるなんて……不名誉と言えば、不名誉だ。恥ずかしさが勝り、連絡ができないのかもしれない。ここはキャロラインから、湖の件は気にしていない、明日のお茶会はそのまま開催でいいかと尋ねる手紙を書いてもいいかもしれないね」
「分かりました、お父様。手紙を書いてみますね」
夕食後すぐ、私は父に言われた通りの手紙を書いた。その手紙は両親が確認し、問題なしと判断され、ジョセフ殿下の下へ届けられることになった。
◇
ジョセフ殿下との恒例のお茶会の日を迎えてしまった。
昨晩、私が書いた手紙はジョセフ殿下に届いているはずだが、返事はない。
心変わりが起きているにしても、ここは礼儀として返事を送るべきだと思うわ。
午後のお茶会、宮殿へ向かうべきなのかどうか、妃教育を受けながらモヤモヤしてしまう。
「それでは午前中の授業はここまでとなります。宿題は248ページから260ページまでです」
昼食の三十分前に授業が終わり、ホッとしたところでマリエットが顔を見せる。
「お嬢様、ジョセフ殿下から手紙が届いています!」
ついに来たわ!
既に両親が閲覧済みだけど、二人から何か言付けがないということは──
折り畳まれた手紙を広げるとそこにはシンプルな一言のみ。
『お茶会はいつも通りでお願いします。宮殿でお待ちしています』
この一言だけで、彼の署名の方が長く感じる。
これは……。
完全にジョセフ殿下がヒロインに心変わりした結果に思える!
ようやく正しい流れに乗ったと思う反面、私の婚約解消が将来遂行されると気を引き締めることにもなる。
でも大丈夫。布石は打ってある。
「お嬢様、今日のお茶会は……」
「ええ、いつも通り決行よ。外出用のドレス、昨日決めた通りでいいわ」
格式は高いが、若い令嬢が着るというより、マダムが着そうな渋い紫紺色のドレスを選んである。若々しいピンク色のドレスを好むヒロインと対照的だし、これでジョセフ殿下の気持ちも……ヒロインへますます一直線のはずよ!
軌道修正され、この世界が正しい方向に導かれたと安堵しつつ、来る未来へ緊張しながらも、トータルではすっきりした気持ちで昼食に向かうことになった。
◇
いつもお茶会へ向かうと、ジョセフ殿下はエントランスホールで「待っていました!」とばかりに待ち受けている。だが今日は……そこにいるのはジョセフ殿下付きの侍従。
「今日は……殿下のお出迎えはないのですね……」
マリエットの耳元でのささやきを聞き、「そうね」と私は応じる。
こうなるのはある意味、想定内。ジョセフ殿下が心変わりしたことを、分かりやすく目の当たりにできた感じだった。
「ではこちらでお待ちください」
案内された応接室。いつもの応接室のはずだが……。
「テーブルが変わっているわ」
「大きなテーブルに山盛りのスイーツとフルーツですね、お嬢様」
これはジョセフ殿下が心変わりしたことを詫びる気持ちの表れ、なのかしら?
お読みいただき、ありがとうございます!
ジョセフ殿下にどのような心境の変化が!?
続きは明日の夜頃公開予定です~
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