34
間もなく社交シーズンが終わるこの季節は夏本番目前で、水辺の遊びは貴族にも人気だった。ボート遊びは見た目も涼やかなので、この日もボート乗り場には大勢の貴族が詰めかけている。
「第二王子殿下と婚約者の公爵令嬢だわ」
白のフロックコートを着たジョセフ殿下は目立つ。私はなるべく目立たないよう、アイスグリーンのモスリンのドレスにしたが、純白のジョセフ殿下と一緒にいるとどうしたって周囲の目を引いてしまう。
仲良くデートしていると思われるのは不本意であるが、仕方ない。
これも作戦のためと我慢してボート乗り場へと向かう。
混雑しているが、王族が来たとなると、貴族たちは自然に忖度をして譲ってくれた。つまりさっきまで混雑していたボート乗り場から、貴族たちは波が引くようにすーっと遠ざかる。ジョセフ殿下と私がボートへ乗り込むのを見守る状況となっていたのだ。
そうやって忖度され、さっきまでの混雑が嘘のようになり、ボートへ乗れる状態になること。私は慣れていないが、ジョセフ殿下は慣れっこのようで、当たり前のようにボートを借り受けると、私をエスコートしてくれる。
そうやってボートに乗り込んだ私は周囲に目を素早く走らせ……。
いたわ!
ヒロインはちゃんとこの場に来ていた。スタッドファームの時のようなメイド姿ではなく、きちんと淡いピンク色のドレスを着ている。そしてその瞳は純白のジョセフ殿下を見て、キラキラと輝いていたのだ。
やっぱりヒロインはジョセフ殿下に恋している。だからこそ手紙に書いていた通りに動いてくれるはずだわ。
役者は揃っている。あとはボートが動き出してしばらくしたら私が動けばいい。
「ではフィッツロイ公爵令嬢、ボートを動かします」
「はい。殿下」
そこでジョセフ殿下がボートを漕ぎ始め、乗り場から距離を置いていた貴族たちが戻ろうとした時のことだ。快活な笑い声と共に、王太子殿下が学友と婚約者を連れて現れた。
「兄上……!」
ジョセフ殿下が驚いた表情となり、私だってびっくりだ。
しかも――
アイスブルーの髪は陽射しを受け煌めき、銀色の瞳は水面の反射で輝いて見えた。着ているのは涼やかなセレストブルーの騎士の隊服で、あしらわれた銀細工の宝飾品も実に似合っている。周囲の令嬢がため息と共に見つめる先にいるのは……推し!
サラリと前髪を揺らし、私を見る推しの瞳にはあふれんばかりの愛を感じる。
「フィッツロイ公爵令嬢……!」
「ポーレット侯爵令息!」
「お会いできて光栄です」
「私もです」
距離もあるので会話はできない。でもほんの一瞬、視線が交差するだけで、互いの気持ちがすぐに分かってしまう。心の声でお互いに会話し、笑顔になっている。
胸がトクトクと高鳴り、頬が熱い。
「フィッツロイ公爵令嬢」
ジョセフ殿下の言葉にハッとする。
視線を交わしたのは、ほんの一瞬のこと。
バレていないはず……!
「顔が赤いですよ?」
「あっ」
「陽射しがありますから、帽子もいいですが、日傘をさされた方がいいのではないですか?」
「そ、そうですね」
一応、ボートに日傘を持ち込んでいたので、慌ててさそうとすると……。
ジョセフ殿下が先に日傘を手に取り、広げてくれる。
「どうぞ、フィッツロイ公爵令嬢」
「ありがとうございます、殿下」
日傘を受けとろうとすると、風がざざっと強めに吹いた。
「「あっ」」
ジョセフ殿下と声が揃ったのは他でもない。
日傘をまさに受けとろうとして、殿下は手を離し、私がその柄を掴もうとしたところで、風が強く吹いた。結果として日傘は風に大きくあおられ、空へと舞い上がってしまう。
だがそこはこの世界のヒーロー、素早く立ち上がり、日傘を掴んだ……と思ったら、ドボンと音がする。
「……殿下!」
まさかのジョセフ殿下が湖に落ちてしまう。
しかも湖に落ちた殿下は見るからに溺れそうになっている。
それはそうよ! この世界に泳ぎの文化なんてないのだから……!
しかし近衛騎士もボートに乗っていた。すぐさま彼らにはジョセフ殿下を助けるために湖に飛び込んで欲しいが、そうはならない。彼らは敵の襲撃に備え、武器を装備している。それを身に着けたまま飛び込むわけにはいかない。ゆえに武器の装備を外しつつ、ボートをジョセフ殿下の方へ近づけているが……。
その間にもジョセフ殿下は沈みそうになっている。
こんなにもたもたしていたら、ジョセフ殿下が溺れてしまう……!
私はオールを手にジョセフ殿下の方へ差し出そうとしたが……。
「あっ」
普段からボート遊びをしているわけでもない。ましてやボートを漕ぐこともないのだ。その結果、オールは……湖に落ちてしまう。
オールは二本あるので、一本でも問題ない? そんなことはない気がするわ!
必死に湖に落ちたオールを拾おうとしていると、猛烈な勢いでこちらへと近づくボートが視界に見える。
「えっ……!」
見るとボートを漕いでいるのは推し! さらにそのボートに乗るのはヒロイン!
なんで推しとヒロインが!?
そう思うが、近衛騎士よりも先に、あっという間にジョセフ殿下のところへ到着した推しはあれよ、あれよの間にジョセフ殿下を湖から引き上げた。そして水を吐くジョセフ殿下をヒロインが必死に介抱している。
「フィッツロイ公爵令嬢、そちらのボートへ乗り移ります。ボートを掴み、衝撃に備えてください!」
推しの言葉に我に返った私は言われた通りに、左右の手でそれぞれボートを掴む。
私のボートと推しがいるボートは少し距離があるのだけど、大丈夫かしら!?
そう思ったが推しは軽やかなジャンプで見事に私のボートに着地。しかも大きく揺れることもない。さらに推しは私が湖に落としてしまったオールを拾い上げようとするが……。
「……無理ですね。でもオールは一本残っているので、これで何とか岸まで戻りましょう」
「そうですね。……というか、ありがとうございます……!」
「いえいえ。騎士でも兵士と同じように水辺での訓練もするので、慣れていたのですよ」
そう言って白い歯を見せて快活に笑う推しは……もう昔の泣き虫の姿なんて夢のように思えてしまう。
「殿下、大丈夫ですか!?」
一方、助け上げられたジョセフ殿下のボートには近衛騎士が一人乗り移り、すぐに岸へと向かい始めていた。その間、ヒロインはしっかりジョセフ殿下を介抱している。
これは……私の考えた作戦を決行するまでもなかった。ヒロインとジョセフ殿下の距離はこれで一気に縮まるはず。
その様子を見ながら私は推しに尋ねる。
「ジョセフ殿下を介抱している令嬢はフォーリー男爵令嬢ですよね?」
「そうです。僕が急いでボートを出そうとしたら『殿下を助けたいのです! お願いします、乗せてください!』と言われ……。人が一人増えれば、その分、ボートの速度が落ちます。お断りしようとしたのですが……。有無を言わさず、ボートに飛び乗って来たのです。下りるよう説得する時間が無駄なので、そのまま彼女を乗せ、あの場に向かうことになりました」
「なるほど。そうだったのですね……。彼女を乗せているのに、ものすごいスピードでした」
「ははは。そうですね。殿下を助けることより、フィッツロイ公爵令嬢のことが心配でした」
「!」
「漕ぎ手が急にいなくなったのですから」
「そ、そうですよね」
周囲をチラリと見ると、こんな事故が突然起きたので、ほとんどのボートが岸に向かっている。
気づけば周囲に他のボートはなく……。
「オールが一本になり、流されてしまった……ということにしていいですか?」
「!」
「そこに浮島がありますよね。その向こう側にも湖が広がっています。でもそこまでボートで向かう人はほとんどいません。鍛えていない令息ではそちらまで向かい、戻るだけの体力はないからです。でも僕はちゃんと鍛えているので、このオール一本でも岸まで戻れます」
「つまり浮島の向こう側に行くつもりですか?」
ドキドキしながら尋ねると、推しは「はい」と少し頬を赤くして応じた。
お読みいただき、ありがとうございます!
まさかのジョセフ殿下溺れるの巻~
ヒーローなのにカシスを二回浴びたり、溺れたり、災難な殿下ですw
続きは明日の夜頃公開予定です
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡

















